第1話
「それじゃあ高校最初の授業・・・ホームルームをするで」
静まり返った教室。少し緊張感の漂う生徒たちの前で、ニカっと笑い、そう言う男性。
「まぁまずはワイの自己紹介やな。名前は東雲明人、趣味は歴史書を読むこと、好きな事は小動物を愛でる事。今年一年、このクラスの担任になるからな。よろしゅうな」
担任教師である東雲が、高校生活での注意事項や禁止事項を軽く説明し、早速席替えが行われた。名前順に座っていた生徒たちの席順がガラッと入れ替る。
「ほんじゃあ各自自己紹介な。廊下側から順番によろしゅう」
そう言われ、生徒達が1人づつ自己紹介を始める。
各々個性に溢れた自己紹介。あまつさえ、彼女募集中!なんて痛い自己紹介もされる中、大柄の男が席から立ち上がる。
全員の注目を浴びる中、その男は一言で自己紹介を終わらせる。
「卯月敏彦」
自らの名前だけを言って席に座る卯月。それを見兼ねて東雲はこう言った。
「卯月。他にないんか?趣味とか特技とか、ええ体格してるんやから運動得意なんちゃうんか?」
「そういうのはめんどいんで、大丈夫です」
少し教室がザワつくが、次に自己紹介をする後ろの席の男が、椅子をわざとらしく鳴らして席を立つと、教室は再び静かになる。
「桐沢英二だ。趣味は科学読本を嗜むこと。野望は全てのあらゆる不可解な出来事を、科学で証明することだ。以上」
四角いメガネにクイッと指で押し上げ、ドヤ顔で席に座る桐沢。
それからは何事も無かったかのように、自己紹介が続けられた。
「ったく・・・ただでさえ悪目立ちするのだから、少しは周りの空気を読みたまえよトシ」
「そういう気を使うのって面倒いんだよ・・・まぁ助かったよ英二」
卯月は後ろを振り返ることなく桐沢に答えを返す。
「各自自己紹介も終わったとこやし、今から配るプリントに目ぇ通してな」
渡されたプリントは2枚。1枚は現在学校にある部活が記載された紙。
そしてもう1枚が、全生徒強制参加の委員会の詳細である。
「トシは部活はどうするんだい?」
「帰宅部一択」
「だろうね」
「そう言う英二は・・・化学研究部か?」
「その為にこの高校に入ったようなものだからね」
「お前の将来が心配だよ」
桐沢はとある時期から化学を盲信していた。
自らの人生の全てを科学を突きつめるためだけに使う勢いでだ。
「それにしても・・・強制参加の委員会か〜」
「仕事が少なく、拘束時間が少ないのは保健委員になると思うが・・・」
プリントには委員会の種類と、仕事内容が細かく記載されていた。
生徒会補助委員・・・生徒会主導のボランティアや学年行事の手伝い。
風紀委員・・・定期的に行われる持ち物検査の補助や、学校内の清掃など。
保健委員・・・クラス内での怪我や病気になっている生徒の看病。緊急の際の処置。半年事に1回の講習有り。
などなど、様々な委員会が書かれている。
「・・・俺は飼育委員にするわ」
「はぁ!?明日は雪でも降るのか?」
「失礼なヤツめ」
飼育委員・・・多種多様な生物の飼育補助。毎日終礼から下校時間までの2時間、小屋の掃除や餌やり、水換えなどを行う。夏休みなどの長期休みの際も学校に登校すること。
とこのプリントには書いていた。
「面倒くさがりのトシが選ぶ委員とは思えないのだが」
「利点はあるぞ。1つ運動部に勧誘されなくても済む」
「見た目によらず運動センス皆無だったな」
「うるせぇ・・・2つバイトも禁止のこの高校で、いい暇つぶしになる」
「かなりの重労働+拘束がきつい気もするが・・・」
「3つ、動物は好きだしな。面倒臭い気を使わなくて済む分、人と付き合うより気が楽だからだ」
「色々破綻している気もするのだが・・・要は動物と触れ合って癒されたい。その為なら多少のことは苦にならないという訳か」
そういう事だ。と一切桐沢の方を振り返ることなく言葉を返す卯月。
「入る委員会は今決めてな〜。委員会の詳細が書いてるプリントの下に、入ると委員会と学年クラス名前を書く所があるわ。10分後に回収するで」
ザワザワとクラス内がざわめき出す。
「で?英二はどこに入るんだ?」
卯月は体ごと振り返り、桐沢と向き合いそう言う。
「俺は委員会なんてものに入ってる時間はない。だからこうするのだよ。東雲先生!」
大きな声を上げ、手を上げる桐沢。
「なんや桐沢」
「なぜ委員会は強制参加なのでしょうか。僕は科学研究に没頭したいので委員会がただ理由もなく、惰性で学校側がルールとして決めていることなら、参加したくありません」
クラス中の生徒が、桐沢の意見に賛同する。俺だってサッカー頑張りたいし、やる意味無くね?等など生徒たちが声を上げる。
生徒達の大半を味方につけ、桐沢はドヤ顔で次の言葉を言おうと口を開くが・・・。
「理由ならあるで。説明するから静かにし」
少し怒気を含ませた言葉に、騒がしかった教室が静まり返る。
「うちは進学校や。大半の生徒たちが大学に進学する。まぁこの際、就職か進学かは問わへん。その時に最後の一押しになるのが内申点や。
例えば桐沢。お前は科学研究に没頭したいと言うが、何の成果もなかったら面接でどう言う気や?『没頭しましたが、結果はありません。でも頑張りました』とでも言う気か?例えばサッカーを頑張ったとしよか。面接ではお決まりの『サッカーを頑張って人とのコミュニケーションの大切さを学びました』とか言うんか?そんなもん普通に生きてたらわかるっちゅうねん。
ひとつ言っといたる。頑張ったと言う過程なんか結果がなければなんの意味もない。説得力がないんや。
委員会は先に結果がある。ワイらもそこを押して推薦できる。この子は保健委員で、緊急時の手当などを学び、人を守る術につけました。この子は生徒会補助委員にて、ボランティア活動に従事し、地域貢献してました。とかやな。
委員会に所属するって言うのは、それだけでメリットがあるんや。高校に入ったばっかりでこんなん言うんは酷やと思うけどな、お前らは2年後のことを考えてるか?
ワイらは考えてる。お前らの二年後、その先。生徒たちの未来の選択肢が少しでも増えるように、そう思ってこの学校の教師達は頑張ってるんや。
その事を今後頭に入れて、ちゃんと考えてから発言しぃや。決められている物事に意味の無いことなんかないんや。
なんか反論はあるか?桐沢」
桐沢は呆然と立ち尽くす。自らの浅はかさを恥じるように、握った拳には力が入っている。
「お前の負けだよ英二。俺らはまだガキなんだから、これから色々学んでいけばいい」
卯月のその言葉に、ふぅっと桐沢はひとつ息を吐く。
「すいません。俺が浅はかでした。今後ともご指導ご鞭撻、よろしくお願いします」
「分かってくれたらええんや」
そう言ってニカッっと笑う東雲。
「あんま気にしなや桐沢。なんにも考えんと、ただ従うよりはええ事やから」
「ありがとうございます」
「あと5分やで〜ここで無回答の生徒は全員生徒会補助委員会やからな〜」
再び騒がしくなる教室。慌てて書き始める生徒や、今の話を聞いて、しっかりと考える生徒など、多種多様だった。
締切の時間になり、プリントが回収される。
その用紙をパラパラと確認する東雲。その手が途中で一瞬止まるが、最後まで目を通すとプリントから視線を外して前を見る。
「そんだら今から体育館集合や。今日の授業は終わりや。入学式が終了次第各自解散や。明日からよろしゅうな」
その言葉を聞いて生徒達は鞄を持って教室から順番に出ていく。
「あ〜卯月」
「はい?なんですか」
卯月が教室から出ていこうとしたところで、東雲から声をかけられる。
「飼育委員希望やったな」
「はい」
「めっっっちゃめんどいで?フンの掃除とか散歩に行かせたり、大変やけど大丈夫か?」
「はい。昔から動物好きなんで」
「・・・もしホンマにやる気なら、入学式終わったらここに来ぃ」
東雲が手書きで書いた地図を渡される。
「はぁ・・・別に構いませんよ。どうせ暇ですし俺」
「さよか。それじゃ待ってるわ」
「はい。それでは失礼します」
卯月は少し首を傾げながら、生徒たちの人波に紛れて、体育館に向かった。
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