第8話
卯月はいつも通り授業が終わるとそそくさと教室を出て校舎裏へと向かう。
焼却炉の前まで来ると、裏道の脇に三角座りをした鳥飼の姿があった。
「何してんだよ・・・」
「ん・・・遅い」
そう言いながら鳥飼は立ち上がり、スカートに付いている草を払う。
「まだ迷子になんの?分岐があるっっても4つくらいだろ?」
「・・・」
鳥飼の無言の圧力に負けたのか、はたまたどうでもいいと考えたのか、卯月は裏道に入り、その後をついて行く鳥飼。
無言で歩き続ける2人だったが、途中で鳥飼が言葉を発した。
「秋月先生の事・・・軽蔑・・・しないの?」
そう問いかけ、卯月は少し考えた後、こう返した。
「別に。恋愛なんて当人の自由なんだから、俺が何かを思うことはねぇよ」
その言葉を聞いて、ホッと息をつく鳥飼。
「ただ、常識的に考えると・・・出会って数日の、結婚指輪をした、30歳以上年上の男に好意を持つとかドン引きだよな」
うっ!っと胸を押え苦悶の表情を浮かべる鳥飼。
「俺が女に綺麗な幻想を抱くような奴じゃなくて良かったな。じゃなければ間違いなくギスギスしてただろうし」
「・・・」
「いいんじゃねぇの?年の差婚なんて別に珍しい事でもないし、ただ・・・俺に害を及ぼさないでくれよ?イチャつきたいなら誰の目にも止まらないところで頼む」
「別に・・・そういうのじゃ・・・ないと思う・・・」
「はいはい。この話は終わり。俺はさっさと仕事を終わらせて、動物たちとのんびりしたい」
「むぅ・・・」
そんな会話をしていると、いつの間にか飼育園の前まで来ていたようで・・・。
「到着だ。道は覚えたか?」
「・・・まだ」
「鳥頭」
「うるさい」
そう二人はいがみ合いながら、中へと入って行った。
今日は昨日の仕事の残り・・・カーペットを水と洗剤で洗い、干すだけで終わった。時間にして約30分。
仕事が終わり、使ったホースや洗剤を納屋に戻す二人。
「そんじゃあ教頭先生に報告よろしく」
「え?」
「もし雨とか降ったら取り込んでもわらないといけないだろ?終わりましたって報告するだけだ」
「・・・わかった」
そういって二人は納屋の前で二手に分かれる。
卯月は鳥小屋に、鳥飼は教頭先生の元に・・・。
鳥飼は日本家屋に入って秋月教頭を探すが、どうやら外に出てるらしい。早めに見切りをつけて、鳥飼は外へと出る。
鶏小屋にもおらず、秋月教頭の畑に向かうと、そこには鷹と笑顔で触れ合う秋月教頭がそこにいた。
その優しそうな笑顔に、鳥飼は少しドキッする。しかし・・・首を振ってそんなわけないっと自分の不埒な考えを頭の中から消す。
「・・・秋月先生」
「おや?鳥飼さん。どうかなされましたか?」
秋月教頭は、腕にとまっていた鷹を空に放つと、鳥飼の方に向く。
「えっと・・・カーペットの洗濯・・・終わった・・・から」
「なるほど。分かりました。後は私が引き継ぎましょう。お疲れさまでした鳥飼さん」
「はい・・・それで・・・ウサギ小屋に入っても?」
「ええもちろん。各小屋の鍵の場所はわかりますね?」
「はい」
鳥飼は俯き、少しだけ不安そうな顔をする。
「一緒に行きますか鳥飼さん」
「え?」
「不安なんでしょう?どうやら鳥飼さんは動物に怖がられてしまうようですね」
「・・・はい」
「真摯に接していれば、動物も分かってくれますので、それまで私が同行しましょうか」
「それだと・・・秋月先生が大変・・・」
「ははは。私が忙しい時は無理ですけどね。そうやって人に気遣える優しい女の子なのですから、きっと大丈夫ですよ」
そう言って秋月教頭は歩きだし、その後を、耳が真っ赤になった鳥飼がついて行った。
「迎えに行くのではなく、こちらに近づいてくれるのを待つのですよ」
「はい・・・うぅ・・・もふもふが目の前に・・・いるのに・・・」
「駄目ですよ。我慢して下さい」
ウサギ小屋の中心に鳥飼が座り、じーっとうさぎを見る。うさぎ達は鳥飼に脅えているのか、小屋の隅で身を寄せあっていた。
秋月教頭は小屋の外でその様子を見ていた。
「これは予想以上ですね・・・どちらかと言うと人懐っこい筈なんですが・・・うーん・・・どうしたものか・・・」
「やっぱり・・・駄目・・・」
かれこれ30分ほど同じ状況が続いている。秋月教頭がうさぎを抱っこし、鳥飼の膝の上に置いても、すぐに逃げてしまう。
ならばとうさぎ達に鳥飼という存在に慣れてもらおうと思ったが、その兆候も全くない。
「明日までになにか手を考えておきましょう」
「・・・はい」
鳥飼は残念そうな顔をして立ち上がる。
「うさぎ達は別に鳥飼さんのことを嫌っている訳では無いです・・・なにか本能的に恐れているという感じです。なので危険がないと分かれば、近寄ってきてくれるかと思います」
「・・・はい」
明らかに意志消沈している鳥飼に、困った様子の秋月教頭。
「そう言えば卯月君は?」
「鳥小屋・・・」
ふと思い出したかのように言う秋月教頭に、一言で返す鳥飼。
「ふむ・・・もういい時間ですし、お二人はそろそろ下校しましょうか」
「・・・はい」
秋月教頭は卯月がいるであろう鳥小屋に向かう。その後をとぼとぼとついて歩く鳥飼。
鳥小屋に着いた秋月教頭と鳥飼は、中の様子を見て驚愕する。
「はぁ~癒される・・・」
備え付けの止まり木には一匹も鳥はいなかった。
卯月は胡坐をかいて座り、その足の上、肩の上、頭の上に全ての小鳥たちが止まっていた。
卯月の足の上でピョンピョン飛び跳ねる鳥、肩の上で卯月の首筋に頭をこすりつける鳥、頭の上で羽を緩ませ丸くなっている鳥、卯月の手のひらには気持ちよさそうに目を細めて撫でられている鳥。
異様な光景に、小屋の外にいる二人は呆然とその様子を見ていた。
「・・・あれ?教頭先生と鳥飼?ってもうそんな時間か」
鳥を撫でる手を止め、ポケットのスマホを確認する卯月。
「そんじゃあ俺は帰るから・・・」
卯月がそう言うと、鳥たちは卯月の元から飛び去って行き、備え付けの止まり木に戻っていく。
「賢い子たちですね」
毛繕いをしている鳥たちに微笑みかけながら、秋月教頭に話しかける卯月。
「ええ・・・そう・・・ですね・・・」
「・・・」
どこか羨ましそうに卯月を見る鳥飼の視線に、秋月教頭は気づき・・・。
「卯月君。お願いがあるのですが・・・」
「はい?まぁ俺にできる事なら構いませんが・・・」
キョトンとした様子でそう答える卯月。
「明日以降、基本的には鳥飼さんと行動を共にしてください」
「え?」
あからさまに嫌そうな顔をする卯月。
「仕事はもちろんですが、そのほかの自由時間も出来れば一緒に行動してください」
「え~・・・」
「お願いします」
秋月教頭は卯月に頭を下げる。
「わかりましたよ・・・だから頭を上げてください。生徒に軽々しく頭を下げちゃダメでしょう・・・」
「ありがとうございます卯月君」
ニコッと笑う秋月教頭に、後頭部を掻きながら苦笑いを返す卯月。
「鳥飼さんもいいですね?」
「はい」
翌日以降、卯月は放課後に、鳥飼の特訓?に付き合うこととなってしまった。
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