No9
宿屋の部屋に入ると、ベットに女性が横たわっていた。彼女に近づき、手を握り締める。
「やっと…。会えましたね─。」
涙が溢れる。温かい──。まだ、生きている。
眠っている彼女は薄らと微笑んでいて─まるで本物の天使みたいだった。
彼女だ。お嬢様の『中』に居たのは─。
絶対に…死なせない─…!!
昔─…夢を見たことがある。
孤児院で育ち、未来なんて何の希望も無かった時に…
院長先生が読んでくれた天使さまの絵本
天使様はいつもは天界と呼ばれる空の上にいるが、ふとした時に人間界へ降りてくることがある。
天使さまは人間の行いを見ていて
優しい良い子には加護を授けてくれる。
絵本の主人公の男の子は勇気の加護をもらい、勇者になって世界を救う。
そんなありふれた話だったけど
俺は主人公みたいに善良な子どもじゃないし、親も居ない。
天使様は俺のところには来てくれないんだと子どもながらに理解していた。
でも一度だけ、夢の中に天使様が出てきて─…
「ちょっとあんた、何で主人の前で寝てるわけ?無礼よ!!早く起きなさい!!」
聞きなれたツンとした声に目を覚ます。
ん…?あれから聖女様のところへお嬢様と彼女を連れて行って…今夜が峠みたいなことを言われ…看病していたような…
ぼーっとした頭で物事を整理する。そうだ…
「か、彼女は!!?」
「主人の安否よりあの子を心配するなんていい度胸してるじゃない…」
青筋を立てて怒りの表情のお嬢様に寒気を感じながらも部屋を見渡す。確か一緒の部屋で看病していたはず。彼女は無事だろうか。
部屋には彼女の姿は無く、最悪の状況を思い浮かべる。
「勝手に殺さないでちょうだい。無事よ。今朝意識が戻って、今別室で寝てるわよ。」
「良かった─……。」
涙が溢れる。もう最近涙腺が弱い。年取った証拠だろうか。あきれたようにお嬢様がハンカチを押し付ける。
「あんたなら、あの子を見つけてくれると思ったわ。ギリギリだったけど。その、あの、あ、ありがとう」
お嬢様は真赤でお礼を言ってきた。
本当、槍でも降る?怪奇現象起こる?
ビクビクしてしまうけど、これも天使様の教育の賜物だろうか…
少し引きつった笑いを作りながらも、お嬢様に丁寧にお辞儀する。
「お嬢様こそ、ご無事で何よりです。お帰りなさいませ」
変わろうとしている主人を、胃がヒリヒリするけれども、支えていこうと思う。
もう「悪魔」と呼ばれないように──