No6
『…、愚図のくせに、格好つけないでちょうだい。もう、あの子が『中』に籠って、私が追い出されたわ』
突然の調子の違う声に吃驚してお嬢様を見つめると、悪魔なお嬢様の頃の様な不機嫌な表情をしていた。
「は…?」
急に天使が悪魔に変わった。…え?何で?俺、今見せ場だったよね?どうして罵られてるの?
『わ、悪かったわね。シルヴィアで。あの子、今『外』に出られない状況みたいだから。全く、いつもは私に説教するくせに』
いつもの傲慢な表情は無く、不器用に微笑むお嬢様。悪魔なお嬢様は、天使なお嬢様の影響で良い方向に変わったのかもしれない。口は相変わらず悪いけど──。
『今、私がこれ以上『外』に出ると、あの子は消えちゃうから、手短に言うわ。あの子の本体は別に居る。探して戻してあげて。こんな私を、心から心配してくれたおせっかいバカ、亡くしたくないの。頼んだわよ』
「え?ちょっと、どういう意味」
ふっとお嬢様は意識を失い俺に倒れ掛かる。いい匂い…じゃなくて、え、どうしよう、大パニックである。
「誰か───!!」
俺の叫びが響き渡った。この日からお嬢様は意識を失ったまま眠り続けている。
医者はどこにも異常はなく、ただ眠り続けているとの診断だった。
旦那様と奥様は時間が許す限りお嬢様に付き添っている。
酷く胸が締め付けられる。今度起きた時には、彼女は一体何者なのか。天使なお嬢様は…消えてしまうのか。いや、消えさせない。俺が探し出す。
悪魔なお嬢様が言っていた症状に心当たりがある。
『夢魂病』──。
文字通り、魂が夢の中に行ってしまったかのように彷徨う病気だ。この病にかかると、眠りにつき魂が戻るまでは目が覚めない。魂を探し出し、身体に戻すのは至難の業で、成功例は聞かれず、成し遂げたら奇跡と呼ばれるだろう。
まあ、あの天使なお嬢様ならするっと元の身体へ戻ってしまいそうな気がするが。何せ天使だから。奇跡を信じるしかない。まずは身体探しだ。
旦那様の力もフル導入し、国中の夢魂病患者を探している。奇病であり、罹患している人がそもそも少なく認知もされていないことが多い。
諦めたくないが、途方にくれながら街を歩く。
医療が発達しているこの街で何か情報は得られないかと医者を訪ねまわったが、空振りに終わった。
夢魂病患者の生存率は低い。何せ眠っている状態なので食事も摂れないし、治癒師による延命術を施せるような金持ちでもない限りは1か月もせずに衰弱死してしまう。
生きているかさえも怪しいな…。
もしダメなら、俺の身体に魂を入れることは可能だろうか。
『中』で彼女と過ごせるならそれも幸せかもしれない。いつでも一緒とか、いいかもしれない…!
邪な思いを抱いていたせいか、思いっきり転んだ。
え…、恥ずかしい。
思いっきり何かにつまずいた。いい年した大人が笑いながら転ぶって…。ため息をつきつつ起き上がろうとすると、目の前に手が差し出される。
「大丈夫?思いっきり転んだね、お兄さん」
笑いを耐えながら、飲み屋のおかみさんが立ち上がるのを手伝ってくれる。
「手当してあげるから、ちょっと来な!」