No3
『そこの愚図、私が欲しいといったドレスはこんな安っぽい生地じゃないんだけど。使えないわね、これだから卑しい身分の者は嫌よ』
俺の思い出すお嬢様はいつも真赤な派手なドレスに真赤なルージュを引き、目はつりあがった化粧の濃い化け物みたいな人だった。
俺の親は居ない。気が付いたら孤児院に居た。
孤児院には慈善で来た綺麗な洋服を着た人が週に1回俺たちに計算や読み書きを教えてくれた。
その中でも俺は物覚えがいいと褒められ、10歳の時に旦那様が引き取ってくれた。
広いお屋敷には、小さなお姫様が居た。
5歳も年下なのに、俺に命令ばかりする。旦那様は年も近い俺ならお嬢様の話し相手になると期待していたから、必死にお嬢様に従った。
孤児院に迷惑はかけられない。俺が戻ったら、一人分の食い扶持が増えてしまう。
戻れない、ここで耐えるんだ。歯を食いしばって嫌なことにも耐えた。そしたら数年後にはお嬢様の侍従として仕えることになってしまった。
『こんな草みたいな植物、我がアルマージュ商会の庭園にはいらないのよ!!』
そう言って、庭師のじいさんが毎日慈しんで育てていた珍しい花々は燃やされてしまったり、庭に突如ペットの犬を放ち、庭園をめちゃくちゃにしたり、庭師のじいさんはいつも落ち込んでいた。あの寂しい背中を見ると、本当やりきれなくなったものだ。
『色目を使って、パパに取り入ろうとしてるの?こんな髪いらないでしょう?』
メイドの髪をそう言って切り刻んだこともあったな…。本当、あの頃は人がしょっちゅう辞めてしまい大変だった。そのフォローを何とかして、アルマージュ商会が、お屋敷が保てるように必死で仕えても
『孤児風情が、パパの温情に感謝するのね。私の代になったら今の倍は働かせてあげるから覚悟なさい』
とあの真赤な唇で笑われたときには、本気で逃げようかなって思ったね。
それでも俺が居るからアルマージュ商会から孤児院に多額の寄付がされていることが足枷となり、お嬢様に耐え抜くしか道は無かった。
『ロイ。君はすごいね。僕とそんなに変わらないのに、もうこの本を読めるようになったんだね』
孤児院で物書きを教えてくれたマイル先生は、俺の5歳年上の貴族だった。いつも俺を褒めてくれ、弟のように接してくれた。
マイル先生はお嬢様の家庭教師もされていて、その繋がりで旦那さまに引き取られた経緯もあるんだけど。お嬢様も貴族のマイル先生には悪魔ぶりは見せずに居るには少しびっくりしたのは覚えている。マイル先生は家庭の事情で辞めてしまった時も、お嬢さまは癇癪を起していたっけ。
『私よりも先生は家族を選んだのね。あんたをうちに入れたのだって先生のお願いだったからなのに。あんたなんて要らないわ!!』
そう言って俺までクビにされかけたこともあったっけな…。ああ、思い出してもろくな記憶が無い…。あー、マイル先生元気かな…。
それ以来お嬢様の悪魔ぶりに磨きがかかり、本当に苦労した。今思えば、お嬢様はマイル先生が好きだったのかな…なんて怖い妄想をしてしまった。逃げられて良かったね、マイル先生。
それから、市井に出かけた時に破落戸に絡まれ、助けてもらったとかの理由でコンラット様に一目惚れされたお嬢様は、旦那様の権力にて婚約者になり、コンラット様を束縛し続けた。
まだ駆け出しの騎士だったコンラット様も断れずに、やや自棄になって戦争に参加してたもんね。あれは同情したわ。それで凱旋帰国し婚約破棄に繋がると。
まあ、色々かいつまんで天使なお嬢様に話してみたけど…
「ああ、何てことでしょう…。」
お嬢様めちゃ落ち込んでますよね。うん。そうだよね、中々だよね。俺も自分がそんな過去持ってたら本気で嫌だし。
「シルヴィアには良く言い聞かせます。本当に。いえ、庭師のトムさんを傷つけるなんて…何て事を…」
え?そこ?庭師のじいさんまた腰抜かしちゃうよ。