No1
うちのお嬢様は我儘・傲慢・高飛車と3拍子揃った最悪の主
自分の不運を呪いながらお嬢様に仕えること早10年─
まさか…
お嬢様を天使と思う日が来るなんて─
夢にも思わなかった…──
「シルヴィア、お前とは婚約破棄だ──」
お嬢様の婚約者であるコンラット様よりのいきなりの婚約破棄宣言に、あのお嬢様も口を閉ざしショックを受けている様子だった。
まあ、思えば今まで婚約を続けてくれていたことへの感謝しかないが、お嬢様にとっては青天の霹靂だったのだろう。
裕福な商家の一人娘として生まれたお嬢様は、それはもう旦那様や奥様に可愛がられ、淑女って何それ?みたいな我儘・傲慢・高飛車な性格にご成長され、夜会で一目ぼれしたらしい騎士であるコンラット様を権力とお金で婚約者とし、今まで好き放題してきたのだ。
コンラット様もよく耐えたよね。本当、同情の思いしかないよ。
我がナイル王国とユートベル王国との戦争での立役者となり、英雄化されたコンラット様は帰国早々婚約破棄をお嬢様に言い渡したのだ。
本当、因果応報ですよ、お嬢様、と思ったその時──
「あのう、シルヴィアって、私のことでしょうか?」
のほほんとした声がその場に響いた──
「ふん、とぼけてももう遅い。婚約破棄は決定事項だ。もう俺に近づくなよ!!」
コンラット様はそう言われ、清々しくこの場を去って行った。お噂の聖女さまとお幸せに…。彼の幸せを願いながらお嬢様に目を向けると
「あらあら、私、どうしましょう」
とケバケバしい外観と似合わず、頬に両手を宛て首を傾げている。
え?何これ、どう対処したらいいわけ?新たな悪巧みなの?お嬢様?
「そこのあなた、お名前を忘れてしまい申し訳ありません。私の関係者であるとお見受けします。」
「あー、名前呼ばれたこともなかったっすけどね。お嬢様の侍従のロイですよ。どうされたんすか?」
「ロイ様とおっしゃるんですね。私困ったことに、何も覚えていませんの。」
ロイ…様──!!?お嬢様が俺に様をつけた!!?平民上がりの俺に!!?
いつも『お前』とか『愚図』とか呼んできたあのお嬢様が!!?あまりの衝撃に一瞬眩暈を感じたが、必死に表情を整える。
「私に様はいりません。どうぞロイとお呼び下さい。失礼ですが、お嬢様は何も覚えていない…と」
「そうなのです。さっきの方が婚約破棄をなさったのかしら?その時に頭が真っ白になり…全て消えてしまったかのように…何も覚えていないのです」
申し訳なさそうにシュンと俯くお嬢様…。その外見と似合ってないから止めてほしいんですけど、ちょっと今までのイメージで怖いんですど…
「お嬢様は、シルヴィア・アルマージュ、アルマージュ商会の会頭のご息女であられます。ここでは何ですから、お屋敷へ戻りましょう。そこでゆっくりご説明いたします。」
コンラット様に呼び出された喫茶店の個室から馬車に移り、屋敷へと急ぐ。早くこの衝撃を分け合える仲間が欲しい。新生物になってしまったかのようなお嬢様は、窓の外をもの珍しそうに眼を輝かせながら見ていた。…まじ怖いからやめて…。