3.モノ探しの怪物
モルモとラミィの暮らす妖精の国ランプラは、発光キノコで照らされたとても神秘的な世界です。その光はただキレイなだけではなく、恐ろしい怪物や、妖精たちに乱暴をする魔族たちを寄せ付けないため、ランプラは平和な世界でいられるのです。
けれど、平和なだけでは暮らしていけないため、ランプラの妖精たちは迷宮のあらゆる国や地域と交流をして、お金をかせいでいました。モルモとラミィが配達員として働いているのもそのためです。
ランプラ育ちの妖精たちは少しばかり平和ボケしていますが、それでも配達員たちは大切な手紙を守らなくてはいけないので、国民のなかでも注意深く、勇敢な妖精たちばかりが採用されていて、モルモとラミィもああ見えてそういう妖精たちでした。
しかし、だからといって、いつでも同じような感覚で働けるわけではありません。妖精も人間と同じく生き物ですので、機嫌が悪い時もあれば、疲れている時もあるのです。そう言う時は集中力も欠け、ミスも多くなってしまいます。
ラミィが大切な配達物を迷宮のどこかに落としてしまったのも、そういう時でした。いつもならば二人で一つの仕事をやるモルモとラミィですが、その時に限って手分けして手紙や荷物を運んでいたのです。
大切な荷物をなくしたと気づいたのは、モルモと合流してからのことでした。ふたりで配達物のチェックリストを確認していた時に、ラミィの担当していた荷物が一つだけ消えていることに気づいたのです。
ラミィは血相を変えて慌てましたし、モルモはそんな姉妹を見下してしまいました。
「その時に、ついつい、ひどい事を言っちゃったの」
ヘカッテの家の中にて、モルモは落ち込んだ様子でそう言いました。
「何て言ったの?」
ヘカッテの問いに、モルモは答えづらそうな表情を浮かべました。けれど、顔を伏せたまましっかりと答えました。
「配達員失格のおバカさんって。あんたのせいで、あたしまで怒られるじゃないって」
そしてモルモは真っ赤になった顔を両手で隠しました。
「なんであんなことを言っちゃったんだろう。二人で探そうって言えたらよかったのに。けれど、あたし、あの時はどうしてか自分が怒られることばかり考えてしまっていたの。変よね。大人のくせに……」
落ち込んでいるモルモを前にヘカッテは何と声をかければいいのか悩んでしまいました。カロンもまた腕を組んだまま考え込みました。もどかしい気持ちになる中で、だが、鳥かごの中のメンテだけは竪琴の音でポロロンと何かを訴えます。その言葉に耳を傾け、ヘカッテはメンテに頷いてからモルモに訊ねました。
「それで、ラミィはその後どうしたの?」
モルモは俯いたまま答えました。
「とても怒っていたわ。ひとりで見つけてみせるって言い張って、そして迷宮の何処かに飛んでいってしまったの。けれど、どんなに待ってもラミィは戻ってこなかった。逃げたなんて思わないわ。だって、妖精が迷宮の中でひとりぼっちで生きていけるわけないもの。まだ探しているのかしら。そう思っていたら、あの怪物に出会ったの」
青ざめた顔でモルモはヘカッテを見上げました。
「あれはモノ探しの怪物よ」
「モノ探し?」
訊ね返すと、カロンが代わりに答えました。
「探し物をしている人の前に現れる怪物だね。何かを探す時、人は視野が狭くなるものだ。それを狙ってやってくるのがモノ探しの怪物なんだよ。人間だけでなく、魔族も、妖精も、時に奴らの犠牲になる……と、前に読んだ図書館の本に書いてあった」
「コワイ怪物ね」
ヘカッテは率直にそう言いました。
もちろん、怯えてばかりではありません。迷宮にはそのような怪物があちこちにいるのです。それらをいちいち恐れていては、立派な魔女になんてなれやしません。魔力はもちろんだが、愛する花メンテを育てるために、これまでどれだけ怪物と対面してきたことか。
それでも、ヘカッテは心配でした。何かを探している者を襲うのならば、ラミィだって襲われるかもしれない。いや、ひょっとしたら――。
嫌な予感が頭をよぎり、ヘカッテは首を振りました。
「何があったかは分かった。ねえ、モルモ。一緒に探しましょうよ。迷宮は危険だもの。ひとりぼっちよりも誰かと一緒の方がいいわ」
ヘカッテの言葉を肯定するように、鳥かごの中のメンテが歌いました。カロンは何も言いませんでしたが、文句はないようです。
そんな三人を見て、モルモは目を潤ませて言いました。
「本当にいいの?」
「当たり前よ。だって、あなた達はお友だちだもの」
その言葉にモルモはわっと泣いてしまいました。迷宮で怪物に怯え、ひとりで絶望を抱えながら姉妹を探し回る事は、郵便局のおえらいさんに怒られるよりずっとコワイことだったからです。
泣きじゃくりながらモルモは言いました。
「変よね。大人なのに、子どもみたいに泣いちゃって。ありがとう。ヘカッテ。みんな」
笑いながら泣くモルモを見上げ、カロンは言いました。
「気にするな、モルモ。大人だってふつうは嬉しい時や悲しい時は泣くものだよ。そう図書館の本に書いてあった」
「ええ、それに。お礼を言われるのはまだ早いわ。さぁ、さっそくラミィを探しに行きましょう!」
こうして、ラミィを探す迷宮の旅は始まりました。
モルモの記憶を頼りにしながら、ラミィが配達を担当していたあたりを中心に、ヘカッテたちは迷宮を歩き回りました。
ここは余所から来た人がここに入り込めば、二度と出られないこともある恐ろしい迷路です。けれど、ヘカッテたちにとっては少々危険な庭でもあるので、迷うことはありませんでした。
とはいえ、人探しとなると大変です。ラミィの名を呼んでみても、返事はなし。通りかかる迷宮の人々に訊ねてみても、それらしき姿を目撃した者はなかなかいなかったのです。
代わりに人々の口から語られたのは、恐ろしい怪物たちの噂ばかりでした。
中でもひんぱんに話題にあがったのが、モノ探しの怪物でした。
「まただわ」
話し終えて去っていく魔族の親子の後ろ姿を見送りながら、ヘカッテは呟きました。
照明代わりになってもらっているメンテも、心配そうにポロロンと音を奏でました。カロンもまたヘカッテのそばにぴったりと寄り添うと、周囲を警戒しながら作り物の猫ひげをぴんと伸ばしていました。
「どうやらさっきの怪物も探し物をしているらしい。ひょっとして、人探しをしている我々を探しているのだろうか」
「そんな……またアイツにおそわれちゃうの?」
怯えるモルモをそっと手に止まらせると、ヘカッテは言いました。
「大丈夫。今度は私たちも一緒だから」
「そ……そうよね」
モルモは震えながらそう言うと、飛び回るのは止めてヘカッテの肩に止まってしまいました。その小さな温もりを感じながら、ヘカッテは覚悟を決めて歩みだしました。
同じような場所をぐるぐる、ぐるぐると。見つかる気配すら感じられないけれど、まだ歩みを止めるわけにはいきません。
どこかにきっと必ずいるはずだから。
そう信じて進み続けました。
大きな声が聞こえたのは、そんな時のことでした。
「あの怪物だわ!」
モルモが小さく悲鳴をあげ、ヘカッテはとっさに身構えました。カロンも身構えますが、ぬいぐるみなのでたいして強くはありません。ヘカッテはその姿に少しだけ冷静になり、手に持っていたメンテの鳥かごと、小さなモルモをカロンに託しました。
「カロン。この子たちをお願い」
その言葉にカロンは猫ながら渋い顔でこくりと頷きました。
メンテが心配そうに音を奏でます。けれど、ヘカッテはそんな愛しい花に微笑みかけ、すぐにまた怪物の声のした方向を見つめました。
こちらから向かうまでもなく、怪物はやってきました。
間違いなくモルモを襲ったものと同じ姿。クマのように大きな、あの怪物でした。
怪物はヘカッテたちを見つけると、興奮したように雄叫びをあげました。やはり、ヘカッテたちを探していたのでしょう。狙いはモルモでしょうか。それとも全員? いずれにせよ、負けるわけにはいきません。
――いいわ。相手をしてあげる。
心の中でそう言ったとき、モノ探しの怪物はこちらへ向かってきました。ヘカッテはすぐにあの光の魔法で反撃しました。怪物を撃退する強烈な魔法です。命を奪うことはできなくとも、怪物たちの嫌う光が迷宮をカッと照らしました。その眩さに怪物は怯みました。
ですが、今回ばかりは怪物の方も負けていられなかったのでしょう。そのまま逃げたりせずに、飛び掛かってきたのです。
「きゃ!」
太い腕に弾き飛ばされてヘカッテは悲鳴をあげました。
幸い、たいした怪我はしませんでしたが、あわてて起き上がってみれば、怪物がカロンたちに迫っているのが見えました。
「みんな!」
とっさにヘカッテは光の魔法で怪物を追い払い、カロンたちのもとに駆け寄りました。けれど、怪物は少し離れると再び戻ってきて、ヘカッテたちの周りをぐるぐるとぐるぐると歩き回りだしました。
どうやら、そう簡単には諦めてくれないようです。そのしつこさにヘカッテは次第に恐怖を感じ始めました。
このままではみんな、丸のみにされてしまう。
その怯えが怪物にも伝わったのか、またしても正面から襲い掛かってきました。すぐに応戦しようと身構えたヘカッテでしたが、その脇を矢のような速さで飛び出していくものがいました。
モルモです。
「あたしが狙いなんでしょう! この子たちは関係ないんだからやめて!」
「モルモ!」
小さな身体にも関わらず、モルモは真っすぐ怪物に向かって突進していきました。