追放なんてさせない
「――――ローウェン。テメェ、その体たらくはなんだ」
「え…………」
「ダンジョンの中で呆けるとは、ずいぶんなご身分だな? え?」
ディルゴの声はやけに冷えていた。普段と違うその様子に、ローウェンは身の竦むような思いでいた。
「そ、そんなつもりは……」
「確かに今日のローウェンさんは妙でしたね。どこか上の空というか。気にかかることでもあるのか、警戒が疎かであったような気がします」
アイゼンもローウェンの今日の様子が変だったと追従する。
だが、それも無理はない。
ローウェンはアルスの追放を回避することで頭がいっぱいだったのだ。ローウェン自身から見ても、今日のローウェンは変だったと自信を持って言える。
「ローウェン。君とは屋敷にいる頃からの仲だ。お互いのことを知らないとは言えない」
ユリウスのフォローに、ローウェンは一瞬だけ安堵しかけた。
「けど、そこに胡坐をかいていないか? もちろん、君の雇い主は父だ。けれど、だからと言ってそれは君の立場を保証するものにはなり得ないよ。自分の務めをしっかりと果たす。そうして初めて一人前になれる」
だが、ローウェンの目の前で一瞬のうちに梯子が外される。
ローウェンは予想外の状況に何も言えなかった。
今まで口を揃えてアルスを追い出そうとしていた人間たちが、今度はローウェンのことを謗り始めたのだから。
「ローウェンが今後も、その調子でやっていくつもりなら――――」
――――このパーティには不要だ。
それは、追放宣言。
かつてアルスに向けられていたはずのソレが、今度は自分に向いている。
その事実を受け止めきれず、ローウェンはぱくぱくと口を開閉させていた。
だが、何も言えないローウェンに代わり、最初に口を開いたのは意外な人物だった。
「ま、待ってくださいっ! みなさん!」
「どうしたんだ、アルス?」
ユリウスが問いかけて、アルスは緊張した様子でごくりと唾を呑んだ。
「そ、その! ローウェンさんは、今日、ずっと僕のことを気遣ってくれていて……だ、だから少しだけ注意が逸れていたんだと思います……それに! さっきだって、ミノタウロスの攻撃から僕たちを庇おうとしてくれていて……」
「い、いや、そんなことは――――」
ローウェンは普通にミノタウロスの存在に気付いていなかったし、アルスの言うことにも心当たりがない。
「で、ですから、その、ローウェンさんがいないと、ダメなんです! 僕たちのパーティには……!!」
アルスの必死な訴えに、他のメンバーも考え込む。
「…………まあ、確かにな。これまでローウェンはよく働いてくれた」
「もしかしたら、先ほど頭を打ったのが影響しているのかもしれませんね」
「ちっ。ローウェン、テメェ、ここからは気合入れろよ? 分かってんだろうなァ?」
などなど、口々にローウェンの追放を取り下げる。
ローウェンは内心でほっとしつつも、アルスの方を見る。
アルスは「えへへ」と人懐っこそうにローウェンに笑いかけてくれた。そして、耳元でそっと呟いた。
「――――今度は、僕が守りますね」
目を丸くするローウェンに、アルスは「任せてください」と顔をくしゃりと崩して笑ったのだった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
僕の名前はアルス・レイジオ。Aランクパーティ『英雄の詩』の一員だ。160程しかない身長に、細身な身体。屈強なローウェンさんやディルゴさんは況や、魔術師のアイゼンさんにも力負けするだろう。
僕の職はテイマー。相棒のアークリザード、クィルと頑張っている。パーティ内では雑用や荷物係を主に担っていて、一応、斥候もしている。
「ローウェンが今後も、その調子でやっていくつもりなら、このパーティには不要だ」
パーティリーダー、ユリウスさんの言葉。
不要の二文字を突き付けられたローウェンさんは、驚愕のまま固まっている。
この言葉を聞くのは、一度や二度じゃない。
これで三度目。
僕は既に確信していた。
この世界は、繰り返していると。
何が原因で、どういう理屈かも分からない。
ただ、この場でローウェン・ラストを引き留めなければ、この先の階層でパーティは全滅する。一度目も、二度目もそうだった。
パーティメンバーが全滅するのは避けたい。
でも、それ以上に自分に優しく接してくれて、何度も助けてくれたローウェンさんがパーティから追い出されるのを、見たくなかった。
だから。
「――――今度は、僕が守りますね」
そう笑いかける。
それは宣言であり、覚悟。
何としても、彼を追放なんてさせない。
アルス・レイジオは、そう、固く決意したのだった。
普段書いてる作品が長編なので、たまには1,2万字ぐらいの短めの作品もいいですね。