再走
結果から言うと、アルスとローウェンが一緒に行動することになった。ローウェンがアルスの傍に付いて回り、彼の活躍を逐一監視して報告するのだと。
ちなみにこの形になるまでに一回世界をやり直した。
四周目のときはアイゼンがアルスに付いて行く形になったのだが、当然アイゼンがアルスの活躍を報告するわけなどなく。案の定、無能のレッテルを貼られたアルスがパーティを去り、全滅する運びとなった。
ローウェンも頑張ったのだ。何とかアルスを引き留めようとしたり、アルスが去ってからあの手この手で地上に戻ろうと提案したり、三周目までにかかったトラップやモンスターを回避しようとした。
だが、場所や時期の違いはあれど、結局パーティは全滅した。
逃れられない運命だと悟った。
だから、ローウェンは何としてもアルスを引き留めなければならない。
五周目の今回は15階層は無事に抜けて、ここからはアルスの活躍をローウェンが報告しまくればいい。
パーティにやや先行してアルスとローウェンが歩いている。
「なんか、すみません……僕に付き合わせてしまって……」
「いや、いいんだ。気にするな。アルスこそ、無理難題を吹っ掛けられて大変だろう」
「い、いえ……! そんなことは……! 僕みたいなのを置いてくれるのは、このパーティぐらいしかないでしょうから……」
そんなこともない。パーティを追放されようとも、新しい場所で、優秀で性格もいい仲間たちと上手くやっていけそうだと思う。
だが、ローウェンがそう告げようともアルスが世辞としてしか受け取らないであろうことは分かっていたので黙っておく。
「ローウェンさん」
「うん?」
アルスに名前を呼ばれて、ローウェンは間の抜けた声を上げた。ここから先どうしようかと考え事をしていて不意をつかれたのだ。
「本当に、ありがとうございます……ずっと、優しくしてくれて、今日も何度も庇っていただいて……」
「……そんなことはない。君の実力がちゃんと評価されて欲しいと思っているだけだよ」
ローウェンの言葉に、アルスはくしゃりと表情を崩して笑った。いつもおどおどとした表情のアルスの珍しい笑顔に、ローウェンも思わず口角が上がってしまう。
そして、自分のやろうとしていることはやはり間違いではないのかなとも思った。
「……僕、父みたいなすごい冒険者になりたくて」
アルスが少し小さな声で話し始めた。
それは彼が冒険者を志したきっかけで、そして今も冒険者を続けている理由。アルスの父親はSランクパーティのリーダーだったらしく、その父に憧れて冒険者になったのだといつか聞いたことがある。
「だから、もっと頑張らないと、ですね……!」
こんな理不尽な状況でも前を向くことを忘れないアルスの姿に、ローウェンは感銘を覚える。
……ああ。そうだな。こんなに善良な少年に、あんな顔をさせるわけにはいかない。
それからのローウェンの活躍は目を見張るものがあった。
「おおっと、トラップを踏みそうだった! ありがとう! アルスが教えてくれたから踏まずに済んだ!」「なっ!? 不可視のモンスター!? アルス、それは本当か! さあ、みんな逃げよう!」「いや、アルスは気が利くな! 俺がよく水が飲みたいんだと分かったな!」
などなどなど。
もうわざとらしいことこの上ないが、普段はあまり出さないような大声でアルスの有能さをあることないこと叫びまくる。
ここまで来るともはやヤケクソだ。ユリウスたちも「えぇ、何こいつ……」みたいな若干引いた目で見ていた。「え、え、僕は何も……」と言いかけるアルスに言葉をかぶせるようにしてひたすらアルスの優秀さをアピールする。
「やはり先ほど頭を打ったときに……」
などとローウェンの頭を心配するアイゼンの声が聞こえてきたときには、顔から火を噴きそうになったが、これも必要なことだと割り切って耐える。タンクなので耐えるのが仕事なのだ。
できれば、まだ物理的ダメージの方がマシだったのだが。
そんな風にひたすらに自分を下げて、アルスを上げていると、20階層まで到達する。それは、パーティ『英雄の詩』がこれまで到達した最高深度。
そして、これより先にアルス無しで進むと、パーティは全滅する。
だが、今は違う。
ローウェンの隣には困惑しながらもしっかりとあたりを警戒している、アルスがいる。
ローウェンは勝利に浸っていた。
自分は成し遂げたのだと。
この死のループから逃れられるのだと。
だから、アルスの声に応えるのが遅れた。
「――――危ないッ、ローウェンさん!!」
「え――――」
直後、ローウェンの身体に強い衝撃が走る。骨がみしみしと軋む音。鎧の金属が弾ける音が同時に体中に響き、そのまま足の裏の感覚が消えた。
1秒と満たないうちにもう一度衝撃を受け、自分が何かに吹き飛ばされて壁に叩きつけられたのだと悟った。
呼吸ができない。呼吸の仕方が分からない。
今までそれこそ「呼吸をするように」していたはずの呼吸ができず、喘ぐようにして地面に倒れ伏した。
「ちぃっ!!! オイ! アイゼンはローウェン見に行けェ!! おれとユリウスでこいつを止める!!」
そう叫ぶディルゴの前には、今までどこに隠れていたというのか、ミノタウロスが立っていた。その巨躯におあつらえ向きの大槌を右手に握っている。
「指示を出すのは、オレの役目なんだけどな……!!」
そんなどうでもいいことを言いながらもユリウスはディルゴと連携して、ミノタウロスに迫った。
「全く、ローウェンさん……! 何ダンジョンの中で呆けているんですか……!」
不意を突かれたローウェンに悪態をつきながらも治癒魔法をかけるアイゼン。
アルスも涙目で駆け寄っててきているが、耳鳴りと霞む視界でローウェンはそれをうまく認識できなかった。
そして、二合、三合とミノタウロスとの打ち合いが続いた刹那、ミノタウロスの姿がすぅと掻き消える。
「なッ!? テメェ、どこに消えやがったァ!?」
「これは……! 透明化の能力!? まさか、こんな巨大なモンスターが――――」
「ユリウスさんッ、後ろに跳んでッ!!!」
アルスの声に弾き飛ばされるようにしてユリウスが飛ぶ。直後、ユリウスが立っていた大地が轟音を上げて破裂する。小隕石でも落ちたようなクレーターが出来上がった。
「アルス!? 視えているのか!?」
余裕のないユリウスの問いかけに、アルスが答える。
「テイマーの能力で、モンスターの居場所はある程度は分かるんです! 見えるわけじゃないですけど――――ディルゴさん、左から来ます!!」
「ちィ!!」
ディルゴが大剣を左に振り抜くと、ガキィン、と言う音とともに火花が散った。
「は! 手ごたえあったぜェ!! おい、アルスッ!! 逐一敵の場所報告しやがれェ!!」
アルスが指示を飛ばしながら、ユリウス、ディルゴが動く。
アイゼンもローウェンの治癒をしながら、片手間に魔法で援護をしている。
伊達にAランクまで上り詰めたパーティではない。完璧に噛み合ったコンビネーションを見せていた
ただ、その輪の中にローウェンがいないということを除けば。
「は、匂いが分かるようになってきやがったなァ! ここだろッ!」
ディルゴの一振りが、肉を裂くような音を生んだ。直後、何もないはずの空間から大量の鮮血が噴き出す。そして、ちかちか、と空間が不自然に明滅した。
「そこだな!!」
ユリウスの直剣が、ミノタウロスの首に突き刺さる。
そのままユリウスが直剣を横に振り抜くと、鮮血が噴き出すと同時に、地響きのような悲鳴がこだまする。そして、何もなかったはずの空間にミノタウロスが出現した。
否、正確にはかつてミノタウロスであったはずの死体だ。
ずどん、と大木を切り倒したような衝撃とともに、ミノタウロスの死骸が倒れる。
「ふぅ……何とかなったな」
ユリウスは剣に付いた血と油を丁寧にぬぐい取ると、鞘にしまった。
「は。タネさえ分かっちまえば、大したこたァ、無かったな」
ディルゴは、げすげす、とミノタウロスの頭を足蹴にする。まさか文字通りに死体蹴りをするやつがいるとは思わなかったな、などとローウェンはようやく回り始めた頭で呑気なことを考えていた。
「それにしても、アルス。今のは見事だった」
ユリウスが世辞でもなんでもなく、率直な感想として言っているのは場の誰もが理解できた。それにアイゼンも続く。
「……ええ。今のはあなたの活躍と呼んで、差し支えないでしょうね」
回りくどい言い方だがアイゼンもアルスの力を認めたのだ。
ディルゴは、「ちっ」と舌打ちを漏らすと、アルスの方も見ずに吐き捨てた。
「おれァ、まだ認めてねェ。雑魚がこのパーティにいても邪魔だからな」
ローウェンがディルゴに何かを言おうとして、それよりも早くディルゴが大剣を地面に突き刺した。
「――――だから。おれを納得させてみやがれや。アルス・レイジオ」
それは遠回しに、まだこのパーティにいてもいいという言葉。
ユリウス、アイゼン、ディルゴ。三人とももうアルスを追放しようとは考えていなかった。
その言葉を聞いて、倒れ伏していたローウェンは思わずガッツポーズをしてしまう。
やった、ついに自分は本当に成し遂げたのだ。
ここまで長い長い道のりだった。
死ぬほどつらく、いや、実際に死んだのだが、苦しい旅だった。
周囲の誰とも共有できず、ひとり旅路を終えようとしていると、ディルゴが「でもなァ」と続けた。その声は冷たかった。
「――――ローウェン。テメェ、その体たらくはなんだ」
「え…………」
まさかの言葉の矛先に、ローウェンは言葉を失った。