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作戦Bで行こう


「――――足手まといはパーティに不要だ。言いてェこと、分かるよな?」


 このセリフを聞くのも、通算で四度目。

 ローウェンはげんなりとしながらディルゴの提案を聞いていた。全く同じ流れだ。ここでローウェンが何もしなければ、アルスは追放されパーティは全滅する。


「待って欲しい、みんな。その、それなら、アルスの能力を試すっていうのはどうだ?」


 ローウェンはそう提案する。前回のときはユリウスが提案していたものだ。今回も同じようにユリウスが提案してくれるか分からない以上、こちらから提案をしてしまった方がいい。


 そして、さらに内容を少し変える。


「今日のダンジョン探索が終わるまで、アルスなしで探索をしてみて、それでもし危険そうだったらアルスが優秀だったってことでさ……どうだろうか?」


 拙いながらも意図は伝わったはずだ。ダンジョン探索終了までであれば、少なくとも今回の探索でアルスが追い出されることはない。アルスの危機感知能力であれば、本当に危険になれば教えてくれるはずだ。そうなればパーティの全滅も回避でき、アルスの能力も正当に評価されるはず。


 ローウェンとしては前回アルスが追放されてから死ぬまでずっと考えていた渾身の作戦だ。


 当事者のアルスはローウェンの隣でぱちくりと目をしばたたかせているのが、若干の不安材料ではあるが。


「……はァ? ンで、そんなしち面倒くせェことしなくちゃいけねェんだ。さっさと追い出しちまえばいいだろうが」


 ……ダメか……!!


 ローウェンが焦りを募らせていると、ユリウスが指を鳴らす。


「いいな、それ。アルスにとっても納得できる形だろうしオレは賛成だ。ただし、ダンジョン探索終了までは長いな。今いる14階層と、次の15階層。この2つの階層だけで実力を測る。それでいいね?」


 ……期限は、延ばせないのか。


 ローウェンは内心で歯噛みした。

 リーダーであるユリウスに反論できる人間はこの場にはいない。彼が「黒だ」と言えば白いものでも白になってしまう。

 だから、ローウェンはそれに頷くしかない。


「アルスも、それでいいか?」


 ユリウスの問いにアルスが頷くのも同じ。

 ローウェンは焦りながらも、自分自身に「まだ大丈夫だ」と言い聞かせていた。作戦はこれでおしまいじゃない。作戦をプランBに移さねば。


 そんなことを独りで考えていると、ちょんちょんと袖を引かれる。

 見ればアルスがローウェンの袖を引いていた。


「あの、ありがとうございます……ローウェンさん、僕…………」


「気にしないでくれ、アルス。君が頑張っているのは俺もよく知っている。だから、その、難しいかもしないけど、その、頑張ろう」


 何とも微妙なアドバイスしかできない自分の口下手を呪うが、そんな言葉でもアルスは「はい!」と笑顔を浮かべてくれたのだった。



 プランB。

 強引にアルスの有能さを示すための、プラン。

 その方法はいたってシンプル。


「アルスがいない間、代わりに俺が斥候を務めようと思う」


 ローウェンの言葉にパーティのアルスを除いた全員が「はぁ?」という顔をした。アルスでさえ「えっ」という驚きの表情を浮かべていたのだから無理もない。


「あなたみたいに、図体の大きいガサツな人間に務まるのですか?」


 アイゼンの呆れたような言葉にローウェンは一瞬だけむっとする。だが、彼の言葉にも一理あることは事実で、ローウェンは用意していた理由をつらつらと述べた。


「いや、だからこそなんだよアイゼン。この中だと、俺が一番頑丈だ。だから仮にモンスターやトラップに攻撃を受けても、一番被害が少ないはず。だから、俺が一番前に出て、斥候役を務める」


 もはや斥候というよりは当たり屋に近いのだが、多少の攻撃であれば通りもしない自信があるローウェンからしてみれば、この言葉は全くの嘘というわけでもなかった。

 ただ、彼の意図はそこにはなかったのだが。


「……一理あるね。確かに、この中だと斥候にはローウェンが最適かもしれない。もちろん、オレがやってもいいけど、オレはこのパーティのリーダーだ。そんなオレが最前線に出張るというのもおかしな話だからね」


 流麗に口上を垂れるユリウスに「いや、自分の保身のためだろ」と言いたくなる気持ちをぐっとこらえる。ローウェンはタンク。こらえることには慣れている。タンクでなければこらえられなかったもしれないが、タンクなのでこらえられた。


「えっと、大丈夫、ですか? ローウェンさん……」


 心配そうなアルスに笑いかける。


「何、大丈夫だよ。アルスは心配しなくていい」


 その言葉はアルスからしてみれば「お前は不要」発言に聞こえなくもなかったが、ローウェンとしてはそんなつもりは毛頭なかった。

 もちろんパーティの全滅を回避したいという気持ちは強い。

 だが、それ以上に、この善良な少年があんなにも寂しそうな顔をするのを、そう何度も見たくはなかった。


 それからローウェンはパーティに先行して14階層を進み、15階層に降りた。

 ここまでは順調そのもの。前回と同じくモンスターにもトラップにも遭遇しなかった。

 恐らくは今回も15階層の終わりまで出会わないのだろう。

 だから、ここで一芝居打つ。


「少し先を見てくる」


 そう言うとローウェンはユリウスたちから視界を切る。

 そして数十秒後。

 ごっ、という鈍い音。


「ぐあああっ!?」


 ローウェンの悲鳴。


「ローウェンッ! 大丈夫か!?」


 ユリウスたちが慌ててローウェンの方へと駆け寄ってくる。

 そして岩場の陰で、兜を凹ませ頭から血を流しているローウェンが倒れているのを見つける。


「ちっ、ローウェン! テメェ、何にやられやがった!!」


 ディルゴが周囲を警戒しながら問うた。アイゼンもローウェンに治癒魔法をかけるための詠唱を始める。ユリウスもローウェンの様子を気遣いながら、ディルゴとともに周囲を見回す。腐ってもAランクパーティ。緊急時の対応は早い。


「……すまない。急に人型のモンスターに、殴られて……咄嗟に反撃したら、逃げて行った……」


 ずきずきと痛む頭を抑えながらローウェンは辛うじて言葉をひねり出す。


「……そうか。アイゼン、治療はどうだ?」


「……傷は深くないようです。恐らくあと十秒ほどで完治するかと。視覚などに異常はありませんね? 指先の痺れなどは」


「あ、ああ。大丈夫だ、すまない」


 ローウェンはどもりながらも答える。

 他の面々はそれを怪我による不調だと思い込んでいたが、事実は違う。吐き慣れない嘘をついているがゆえに生じた動揺だ。

 ローウェンがモンスターに襲われたというのは真っ赤な嘘だ。実際、ローウェンはモンスターなどには遭遇していないし、頭の傷も自分で壁に頭を打ち付けて作った。


 何故そんな狂言を演じていたかと言えば、その理由はただ一つ。


「……潜んでいる敵に、まったく気づかなかった。すまない、やはり俺に斥候は務まらないようだ」


 そう。アルスの有能さのアピールだ。

 自らには斥候が務まらず不意打ちを受けるという無様を晒すことで、アルスの能力を示す。自分を下げることで、アルスを上げる作戦。

 やや反則に近い行動だが、今後この階層で危機的状況になることがないと分かっている以上、嘘を混ぜてでもアルスがいなければいけないと示さなければならなかった。


 事実、ローウェンの言葉にユリウスを始めとしてアイゼンも唸るような声を上げた。

 ディルゴは特に何も考えていなさそうだが。


 ローウェンの傷が癒えたころ、ユリウスはぽんぽんとローウェンの肩を叩く。


「ローウェン。あまり気にするな。失敗は誰にでもある。切り替えて行こう」


 お前は何故その優しさと寛容さをアルスに向けられないんだ?

 目の前の男の人格が数秒間隔で切り替わっているのではないかと疑いたくなるユリウスの言葉に、ローウェンは暴れ出しそうになる。だが、ローウェンは屈強な精神で以てそれを抑えつけた。自分の頭を壁に打ち付けることができる屈強な精神の持ち主なので、それぐらいは造作も無かった。


「あ、ああ。ありがとう……」


 …………これで、アルスの必要性をアピールできた、だろうか。

 流石にこの手は何回も使えない。もちろん、機会があればアルスの必要性をアピールしたいが、あまりやり過ぎても疑われてしまう。


 それから15階層の探索を終える。


「……アルスの件だけど」


 ユリウスが切り出した。だが、その口ぶりは珍しく迷うような調子で、彼自身まだ結論を出しかねているのだと分かった。

 ディルゴは舌打ちを漏らす。


「ちっ、確かにローウェンが不意打ち食らっちまったしな……」


 アルスの斥候が功を奏し、これまでこのパーティが不意打ちを食らうということはほとんど無かった。だからこその異常事態として、パーティメンバーもアルスの必要性に関して必ずしも不要とまでは言い切れない状態だった。


「ですが、ただの一回だけです。これだけでアルスさんの必要性を肯定できるとは思えません」


 アイゼンの否定する言葉も一理ある。

 だが、ローウェンも負けじと反駁した。


「けど、ダンジョンは命がけだ。たった一回の失敗が、命取りになるかもしれない」


「もちろん、それについては認識しています。ただ、先ほどディルゴさんも言っていたように、足手まといを連れて回るリスクが、逆にその一回の失敗を招きやすくなってしまう可能性もあると言いたいのです」


 ああいえばこういうアイゼンに、口の回らないローウェンとしては唸るしかない。


 ローウェンは知らないことだったが、アイゼンは当初からアルスに対する心証が良くなかった。もちろん、アイゼンが好印象を抱いている相手はパーティ内ではユリウスだけだというのもあったが、特にどこの馬の骨とも知れない野良の冒険者風情が、自分と同じパーティに所属しているなど彼には我慢できなかったのだ。

アイゼンはユリウスの父の側付き、顧問魔術師として数年の間務めてきた。魔術学院を優秀な成績で卒業した彼は、いわばプライドの塊。そんな自分が、出世コースの屋敷を追い出され、あまつさえこんな汚れの仕事に就かねばならないなどと、許せるはずがなかった。

 だが、領主の命令を裏切るわけにもいかない。ユリウスが名を上げた暁には必ず傍付きに戻すという約束の元に、ユリウスに付き従っていた。


「なら、こうしよう。もう何階層か、アルスの実力を見る。今度は、アルスに積極的に動いてもらって、どういった働きをしたかをオレたちに見せてもらおう」


 ユリウスの提案にアイゼンは「それがいいですね」といの一番に賛同する。太鼓持ち然としたアイゼンの態度にローウェンは鼻白んでいたが、ディルゴも面白くなかったらしく「ちっ」と大きな舌打ちを漏らしてそっぽを向いた。


「えっと、僕は、まだこのパーティにいていいんでしょうか……」


 遠慮がちなアルスの問いかけに、ユリウスは「ちっちっち」と顔の前で指を振った。何だその仕草、うざったいな。


「勘違いしないで欲しい。まだ君の実力を見ている最中だ。もし力不足と分かれば、すぐにでもパーティから抜けてもらうよ」


 ユリウスの厳しい言葉にもアルスは健気に「頑張ります!」と返した。

 そのやりとりを見て、ローウェンはどうやってアルスを立てようかと、うんうん考え続けるのであった。


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