追放に待った!
「今ならまだ遅くない」って言いたかっただけです。
全部で4話構成で、2020/11/28中に全て上げます。15時、17時、19時更新。
ちょっと長めだったので分けましたが、短編です。
どうして。
そう呟こうとしたけれど、口が痺れて動かない。
ローウェン・ラストは、腹部の致命傷を何とか手で圧迫しながら、それでも目の前に屹立する一人の少年を見上げていた。
目の前に立つ、仲間の少年。否、かつて仲間であったはずのその少年は、冷めた目でこちらを見下していた。彼の後ろには白銀色のドラゴンが彼を気遣うように鎮座している。口の端からはちろちろと舐めるような炎が零れている。
「皆さんが、悪いんですよ……皆さんが、僕を――――」
追放したから。
彼の言葉は、寂しそうで、苦しそうで。自分に言い聞かせるような、震えた声だった。
大丈夫だと、声をかけようと、腕を伸ばそうとした。
けれども、こちらから差し伸べようとした手はだらりと地面の上に斃れて動かない。視界は狭まり、感覚が消えていく。
どうして。
ローウェンは、もう一度、目の前の少年に問おうとして、その生命を閉じた。
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ローウェン・ラストは、Aランクパーティ『英雄の詩』の一員だ。190を超える身長に、骨太な骨格。体格に恵まれた彼は分厚い鉄鎧を身にまとい、パーティ内ではタンクの役割を務めていた。
「おい、ローウェン。テメェ、相変わらず辛気くせぇ顔してんな! たっぱはあんだから、もっとしゃきっとしやがれ!」
そうやってローウェンの背中をバンバンと叩く獣人の男。ディルゴ・ボルニクス。巨大な剣を楽々と背中に担ぎ、口の端からギラギラと光る犬歯を覗かせている。
口を開くたびに狼人族特有の牙が攻撃的にちらちらと見え、ローウェンは彼と話すときには未だに緊張していた。彼の見た目が攻撃的で獣的というのもあったが、同時に彼自身の性格が苛烈であるというのも、気の弱いローウェンにとっては恐怖の理由であった。
「ディルゴさん、うるさいですよ……」
「あァ!? アイゼン、テメェ、喧嘩売ってんのか?」
はぁ、とため息をつく神経質そうなメガネの男。魔術師のアイゼン・フォルネル。常に何かにイライラしているのか、不機嫌そうに見える。ディルゴとは相性が悪く、こうしてよくいがみ合っている姿を見かける。
この言い合いも幾度となく繰り返されてきたものだ。だが、いま目の前で繰り広げられているやりとりは、デジャビュでは片づけられないほどの既視感をローウェンにもたらしていた。
「やめないか、君たち。ダンジョンの中であまり大声で言い争うものではないよ」
二人の言い争いを諫めたのは、パーティのリーダー。ユリウス・ティル・コルネウス。コルネウス領を治める領主の次男で、冒険者として身を立てるべく出奔した青年だ。
ローウェンから見れば、雇い主の息子になる。ユリウスの父親の護衛騎士として雇われていたローウェンは、ある日突然「ユリウスが冒険者になるから護衛として付いて行って欲しい」と言われ、館を追い出された。
ローウェンからすれば寝耳に水の出来事であったのだが、雇い主の意向に逆らうわけにもいかずこの半年ほどユリウスに従う形で彼のパーティに所属していた。
アイゼンもローウェンと同じくユリウスの父親に雇われていた傍付きの魔術師で、ディルゴもユリウスの父親の伝手で雇ったメンバーだ。
要するに、このパーティは基本的にはユリウスとその縁故にある親衛隊で構成されている。
一人の例外を除いては。
「……す、すみませんっ、遅くなりました! このあたりには危険なものは無かったと思います」
「遅ェぞ、アルス! テメェ、それしか能がねぇのにたらたらしてんじゃねぇよ!」
「すみません、すみません!」
斥候から戻って来て早々、アルス・レイジオは謝罪を重ねていた。彼の肩では小さな灰白色のとかげがぴぃぴぃとか弱く鳴いている。
アルス・レイジオは職としてはテイマー。つまりは使い魔を使役する職だ。彼の肩に乗っている蜥蜴は彼の使い魔で、彼の仕事の手助けをしている。
アルスだけはこのパーティでは異色で、ユリウスと何の縁もゆかりもない。たまたま冒険者ギルドで見繕い、仲間に引き入れただけのメンバーだ。よく言えば生え抜き、悪く言えば適当に拾っただけの仲間だった。
そんなアルスの役割は斥候および雑用全般。斥候と言ってもそんなに格好いいものではなく、パーティメンバーに先行してトラップやモンスターの存在を探りつつ、道案内をするというだけのもの。
彼はローウェンの目から見ても一見は有能そうには見えず、いつもおどおどとして自信なさげな様子で視線を彷徨わせている。
「……本当に使えませんね、アルスさんは」
アイゼンも、何度目になるか分からないため息をついてアルスに目も合わせない。肩を落とすアルスに、ユリウスが畳みかける。
「オレたちも、こんなことは言いたくないんだ。でも、アルスはもう少し努力をした方がいい。オレたちはここまでとんとん拍子に活躍を重ねてAランクパーティになれた。けど、Sランクパーティになれずに長い間停滞している」
ユリウスの言葉は嘘ではない。
事実、ローウェンの所属するパーティ『英雄の詩』は快進撃を遂げ、順調にAランクパーティに上り詰めていた。しかし、Sランクパーティまでの道のりは険しく、停滞を続けていたのだ。
身を立てねばならないユリウスとしては、忸怩たる思いであった。もちろん、その責をアルス一人に背負わせるのは理不尽この上ないのだが。
「ぼ、僕が悪い、んですかね……」
「ですかね、じゃねェ。テメェが足手まといだって言ってんだよ」
ディルゴが核心に迫った。
どくん、とローウェンの心臓が高鳴る。
ディルゴのその言葉を聞いたのは今日が初めてではない。否、正確に言えば、今日聞くのは初めてだが、今日聞くことそれ自体は初めてではない。
…………やっぱり、夢じゃない、んだよな。
ローウェンはばくばくと脈打つ心臓を必死に抑えながら目の前の光景を見ていた。
目の前の光景。ディルゴが全く同じ言葉をアルスに吐いた記憶が、ローウェンには既にあった。しかも、別の場所、別の時間でという話ではなく、同じ場所、同じ時間で見たのだ。
この光景を見るのは通算で三度目。
ローウェンはようやく確信する。
――――この世界は、繰り返されている。
「足でまといはパーティに不要だ。言いてェこと、分かるよな?」
そして、ディルゴこの言葉のあと、アルスはこのパーティを追放される。
それだけであれば、別に良かったのだ。ローウェンとしてはアルスを可哀想だなと思う一方で、こんなパーティでいびられるよりはさっさと出て行った方がいいだろうと思う気持ちもあったからだ。
だが、アルスの離脱は、パーティの全滅を招く。
実はアルスは見た目に関わらず斥候として相当に優秀で、多くのトラップやモンスター、危険の類を回避していたのだ。アルスを追放したあとのパーティ『英雄の詩』は、調子に乗ってダンジョンの深層に潜り、高レベルモンスターに奇襲されて全滅する。
それが一回目の記憶。
死んだはずのローウェンは、気付けばダンジョンの中で目を覚ましていた。
そして、驚くべきことに仲間たちは死んでおらず、自分を冷たい目で見降ろしていたはずのアルスの姿もあった。彼の目は相変わらず自信なくあちこちを彷徨っていて、とてもあんな冷たい目をする人間には見えない。
きっと、悪い夢でも見たのだろうと思った。
二回目の記憶はこうだ。
ローウェンは自分が見た夢を、繰り返された過去だとは認識できなかった。
だが、妙に鮮明に映るデジャビュに、ローウェンは嫌な予感を感じていた。全く同じような展開でアルスが離脱した後、ローウェンは嫌な予感がするからと言って彼らに深層に潜るのをやめるように忠告した。
だが彼の提案は一蹴された。
パーティで弱い立場なのはアルスだけではない。ローウェンもまた、その気弱な性格と身分からパーティ内での発言力はほとんどなかったのだ。
渋々彼らに付いて行くと案の定全滅。
そして、死に際に、ドラゴンを連れたアルスが冷たい目でこちらを見下ろすのも同じ。口から、「どうして」という疑問が零れた。
流石のローウェンも三度目となれば理解していた。この世界は繰り返されている。そして、アルスのパーティ追放を回避せねば、ダンジョンで全滅しかねないということを。
「そう、ですよね……」
アルスは呟いて俯くと、自分の荷物をまとめようとする。ユリウスとアイゼンもそれを見届けている様子から、彼を引き留めるつもりはないのだろう。
それを見たローウェンは、慌てて声を上げた。
「ま、待って、待ってくれ」
「どうしたんだ、ローウェン」
ユリウスのやたらと真っすぐな視線がこちらに突き刺さる。口調は優しいが、これはどちらかと言えば怒っているときの声質だ。恐らく、ローウェンが流れを切ったことを咎めているのだろう。
ローウェンは必死に考えた。何とかしてアルスの離脱を引き留めねばならない。
だが、追放に賛成の他三人を説得するのは骨が折れる。そうそう彼らを説得できる材料を見つけることもできない。
「こ、ここで追放することもないんじゃないか? ここはダンジョンの中だ。一旦引き返してからでも遅くないんじゃ……」
「はぁ……足でまといはさっさと切った方が、我々の安全も上がるじゃないですか」
アイゼンはそんなことも分からんのかと、バカを見る目でローウェンにため息を吐く。
「バカはお前だ。こんなダンジョンの中ではなく、安全な場所で解散すればいいだろうが」と、ローウェンは叫びそうになったのをぐっとこらえた。
事実、彼らを見捨ててローウェンはアルスとともにパーティを抜けるという手段も無くはなかった。だが、いくら彼らが救いようのないバカだとしても、半年間は冒険を共にしてきた仲間だ。見捨てるには忍びない。いくら救いようのないバカでも、だ。
彼らを見捨てる立場にあるのだと思うことで、少しだけ落ち着きを取り戻す。
「……少なくとも、今俺たちのパーティに他に斥候がいない。それにアルスが持ってる大量の荷物も、俺やディルゴが分けて持つのは戦闘に支障が出る。だから、地上に戻るまでは……」
「…………ちっ。確かに、荷物が増えて動きづれェのは困るな。おい、引き続き荷物しっかり持ってろよ。もし足を引っ張ったりしやがったら、即追い出すからな」
ディルゴはそう言うとアルスを突き飛ばした。この男、直情的であまり頭を使っていないので、すぐに自分の意見をころころと変える。それが扱いやすいときもあるが、大抵はろくでもない感情論で暴れ始めるので、手に負えないことの方が多い。
ユリウスはローウェンの提案に何かを考える素振りを見せて考え込んでいる。アイゼンに至っては既に興味を失っていた。
「……大丈夫か」
尻餅をついたアルスに手を差し伸べる。
「あ、ありがとうございます……ローウェンさん……」
「いや……俺は、別に」
遠慮がちにローウェンの手を取ったアルスをそのまま引き上げる。
何気なく握ったアルスの手は思っていたよりも小さかった。アルスの身長はローウェンの胸元あたりまでしかない。低い身長も、華奢な体躯も、冒険者をとしては不利なことが多い。
よくこんなに小さな体で頑張っているものだ、と恵まれた体格のローウェンは感心していた。アルスは他のパーティメンバーからは足手まといの無能のように扱われているが、ローウェンは決して彼らの評が妥当だとは思っていない。もちろん、戦闘能力として劣る部分は確かにあるが、冒険はそれだけでは成り立たない。随所への気配りや斥候能力の高さなどは目を見張るものがあると、ローウェンだけは気付いていた。
だが、他の三人はそんなことにも気づかずにアルスを追放しようとしている。
ずっと考え込むようにしていたユリウスが「ああ」とさも妙案を思いついたかのように声を上げた。
ローウェンはどうせろくでもない思い付きなのだろうとげんなりしていたが、ユリウスの提案はその予想を裏切らないものだった。
「ここの階層と、一つ下の階層。アルスの力無しで我々だけで探索を進めてみよう」
「……はい?」
ローウェンは何を言われたのか分からず、ぽかんと口を開けた。
「何、アルスが本当に我々に必要かどうかを試すためだよ。もしアルスの力無しでもやっていけることが分かれば、彼をパーティに置いておく理由はない」
…………見捨てるのも忍びないと思っていたが、そんなことも無いかもしれない。
1回目、2回目のときにはなかった展開にローウェンは少しだけ動揺していた。アルスを試すというユリウスの提案。確かにここでアルスの必要性を示せれば、追放などという馬鹿げた真似は止められるかもしれない。
だから、ローウェンは頷く。
「アルスも、それでいいかい?」
ユリウスが問いかけているもののアルスに選択肢などない。
「は、はい。頑張ります……!」
こくこく、と必死に頷くアルスを見てローウェンは内心で彼の有能さが示されることを祈っていた。
しかし、祈りは通じなかった。
先ほどローウェンたちが休憩をしていた14階層。そして15階層も探索を終え、今眼前には16階層へと降りる階段がある。
ここまで来るまでの道のりで、アルスは一切の斥候としての役割を果たさない縛りを与えられていた。ローウェンの後ろに隠れる形でずっと付いてくるような状態だ。
そして、幸か不幸か、いや、壮絶に不幸な話として、ここに来るまでの間に一度もトラップにもモンスターにも遭遇しなかった。
いや、決して浅くはないダンジョンの階層2つ縦断して、一度もトラップにもモンスターにも遭遇しないなんて、そんな奇跡があるか?
ローウェンは冷や汗をだらだらと流しながら、まずいことになったと慌てていた。
「ちっ、やっぱり大したことねェな、ダンジョンも。この足手まとい、要らねェんじゃねぇかァ?」
「今回ばかりは、脳筋バカのあなたと意見が合いますね」
ディルゴもアイゼンも、案の定「アルスなんて要らない」という思いを固めてしまっている。なまじっかユリウスが譲歩(したような形ではあった)結果がこれなのだから、ローウェンとしてもあまり強く言い返せない。
「……決まりだな。アルス、パーティを抜けてくれ」
ユリウスの言葉にローウェンもかろうじて食い下がる。何でこいつらはこう半年間苦楽を共にした仲間を一瞬で追放したがるんだ。
「なあ、ひとまず地上に戻ってからでも遅くないんじゃないか? 何もこんなダンジョンのど真ん中で別れなくても…………」
「アホか、テメェは。足手まといなんざ連れてたらそれこそ危ねェだろうが。さっさと切り捨てちまうのが、賢い選択、っつうやつだろ」
アホはお前だ。
そんな言葉が喉の奥まで出かかってきたのを強引に抑えつけた。ディルゴも悪いやつではない。悪いやつではないのだ。致命的にバカなだけで…………
ローウェンの苦悩など素知らぬ様子で、アルスは「……分かりました」と荷物をまとめ始める。彼の肩に乗っている蜥蜴――――クィルが、ぴぃと寂しそうに鳴いた。
いや、お前もあっさりと諦めないでくれ。潔さは美徳かもしれないが、それを発揮するのは今じゃない。
「ありがとうございました。皆さん。荷物、ローウェンさんに任せてしまって申し訳ないんですけど、お願いします……」
ローウェンは何かを言おうとして、それでも言葉が出てこないままアルスから荷物を受け取った。荷物の運搬はローウェンとアルスの仕事。二人で分けていた荷物が今ずっしりとした重量を以て、ローウェンの両肩にかかる。
「……ありがとう、ございました」
アルスはもう一度だけ礼を言うと、とぼとぼと去っていく。
引き留めようとして何と引き留めていいか分からずに立ちすくんでいる間に、ローウェンの視界からアルスが消える。
「さ、足手まといもいなくなったところで、先に進もう。今日は最高階層を更新しようと思う。みんな、力を貸してくれ」
無駄にきらきらとした笑顔を浮かべるユリウスに、ディルゴもアイゼンも追従する。
ただローウェン一人だけが、ずっとアルスの消えていった方を見つめていた。
その半日後、全滅を回避しようとするローウェンの努力も虚しく、パーティは全滅した。
火の海の中、アルスの悲しい目だけがこちらを見下ろしていた。
一回こういう長いタイトルの作品書いてみたかった。