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第9話

そして再び彼の前に姿を現した時には長方形の大きなトレーを手に掲げていた。

 その頃になると蒼穹自身も悪夢とパンチラの二面攻撃から立ち治り、落着きを取り戻していた。

 胡坐を掻く蒼穹の前にトレーが置かれた。

「どうぞ」

「あ、ありがとう……いただきます」

 食事の挨拶をした瞬間、ユーグレナは驚いたような顔をした。

 それが気になって蒼穹は尋ねた。

「どうしたの? なにか不作法でもあった?」

「いいえ、異界の方でも頂きますと仰る事に驚いただけです」

「ああ……そうなんだ」

 蒼穹は新ためて差し出された朝食に目をやった。

 トレーの上には山盛りの海藻、そして丸く平らなパンの様な物が乗ってあった。パンの横には半透明のゼリーをすり潰したペーストが少量乗せられている。

「どうやって食べるんだ?」

「触手で千切って口の中に入れて下さい。体内で吸収されるはずです」

 湯呑に水差しの水を注ぎながらユーグレナが答える。

 蒼穹は言われた通りパンを一口大に千切るとペーストを擦り付け口の中に放り込んだ。

 思っていたよりもちゃんとしたパンだ。ペーストも独特だが肉の味がする。

「どうです。お味の方は?」

「悪くないよ。味覚は君たちと変わらないみたいだ」

 蒼穹は舌の上で味を確かめながら答えた。これなら生きていくのに当分、不自由は無い。

「この丸いパンは何から作ってあるの?」

「クラゲイモから取れるデンプンです」

「このペーストは?」

「ジイバのすり身です」

「ジイバって?」

「食用のスライムです」

「ふ~ん。食用の家畜も居るんだ。ところで君らは何ていうスライムなの?」

「私達、知的種族はブロームと呼ばれます」

「ブロームってのはワイズマーの他に何が居るの?」

「ノームと呼ばれる労働階級が居ります。昨日のベクターの車夫や王宮やここの使用人もそれに当たります」

「じゃあ、スライムってのが哺乳類でブロームが人間って位の意味か? さしずめジイバは牛か豚で、ヴィーマは何だろう? 貝? イカ? タコ? 軟体動物? 害獣? 捕食者? 猛獣? 天敵? 別種のスライム?」

「何をさっきから仰ってるのです?」

「いいや、独り言……。ところで宰相閣下は?」

「執務中です。今はお屋敷内に居られますがお忙しい方なので今日一日はお会いになれません」

「そうなんだ。いろいろ聞きたい事があったのに……」

「お相手なら私が大概の事を承りますが?」

「お願いします」

「お気になさらずに。仕事ですから……」

 しかしその口調はやはり冷たい。それはプロテウスとは違う冷たさだ。

 蒼穹は話題を変える。

「ところでさ、さっきから何でじっと俺の顔を見てるの?」

「不思議だと思って?」

「何か?」

「口の入り口で何を動かしているのかなと……」

「咀嚼してるんだ?」

「咀嚼?」

「人間は口の中に入れた食物を歯で細かく噛み砕いてから胃の中に送り込む」

「歯? 胃?」

 ユーグレナが不思議そうな顔をする。何も知らない彼女にはそこから人体の構造を説明しなければならないのだ。仕方なく水で口の中を濯いだ後、ユーグレナの前で口を開いた。

「キャア!」

 蒼穹の歯を見た途端、ユーグレナが短い悲鳴を上げた。

「それが歯というものですか?」

「そうだよ。脅かしちゃった?」

「変ですね。正直、見ていて怖い気がします」

「変? そうかな? 向こうの世界では動物のほとんどが歯を持ってるんだけど……」

「でも私には不気味に思えます」

「じゃあ、君たちスライム……いいやブロームは食った物どうするの?」

「口に入れたものはそのまま飲み込んで体内で消化、分解します」

「飲み込めない位に大きかったら?」

「外で細かく砕きます」

「噛むって行為が丸ごと無いのか……」

「でもこの様子では大丈夫の様ですね」

「大丈夫って?」

 蒼穹が食べながら聞き返す。すると彼女は不穏な言葉を吐いた。

「この食材があなたにとって毒物ではなかったという意味です」

 その一言で蒼穹の口の動きが止まる。同時に表情が強張った。

「ちょっと待てよ。毒を入れたのか?」

「まさか。ここにある料理は私達ならば誰もが口に出来る食材から作られた物です。飽くまであなたにとってどうかという問題です」

「スライムにとっては安全でも俺の体質には合わないかもって事か?」

「私達が食べられるというのは過去に先祖達が食べてきたという経験の蓄積があっての事です。ですがこの世界に突然、現れたあなたにはそれがありません。どれが体に合うか合わないかが判らないのです。プロテウス様はそう仰ってました。ですが……」

「朝飯は食べる事が出来た……」

「取り合えず第一関門は通過という事です。この食材はここでは一般的なものですから」

「そしてこれからも食べずには居られない。食べなければ生きていく事が出来ないから」

「ご自身で切り開いていくしかないという事ですね」

「だったら……」

 そう言うと蒼穹は残ったパンに海藻を挟んで口の中に押し込んだ。そして強引に飲み込んだ後、こう答えた。

「毒を食うなら皿まで。食って食って食いまくってやる!」

 それは蒼穹にとって密かな宣言でもあった。

 元の世界に帰れるその日まで自分はこの世界で生き抜いてみせる。

 だがそんな蒼穹の気概を前にユーグレナが不思議そうな顔をした。

「あなたの世界ではお皿まで食されるのですか?」

「え?」

「そんな事をすれば流石にお腹を壊しますよ」

 ユーグレナの生真面目な応答に蒼穹は苦笑した。

「それは物の例えって奴ですよ、ユーグレナさん……」

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