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第8話

 ベクターは何事もなく王都ミネア・トラウンの市街地を進んでいった。

 町は王宮を中心に放射線状に完璧に区画され、道も建物も美しい黒い石を積み重ねて築かれていた。その光景は町というより城塞の様にも思えた。

 だが王都と呼ばれている割には寂れている様に感じた。時折、人の形をしたスライムが往来するだけだ。

「案外、人通りが少ないんだな」

「ここはワイズマーの居住区だ。個々の住居が大きいわりに人口密度は小さい」

「ワイズマーって?」

「支配階級の事だ。私の様に名前の頭に『ブ』の付く連中がこの辺りに住んでいる」

「王侯貴族の山の手って所か……道理で皆、あくせくしてない訳だ」

 スライム達にも社会があり国があり法があり秩序があり階級がある。間違いなくそれは彼等が知的生命体の証だった。だがこんなドロドロの体の中のどこに考える場所があるのだろう? 蒼穹にはそれが不思議でならなかった。

 暫くして蒼穹達を乗せたベクターは宰相家の屋敷に入った。王宮からは本当に近い。ベクターに乗って僅か10分ほどで到着だ。

「ベクターって馬車と言うより人力車だな……」

 ベクターから降りながら今更ながらそんな事を思う。

 蒼穹は覆面をしたまま屋敷に通らされた。そして客間の一室に閉じ込められる。

「暫くそこに居ろ。こちらの準備が済み次第、ここの案内をする」

 蒼穹は客間の中を一人きりで見渡した。石壁には風景画が織り込まれた大きなタペストリーが何枚も飾られていた。タペストリーはどれも手が込んでおり見る物を飽きさせない。

 そんな中、蒼穹は強い眠気に誘われる。

 無理もなかった。ここに来てまだ数時間、その間に彼は連続して強いストレスに晒されてきたのだ。それに本来の体内時計ではとっくに深夜を回っていた。

 緊張が解けた瞬間、疲れが出て眠くならない方がおかしい。

 だがこうして菅生蒼穹の異世界での最初の一日は終わった。ただ逃げ回って引き回されて晒し者にされた挙句の目の前がグルグル回るだけの一日だった。

 いつ死んでもおかしくない。ここまで生きていられたのが正直、奇跡と言って良かった。

「なのに気が触れていないのは多分、プロテウスのお陰だな……」

 異世界で初めて出会った存在が信頼足りうる精神と能力の持ち主だった。

 そして友になろうと言ってくれた。

 それこそ神による奇跡の采配と言って良かった。

 しかしその神たる者の存在が何の意図で蒼穹をこの世界に送り込んだか、その真意は依然、闇の中だった。


 蒼穹は悪夢によって目覚めた。

「うわっ!」

 悲鳴を上げながら眠っていた上半身を起こす。

 悪夢は殻付きの怪物に襲われる夢だった。

 あの触手に捕えられた後、耳の穴に管を刺され脳みそを吸い取られていく。

 だが夢は起き上がった瞬間、そこで終わった。

 目が覚めて最初に目に映ったのは部屋に飾られた昨日と同じタペストリーだった。

 そして自分の真横で少女の声が聞こえる。

「大丈夫ですか、スガイソラ?」

 傍にいたユーグレナが悪夢に慄く蒼穹の体を支えた。

「ああ、ユーグレナさん……」

 顔面蒼白の蒼穹が恐怖に震えながら彼女のオレンジ色の手を握った。

「悪い夢でも見られたのですか?」

「うん……。殻付きに襲われる夢だ……」

「それはお気の毒に」

 ユーグレナは同情してくれた。

 しかしこんな夢をこれからも度々見ると思うと気が滅入る。

「このまま横になってください。少し落ち着きましょう」

 ユーグレナは蒼穹を再び敷物の上で寝かせた。

 蒼穹は言われるがまま体を横にすると自然の視点が下がる。

 だが視点が床と同じ位置にまで下がった瞬間、あるものが飛び込んできた。

 それはオレンジ色の二本の太ももに窮屈そうに挟まれた白い三角形の布切れだった。 

「うわっ!」

 それがミニスカートの下から覗く生々しい女の子の下着だと気づいた瞬間、蒼穹は寝ていた体を再び起こした。

「今度はなんです?」

 蒼穹の忙しい反応にユーグレナが眉をひそめて聞き返す。

 彼女は感情を押し殺した様に無味無臭を装っていたが、表情は緊張で強張っていた。彼女にしてみれば未知の生命体の側付きというよりも化け物の生贄にでもされた様な気分だ。

 なのにいちいち何かに驚かれていては彼女の方も身が持たない。

 一方で蒼穹の方は目のやり場に困っていた。

 ユーグレナは依然、胡坐を掻いたままこちらに体を向けていた。

 この世界では王様の前だけではなく貴賤、老若男女問わず胡坐が敷物の上での正式な座り方らしい。

「でも女の子がミニスカートでそんな座り方をしたら……」

 当然、股座の向こうの下着までもが丸見えになる。

 しかし彼女はそんな事を気にする素振りは全く見せない。

 おそらく下着を見られる事に羞恥心が無いのだ。

「これが文化の違いってやつか……」

 戸惑うような嬉しい様な、しかし明らかに見ているこちらが恥ずかしい。

「ユーグレナさん……今、何時?」

 照れ隠しのつもりで蒼穹が聞いた。

「もう朝です。それと私の事はユーグレナと呼び捨てて戴いて結構です」

 ユーグレナが冷然と答える。

「ああ、そう……。じゃあ、起こしに来てくれたんだね」

「ではどうなさいます? 朝の沐浴をされますか? それとも朝食になさいますか?」

 ユーグレナが蒼穹に堂々とパンツを見せたまま聞いて来た。

「ええっと……。どっちが良いんだろう?」

「良いとは?」

「どっちがこの世界の習慣では先なんだろうかなって……」

「普通ならお食事ですが」

 蒼穹が迷っている意味をユーグレナが理解した。

「じゃあ、朝食で……」

「畏まりました」

 ユーグレナは立ち上がると客間を出て行った。

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