第7話
皆が一斉に異議を唱えた側を注視する。それは宰相本人だった。
キロドネアは不満そうに口を閉ざす。
本来ならば意見の途中で口を挟む非礼を追及すべきだが相手が宰相では分が悪い。
「陛下! 残念ながらブ・キロドネア殿の案には多くの問題があります」
「問題とは何じゃ?」
王様が今度は風見鶏の様に若き宰相の方に耳を傾ける。宰相は毅然と答える。
「まず管理下に置くというのは単に幽閉という言葉を置き換えただけの事。しかも彼が偽りならまだしも本当に神の使いとしたらどうなる事でしょう? 誠に恐れ多く、自らの使者を蔑ろにされた事に神祖リーカはお怒りになり、ヴィーマに滅ぼされる前に我が国に神罰が下る事、必至でありましょう! 王都から遠く離れた訳も判らぬ場所で謀反人の様な扱いで取り調べるのも言語道断!」
「宰相殿! 恐れながら妄言はお控えください! その様な言葉で陛下の御気持ちを煩わせなど臣下の道として如何なものか!」
「決して妄言ではない! これは事実だ。彼が神の使いならば、我々は最初の選択の段階で彼への対処を間違ってはならぬのだ! 更に妄言とは慈しむべき民の心を信じず、安易に人心が乱れるなどと宣わった貴殿の言葉だ!」
キロドネアの意見をプロテウスが声を張って突っぱねた。それは少年とは思えぬす凄まじい気迫だ。そんな宰相に押されながら王様は厚く積まれた敷物の上で問い質す。
「では宰相ならどうすれば良いと?……」
「定石に従い、我が宰相家の管理下に置くのが上策かと」
「ですが宰相閣下、それでは私めの危惧にはどうお答えなさるつもりか? 事が漏れれば人心など神の御心とは比べようもないほど脆いものですぞ!」
御側衆は執拗に突っかかる。それを宰相が国王の方だけに顔を向けて答える。
「我が宰相家は王国成立時より一貫して王家に付き従い、今まで召喚された聖遺物を厳重に保管して参りました。その実績を顧みれば主席殿が仰る危惧など万に一つも起きぬ事、明白に御座います。私には天命に替えましてもこのスガイソラと王国の両方を守る覚悟と知恵が御座います。一方でスガイソラを幽閉するにしてもその実作業については何一つ決まって居りません。何時から、何処で、誰が、どんな施設と組織と人員と体制で執り行うのか。それらの具体的な計画案を御側衆殿はお持ちなのでしょうか?」
「それは……」
宰相の問いかけに御側衆は答えに窮する。しかし宰相は更に意地悪く言う。
「更にその計画が決定したとしてその間のスガイソラの保護はどうなさるつもりか?」
御側衆は黙り込む。その流れに乗って宰相は再び国王陛下の前で語った。
「陛下に申し上げます。確かにここに居るスガイソラは今の時点では海の者とも山の者とも判りません。ですが私は短い間では御座いますがこの者と接して、その為人に触れてみました。その所、彼は素直で話が通じる決してやましい存在ではありませんでした」
「では宰相に任せて問題は無いのだな?」
「この宰相、その名をもって御誓い致します」
そう最後に答えて宰相は深々と頭を下げた。
「さて他の者の意見は無いかな?」
国王陛下が座の全員に意見を求める。他の大臣は誰も何も言わない。明らかにこの問題を避けている様だった。そして最後に王様は皆に挙手を求めた。
賛成多数で宰相閣下の案が可決された。
この決定でひとまず命が救われた事となる。
その事実を前に蒼穹はゆっくりと胸を撫で下ろした。
謁見が終わり王様が退場する。その中で不意に蒼穹の目と王様の目があった。
「ひいいいいいいいい!」
その瞬間、王様は悲鳴を上げた。
その声を聞いた途端、王様本人より蒼穹自身が困惑する。
ここの王様は本当に気弱だ。肝が小さい。あの悲鳴は自分を化け物か何かだと思って恐れている証拠だ。だがそれはお相子だ。自分だってこのスライムという存在を今も正体不明の何かとしか思えない。だがそれよりも気になったのはあの王様が自分で物事を決められない事だ。優柔不断、先ほどの謁見の最後に皆に多数決で採決をしている事が何よりの証拠だ。その気弱さがこれから何か悪い事の引き金になるのではないか?
そんな不安に駆られた。
謁見が済むと蒼穹はプロテウスに連れられて部屋に戻った。
その際、蒼穹は留守番をしていたユーグレナから一枚の布の袋を渡された。袋は大きめで穴が二つ開いていた。
「それを頭からお被りください。あなたのお姿はここでは刺激が強すぎますから」
蒼穹は袋を頭から被り二つの穴から外を覗いた。被り心地に不快感はなかった。案外息苦しくないし蒸れることもない。外の様子も充分に見渡せる。
「不自由をして自由を得るという事だ。少なくとも私の屋敷の中以外はその覆面を忘れぬようにせよ。貴様も周囲で無用な混乱は望まぬだろう?」
プロテウスから念を押されると蒼穹は不承不承ながら覆面を被り直した。
三人を乗せたベクターが王宮を出るなりプロテウスは言った。
「これから私の屋敷に向かう。王宮からそれほど遠くもない。貴様には当分、そこに住んでもらう。まあ、屋敷の中でなら不自由はさせない。気軽にしていてくれればいいさ」
「その事なら信頼してるよ。謁見の時、俺を守ってくれたんだから」
「言ったはずだ。悪いようにはしないとな」
プロテウスの言葉に蒼穹は安堵する。この異世界で信頼に足りうる存在が居てくれる事は何に替えても頼もしい。
「それに合わせてだが……」
プロテウスが言い改めると今度はユーグレナの方に顔を向けた。
「ユーグレナ、貴様をこのスガイソラの側付にさせる。スガイソラももそのつもりで」
「プロテウス様!」
宰相の決定にユーグレナが思わず声を上げた。よほど上司からの決定が寝耳に水の事だったらしい。
「不服か?」
宰相は問い質す。
「いいえ。ユーグレナ、スガイソラ様の御側付の件、謹んで拝命いたします」
「スガイソラもそれで良いな? まだ若いが剣の腕も立つし優秀な奴だ。困った時は気軽に何でも頼れ」
「ええっと……ああ、うん。判ったよ」
蒼穹も戸惑いを覚える。美少女の御側付なんて経験がなかった。だが誰かが傍に居てくれる事には心強さを感じる。
一方でユーグレナの気持ちを思うと複雑になる。声の上げ方からして彼女の方がよほど困惑しているのではないか?
「そりゃそうだろうな。突然、女の子が見ず知らずの、それも異世界の訳の判らない奴の世話をしろ。なんて言われたら困るのも当たり前だ……」
蒼穹は同情しつつ覆面の中からユーグレナの顔を眺めた。そこには相も変わらずゼリーを冷やし固めて作った様なオレンジ色の美しい面差しが見えた。
「舐めたら甘いのかな?」
蒼穹は愚にもつかない事を思いつく。
その傍で少女の方は相変わらず意識的に蒼穹から目を逸らしていた。