最終話
「何だよ……まだ何か文句あんのか?」
「アンタ、さっきから俺を犯罪者扱いだが、こちらが本当に不正アクセスだって証拠はあるのか? 調べたのかよ?」
知らぬ間に蒼穹も喧嘩腰だ。それに大久保は面倒臭そうに答える。
「調べるまでも無ぇよ。だいたい誰も居ないはずの戦艦に人が居る訳無ぇんだ」
「じゃあ、調べてみろよ。俺がどこから通信をしてるかを」
「あぁ? 犯罪者が何、人に指図してるんだぁ?」
「何故だ。何故、調べようとしないんだ? 俺たちが不正なアクセスをしているってのなら戦艦以外からの通信経路が出ているはずだ。それを警察なり宇宙軍なりに報告したらどうだ? 御社の利益を損ねているんだぞ? そして俺を逮捕させればいいじゃないか? こっちは逃げも隠れもしないぞ」
「馬鹿言うな。お前ぇはそれで良くてもこっちは暇じゃ無ぇんだ」
「じゃあ言い方を変える。そもそも、通信を最初に送ってきたのは御社じゃないのか?」
「だから何だってんだ?」
「こっちがわざわざアンタの通信が入って来るまで待ってたって言うのか?」
「実際、そうだろ? うちの下仁田丸に不正アクセスをしてこちらの反応を待ち構えていた、そんな所だろ。この暇人め」
「そうじゃない。宇宙軍からは航行不能になったリーカは無人だと報告が入っている。確かにアンタはそう言った。なのにアンタは対人用の緊急通信を入れて来た。ただこいつにアクセスするんならその必要はないはずだ。だがそれをアンタはやった。無人のはずの戦艦に人と会話する為の通信を入れて来た。それはすなわち……」
蒼穹は一旦、そこで言葉を区切ると大久保を睨みつけた。
そして厳しい口調で言い放った。
「アンタは最初からこのリーカに人間が乗っている事を知っていたんだ! だが何かのうっかりミスで通信を入れてしまった。そしてそれを認めたくなかった。いいや、厳密には自分以外の誰かに知られたくないんだ。だから俺をクラッカーに仕立て上げ、この通信自体が虚像だという事にしたかったんだ」
「ふん、馬鹿らしい。もう切るぞ、これ以上戯言なんかに付き合ってられねえんだよ!」
「いいや、もう少し俺の戯言って奴に付き合ってもらうぞ。アンタが俺の存在を認めたがらない本当の理由は……それは……アンタが俺自身を知っているからだ。それもずっと前から。知っている人間が宇宙船リーカの中に乗っていた事が問題なんだ」
「スガイソラそれはどういう意味だ?」
理由の判らないナベカムリが空に問い質す。すると蒼穹は大久保に言い放った。
「ボンボヤージュ。日本語ならまだしも、何でこの世界のブロームがフランス語なんかを流暢に知ってたんだ? 俺はこの四年間、その事がずっと引っかかっていた。だがアンタを見て繋がったよ」
蒼穹が大久保を睨みつける。大久保は必死に蒼穹から目を晒す。
「アンタの正体、元御側衆主席キロドネアだろ?」
「はぁ?! な、何の事だ?」
大久保は大げさにとぼけてみせた。だがその表情は左右から薄い面の皮を引っ張った様に引きつっていた。それを見て蒼穹は確信した。
「やっぱりな……。お道化ている風に見えるが、その雰囲気。どこかで会った様な気がしたんだ。多分、キロドネアはスパイとしてブロムランドに送り込んだアンタ自身の分身だったんだ。だからアンタは俺を知っていたんだ。そして思いも依らぬ場所でのご対面。全く、その人を見下すような態度……四年前と変わらないな、アンタも!」
「ふんっ! デタラメも良い所だ。こっちがスパイをスライムの中に送り込んだっていう何か証拠があんのか?」
「別に証拠何てないさ。全部、俺の推理に過ぎない」
「ふん、だったら負け惜しみだな」
「じゃあ、俺はこれからこの宇宙戦艦リーカの設備を使って銀河連邦の警察にアンタの言うデタラメって奴を報告する。そうなるとどうなるかな? お互い持っている記録や資料を全て連邦に提出する事になるよな。すると連邦も気付くんじゃないかな? アンタは俺という人間がこの星に居る事を知っていながら……。いいや、明確な邪魔者として殺そうとしたって事をな!」
そう言い切った途端、大久保正の顔色が火山の噴火口の様に真っ赤に変わった。
「抜かせ、スガイソラ! 貴様、原始人の癖にいっぱしの口を聞きおって!」
大久保が蒼穹を大声で蔑む。奴は怒りを爆発させた。その中に蒼穹は奴の本性を垣間見る。それは今までと打って変わって聞き覚えのあるキロドネアの口調そのものだった
だが蒼穹も負けてはいられない。
「貴様が……貴様が我が社に余計な仕事を増やした!」
「じゃあ、何だって言うんだ。この悪い未来人め!」
「このまま、第3下仁田丸を貴様の頭の上に落としてくれるわ!」
「何だって!」
流石に大久保の良識と常識の無さに蒼穹は表情を引きつらせる。
「そんな事をしたらリーカだけじゃない。このダイラタントが崩壊するだけの大破壊をもたらすぞ!」
「構うものか! どうせこんな仕事、孫請けの孫請けで受けた安普請だ! なのに貴様が邪魔したお陰で工期は長引き、我が社は赤字で倒産寸前だ! もうこんな実入りの無い苦労などたくさんだ! 何が宇宙戦艦引き揚げ計画だ! 何が野性化生物撲滅プログラムだ! 下らない手間ばかり取らせおって! 一層の事、事故でも何でも起こして手っ取り早く全部終わらせてやる!」
「何と邪悪で愚かな存在だ!」
「そうだ! こんな事なら分身だったキロドネアの方がよっぽどマシだ!」
吐露された大久保の本音を前にナベカムリと蒼穹が言い放つ。
だが大久保は聞く耳を持たない。
「船の軌道を変えた。あと数分でこの薄汚いスライムだらけの世界は崩壊する。お前の冒険はここで終わりだ!」
「うるさい! ここで終わらせるものか! 緊急発進準備!」
蒼穹が椅子の上で命令を発すると一瞬で神祖リーカが息を吹き返した。そして発進準備が整った事を知らせる表示が目の前の光のモニターに記される。
「宇宙戦艦リーカ、発進! お前が神祖ならこの星を守ってみせろ!」
蒼穹の一声の下、リーカが動き出す。地中から這い出た宇宙戦艦はのっぺらぼうの人の形を成し、聖地アーケドアの丘を崩しながら上半身を露にした。
現れた銀色の巨神は地上から這い出た上半身だけでも千メートルを超えていた。
そして目の前で溢れ返るヴィーマの大群目掛けて体中から破壊光線を放った。数万匹のヴィーマの群れは槍の塔と共に一瞬で蒸発し壊滅寸前だったブロムランド軍は救われた。
一方で一部始終を目撃していたブローム達は巨神の姿を前に茫然とその場に立ち尽くす。
その中で本陣の総大将たる宰相プロテウスのみが小さくつぶやいた。
「神様……」
神祖リーカはヴィーマが壊滅した事を見届けると、地下から這い出て空中に浮かんだ。
そして巨神の似姿を今度は矢じりの様な尖頭形に変形させ天上に白銀の船体を晒した。
全長三千メートル。美しくも獰猛な滑らかなフォルム。それこそが宇宙戦艦リーカの真の姿だった。
復活したリーカは滑るように上昇すると雲の中へと消え、瞬く間に宇宙空間へと到達した。そして直径六十キロメートルのサルベージ船、第3下仁田丸と同軌道上で対峙する。
「艦首回頭、目標、前方のサルベージ船、第3下仁田丸。攻撃用意!」
「ヨーソロ」
蒼穹と機械音声のやり取りを耳にした大久保が慄く。
「止めろ! こっちは銀河連邦から正式な依頼を受けてこの仕事を……」
「失せろ! この邪悪め! 攻撃開始!」
蒼穹は大久保の声を振り払うとリーカに第3下仁田丸への攻撃を命じた。
尖頭形の先端から眩い閃光が放たれると第3下仁田丸……否、妖星ヒダルは一瞬で破壊され星屑に姿を変えられた。
巨大な球体でも民間船でしかないサルベージ船などかつて最強を誇った宇宙戦艦の敵ではなかった。
巨悪は滅び去った。漆黒の宇宙空間は音もなく平穏だけが広がっていく。
「終わったな……」
蒼穹が小さくつぶやいた。既に大久保からの通信も途絶え、あの邪な面構えも見えない。
そして蒼穹の心の内にも安らぎが広がる。
「しかしこれからが大変だぞ。考えねばならぬ課題が山積している。我々はこのダイラタントを復興させねばならないし大久保正なる者もあれで黙っているとも思えない。それに銀河連邦とやらもこれから出てくるかもしれないとなると……」
「ナベカムリ!……」
蒼穹がナベカムリの小言を止めた。
「心配すんな。やっかい事は逃げやしないよ。それよりも足元を見てみなよ」
椅子のあった小部屋は360度、全天球型のモニターへと変わり全てが見渡せた。
リーカの直下には緑色の大地と海に覆われた惑星ダイラタントが広がっていた。
「これが我々の故郷か……」
「綺麗じゃないか……」
もはや異世界ではない。そこは自分達の帰るべき場所。この世界で築き上げた小さな幸せが詰まった宝石箱だった。
「180度回頭! このまま目的地に向け発進」
「目的地をご指示下さい」
「目的地は……惑星ダイラタント」
蒼穹は命じるとリーカはゆっくりと降下を始めた。
そんな菅生蒼穹の胸の奥に浮かんだのは愛する八人の子供達に囲まれた妻ユーグレナの幸せそうな笑顔だった。
完
皆様、初めまして。作者の七緒木導と申します
この度は拙作「異世界はスライムでいっぱい! 右も左もブヨブヨのヌメヌメの中で人間は俺一人だけ?!」が完結した事のお礼を一言申し上げたく参上いたしました。
ここまでお付き合い下さいました多くの読者の方々、そして発表の場をお与え下さった「小説家になろう」様のご両名には感謝の言葉も御座いません。
これからも皆様に自作をお送りできるよう、日々の執筆を続けるよう努力いたしますので末永いお付き合い下さる事をお願います。
尚、作者による別作品「煌装騎マギアギア 少年魔煌士、母なる淡き大海を越えていけ!」はこれからも連載が続きますので本作と合わせてご愛読下されば幸いです。
では長々とお話させて頂きましたが、ここで一旦、お別れとさせて頂きます。
本当にありがとうございました。




