第6話
プロテウスが戻ってくると蒼穹は客間から出され王宮の広間へと向かった。
これからこの世界の国王陛下との謁見だ。
「聞かれた事には正直に答えろ。何かあれば私が助け舟を出す。だが陛下ご自身は気難しい方故、礼儀だけは忘れるな」
宰相からの助言の後、蒼穹は広間の入り口を潜った。
広間は高校の体育館よりも広く。全ての壁が幾何学模様の彫刻が刻まれた黒い石造りで床の中央だけに広く分厚い敷物が敷かれていた。
その敷物の上で円を描くように十数人の人の形をしたスライムが胡坐を掻き、更にその周囲を数十人の衛兵と思われる鎧姿の戦士達が立ったまま囲んでいた。
全てが人の形をしたスライムだった。
「多分、あの胡坐の真ん中のスライムが王様で回りがこの国の大臣か……」
蒼穹の予想は当たっていた。
王様らしきスライムは紫色の体色で容姿は中年の男を模していた。それが大き目の座布団の様な敷物を一メートルほど積み重ねた上に胡坐を掻いて一人だけで座っていた。
王様は胸を張って構えている。しかし何故かそこから統治者たる威厳の様な物はまるで伝わってこない。
蒼穹は敷物の前で立ち止まると宰相に教えられた通りに国王の前で土下座した。これが謁見の際の最初に執り行う挨拶だった。
「プロテウス、参上仕りました」
「よ、よろしい! 表を上げい……」
宰相の挨拶の後、上ずった何とも覇気の無い声が蒼穹の耳に届く。
それは中央に鎮座する王様スライムから聞こえてきたものだった。
挨拶が済み、プロテウスと蒼穹は同じ敷物の上に座る事を許された。
座り方は胡坐だ。行儀悪く見えるがこれがこの世界の正式な作法らしい。
プロテウス以外のスライム達は皆、目の前の異界の客を胡散臭そうに見詰めている。
「プロテウス、環の神殿での職務、大儀であった」
最初に王様が宰相の働きを労った。
その後、宰相は皆の前で環の神殿での出来事を語った。その報告にある者は震え、ある者は顔をしかめる。その中で王様は耳を塞ぎ背中を丸くしながら誰よりも脅えていた。
だがその報告の最中、蒼穹にとって聞き捨てならない内容が含まれていた。
この世界に召喚された際、蒼穹が乗っていた八角形の台座はリーカの環と呼ばれていた。どうもあの台座が召喚の為の装置らしいのだが、問題はそれがヴィーマの襲来と共に蒼穹の目の前で破壊されたという事実だ。
「では、もはや環の神殿からは何も召喚されぬとの事か?」
王様が尋ねると宰相は肯定した。その事実に誰もが色めき立つ。
そしてその事実に蒼穹自身が穏やかにはいられない。
彼等の言葉通りあのリーカの環がこちらとあちらを繋ぐ召喚装置だとしたら環が破壊された時点で蒼穹は元の世界に戻る手段を失った事になる。
「おい、冗談じゃないぞ……」
蒼穹の心の中が不安で息詰まる。正直、気分が悪くなり寝込みたい位だ。謁見で王様のお言葉を待っている気分ではない。
無論、そんな勝手を許される事も無く謁見は粛々と進む。
「さてこれより本題に入ります。この異界の来訪者たるスガイソラに対する処遇についてですが……」
「まずは皆の意見を聞こう……」
王様が訊ねる。それも腫物でも避けるかの様な消極的で弱腰な声だ。
「ではまず私めより一言申し上げとう存じます」
そんな中、最初に声を上げたのは赤いスライム、御側衆主席のブ・キロドネアだった。
だがその声を聴いた途端、座の中の王様以外の誰もが渋い顔をした。
「どうしてお前ごときがここで答える?」
口にはしなくても皆の表情にそう出ていた。
「ではキロドネア、申してみよ」
だが王様はそんな周りの心情を気にもせず発言を許した。
「まずはこの召喚されし存在。スガイソラでしたかな? 私めの目を持ってしても、この姿かたち……古よりの伝説に依る神祖リーカの姿に近こう拝見出来まする。現に我らもその御霊の似姿をもって神への信仰の証として居ります故、皆様は如何ですかな?」
御側衆主席の言葉に誰もが沈黙を守る。下手な発言でキロドネアに上げ足を取られるのを嫌がったからだ。それをキロドネアは自分の意見が肯定されたと受け止める。
「そしてスガイソラを見て誰もがこう思うでしょう。もしやこれは神の降臨、我等の王国ブロムランドの現在の国難を憂れいた神からの救いの使者なのではないのかと?」
御側衆主席が一旦、会話を区切る。誰も何も言わない。その大臣達の態度にキロドネアは満足する。そして自身の本題に入った。
「ですがそれは余りにも浅墓。似ているだけなら陸ワカメの枝分かれも似姿の四肢に見えなくもありません。要は似ているだけでは彼の者が神の使いであるという証拠にはならないのです。ですので彼の者を創造神と認め、今回の召喚を神の再来と決めつけるのは拙速な愚考と思う所存でございます」
「ではキロドネアはこの者は何者と思うのだ?」
王様がオドオドしながら御側衆に尋ねる。
「残念至極、今の段階ではその本性、私めにも判断着きませぬ」
「なら、どう扱えば良いのだ? 判断着かぬなら放置も危ういぞ?」
キロドネアの言葉に煽られ王様は不安を隠しきれない。
それを見て蒼穹は思う。
「こんな臆病で頼りない王様でこの国は本当に大丈夫なのか?」
いや、大丈夫な訳がない。だから自分達は死んだのだ。
多分、ここに来る前に見た墓の下の亡者達はそう嘆いているはずだ。
そんな気弱な王に向かってキロドネアは答える。
「まず彼の者をこの王都ミネア・トラウンより遠ざけ、とある場所に隔離します。そこで彼の者が真に神の使いか否かを徹底的に時間を掛けて調査致します」
「それでどうなるのだ?」
「神の使いならば王都に迎え入れるのが筋ですが、それでも、ここはやはり王都より離れた神殿等に厳重な管理下に置くのが妥当かと。さすれば陛下の御心を煩わせる事も御座いますまい。ですが陛下、私めが何より心配するのは彼の者の真贋では御座いません」
「真贋では無いとな? では何だと言うのだ?」
「最も忌むべき事はその存在が民衆の中に知れ渡る事そのものです。民衆は無知蒙昧です。彼の者の本性が何であれ存在が知れれば必ず大仰に騒ぎ立てる者が現れます。そうなればこの国難の中に於いて人心は大いに乱れヴィーマに付け込まれる隙となりましょう。それこそが私めの心配の種の正体で御座います」
そして御側衆主席はここぞとばかり立ち上がり訴えた。
「念には念を、民には知らしむべからずが吉。王都より離れた場所に置くとはそれを防ぐ為の転ばぬ先の杖。なればこそ我が案が上策と進言した次第」
「おお、なるほど」
王様は感心しながら手を叩く。
「ですがもし神の使いである事が偽りならば……」
「異議あり!」
だがそこに御側衆主席の饒舌を遮る者が現れた。