第56話
そのブロムランドの西方辺境アーケゾアで全てのブロームの祈願でもあった聖地奪還作戦が繰り広げられていた。
近代兵器の威力はその効力を充分に発揮し丘の上のヴィーマ達を削り落としていく。
「それみろ、上手くいっているじゃないか」
自軍の進軍を目の当たりにしながら蒼穹の口元にも余裕の笑みが浮かぶ。頭の殻を割られたヴィーマは非常に脆かった。一見、ドロドロに見える殻の中の内容物も専門の役割があるらしく鉛玉一発が侵入するだけで簡単に機能不全を起こす。
それは復元された異世界からの近代兵器が優秀な証拠でもあった。
「今更ながら凄まじいな、銃撃という奴は。こちらに飛んでこない事が幸運に思うよ」
「しかし前にキロドネアの頭が吹っ飛ばされ時、奴は生きてたぞ」
「多分、奴の事だ。あらゆる悪事を思いつく為に全身の隅々まで邪悪な思考細胞に変えていたのだろう」
そうナベカムリが冗談を言うと蒼穹は釣られて笑った。
「だったら今頃は吹き飛ばされた分だけ善人に変わってるかもな」
戦いは山を越えようとしていた。ブロムランド軍の優勢が続き勝利がこちら側に傾きつつある。
「さてもう一押しだ。これから突入が始まる。これでブロームの宿願ってのが適うって訳だな」
「しかし気を抜くな。戦場では何が起きるか判らん」
「心配ないって。頭の上から槍でも降っても来ない限り俺達が負ける訳無いさ」
そう言いながら蒼穹が空を見上げた。
空は生憎の曇り空だった。だがそのおかげでダイラタントの上空を公転するあの忌々しい妖星ヒダルの姿は見えない。
だがそんな時、昼間にも関わらず雲の中から幾つもの綺羅星が輝いた。
「おや? 何だろう……」
それに気付いた蒼穹が思わず声を上げた。
「どうされました?」
副官のパラメーダが訊ねる。だがこの優秀な副官は師団長の独り言を特に気にする事は無かった。大賢者様に独り言が多いのは周囲では有名な話だったからだ。
そんなパラメーダに蒼穹は答えてみせる。
「いや、何か今、雲の中で光った様な気が……」
そうつぶやいた直後だった。戦場で思いも依らぬ異変が生じた。
綺羅星が流れると瞬く間に大きな槍となって地表に降り注いだのだ。
槍は象牙の様な白亜の鋭い円錐形だった。全長は約百メートル。その全てが七万二千のブロムランド軍の陣地の中に落下していった。
地表に衝突した瞬間、その衝撃は凄まじく、誰もが立っている事も儘ならない。
「うわわわわぁ!」
流石の大賢者も思わぬ天変地異に肝を潰す。
やがて地響きが収まると土煙の中から白亜の槍が姿を現した。槍は地面を深く穿つと直下に居たブロームの将兵達の多くを吹き飛ばし、粉微塵に変えていた。
更に直立した槍の表面に穴が開くと、その中からヴィーマの群れが次々と吐き出される。
新たに出現したヴィーマは衝撃で放心状態に陥ったブローム達を食い殺そうと襲い掛る。
その一撃で優勢を誇っていたブロムランド軍は瞬く間に大混乱に陥った。
それは大賢者の師団も例外ではない。
「クソッ! 何だって言うんだ!」
「敵の降下部隊だ……。ヴィーマが妖星ヒダルから援軍を降ろしたのだ……」
そうナベカムリが説明した時には既に師団の将兵達が奇襲に翻弄されている最中だった。
更に劣勢だった丘の上のヴィーマ達も混乱する餌に対して反撃に移る。
「あの野郎ども!」
次々と自分の部下を殺されていく様を見て蒼穹の憤りが止まらない。
師団長は手元にあった共生体を口の中に押し込みながら副官を呼んだ。
「パラメーバ! ここの指揮を頼む。とにかく混乱を収めて体制を立て直せ」
「閣下はどちらに?」
「槍から出て来たヴィーマ達を片付ける」
「では護衛を……」
「無用だ! そんな事よりも空から第二派が降って来るかもしれん。そちらを警戒しろ」
「了解しました! お気をつけて閣下!」
蒼穹は副官に自分の師団を預けるとそのまま渦中へと飛び込んだ。
「タァ!」
蒼穹は宙に躍り出ると、一番近くに居たヴィーマに左手をかざした。掌から雷撃がほとばしり一撃で殻付きの化け物が炭化する。
「まずは一匹!」
空中で最初の一匹目を倒すと傍に居た二匹目に狙いを定めた。
今度は右掌から雷撃が放たれる。
「これで二匹!」
「蒼穹、貴様の視線から二時の方向に六匹、十一時の方向に一四匹居るぞ!」
「了解!」
ナベカムリの指示に従って蒼穹は次々とヴィーマ達を葬っていった。
ヴィーマの殻を魔法で焼き、時には拳で打ち砕く。
大賢者スガイソラの魔法戦闘力はライフル銃一個大隊に匹敵する。
「ナベカムリ、敵が一番集まっているところは?!」
「真正面! あの白亜の槍の塔!」
ナベカムリが答えた通り白亜の槍の根元で百匹以上のヴィーマがたむろしていた。
「倍掛けで一気に片付ける!」
蒼穹はポケットから共生体を取り出すと前の効き目が残っている中で更に飲み込んだ。
「波動衝撃!」
蒼穹が拳を振るうと手の甲から凄まじい衝撃波が発生し、そのまま一直線に白亜の槍に浴びせかけた。
槍の塔は隙間なく全体に亀裂が入ると自重に負けて根元から崩壊した。
崩れていく塔の下では百匹のヴィーマ達が兵士達に爪を剥く。そのヴィーマ達に波動衝撃の二打目が浴びせられ多くをすり潰していった。
目の前に大賢者の雄姿に周囲の兵士達から歓喜の声が上がった。
その声に蒼穹もナベカムリも安堵した。




