第5話
やがて一行は王都の城門を潜った。
蒼穹は頭まで敷物を被っていた為、外を覗い知る事は出来ない。しかも王都という割には人通りが少ないのか通行人の声も聞こえない。ただ僅かに車輪から伝わって来る細かな揺れだけが、道が石畳か何かで舗装されている事を教えてくれた。
「スガイソラ、到着したぞ。もう中から出てきても構わない」
ベクターが停車して暫くしてからプロテウスの声が聞こえた。
蒼穹が頭から敷物を外すとそこは最初に見た石のドームと同じ造りの建築物の中だった。
だが建築規模は各段に大きく、壁や天井には美しい幾何学模様が隙間なく埋め尽くされていた。更に外からの採光も取り入れられ思いのほか明るい。
「ここが王宮の中か?」
「そうだ。私専用の客間があるから案内する。付いて来い」
蒼穹はベクターを後にするとそのまま装飾された石壁の廊下を進んでいった。
その間、王宮で働いているはずの連中には誰にも会わなかった。もしかしたら宰相が先回りして人払いをしてくれたのかもしれない。
蒼穹は客間に通されると柔らかく分厚い敷物の上に胡坐を掻く形で座らされた。
「陛下にお会いしてくる。暫くここで待っていろ」
プロテウスが離れて行くと客間は蒼穹とあのオレンジ色の少女の二人きりになった。
やる事もなくぼんやりとした時間が続くと彼女が飲み物を運んで来てくれた。
「どうぞ……」
それはユーグレナ嬢が蒼穹に向かって初めて口を開いてくれた瞬間だった。
小皿に乗せられた小さな湯呑の中には茶色く濁った液体が入っていた。盆を受け取った蒼穹は香りを嗅いでみた。漢方薬の様な薬臭さが漂う。
多分、この世界のお茶だ。彼女は蒼穹に気を使ってくれたのだ。
「ありがとう……」
匂いはさておき少女の気遣いに蒼穹は礼を言う。
「あの……ユーグレナさんだっけ?」
蒼穹は彼女の名を呼んでみた。だが少女は蒼穹と目が合った途端、返事もせずに顔を背けた。まるで禁忌でも避けるかの様なその態度に蒼穹は困惑する。
「プロテウスとは真逆だ。この子の反応は俺に会ってからずっとこうだ……」
やはり自分にとってここのスライム達が異質な存在であるように、自分も彼女達にとって異形の者なのだ。
蒼穹はその事実を噛み締めつつ出されたお茶をすすった。初めて口にするお茶の味は苦い上に酸っぱかった。
今の蒼穹にはこのお茶の味に慣れる自信がまだない。