表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/63

第49話

 だが友を失った蒼穹の前に平安は訪れない。

 蒼穹の耳元で銃声が鳴り響き、耳元で鋭い風切り音が通り過ぎた。

 直後に蒼穹の耳の先端から赤い血が流れる。

 蒼穹が痛みを堪えながら銃声の聞こえた方へと振り向いた。

 そこには見覚えのある人影が立っていた。

「キロドネア!……」

 蒼穹は憎々しくつぶやく。

 間違いない。そこには特戦隊を引き連れた御側衆主席キロドネアの姿があった。

 彼の両手には軍船の船底で蒼穹を撃ったあのマスケット銃が握られており銃口から煙が流れ出ている。

「おやおや、海の藻屑となったと思ったら存外しぶとい」

「うるさい! この人でなし!」

「それは御挨拶だな」

 そう答えるとキロドネアはマスケット銃とは入れ替えで、代わりの小銃を部下から受け取った。

「さあ、今度はライフル銃だ。確か銃身の内側で斜めに刻まれた溝のジャイロ効果で弾道を安定させ命中率を上げると書いてあったな。しかも魔法を工夫して金属薬莢まで復元したとは、いや大したものだ。褒めて遣わす」

 キロドネアは銃を構え銃口を蒼穹に向けた。後は引き金を引くだけで弾は蒼穹の体を貫くはずだ。

「さあ、褒美に貴様に選択の権利を与えてやる。このまま我らに投降して仮初めの生を得るか、ここで撃たれて死ぬか。好きな方を選べ」

 キロドネアは蒼穹に選択を迫った。しかしその選択自体が何の意味も無い戯言だ。

「どちらもNOだ! お前の言いなりなんかになってたまるか!」

「ならここで死ね。そして私に歯向かった事をあの世で悔いるがいい!」

 そう言い放つとキロドネアは引き金を迷わず引いた。

 彼にとってはもはや蒼穹の存在などどうでも良かった。

 張り巡らせた陰謀も今回の王都襲来のせいで今の国王の前では大した意味も無いはずだ。ならば一層の事、この場で蒼穹を殺して後腐れを無くしてしまおう。この男は色々と知りすぎている。

 しかし引き金を引いても弾は出ず薬室から小さな金属音が響いただけだった。

「何だ? 弾が出んぞ? 不良品か?」

「不発だよ。多分、海の潮気を吸って火薬が湿気ったんだ」

 蒼穹は親切にもその事実をキロドネアに教えてやった。

「治したいんならまず初めにライフル銃を逆さに向けて銃口をのぞき込むんだ」

「こうか?」

 キロドネアは言われるまま銃口をのぞき込む。

「そして銃床を下に向け石畳の上でトントンって叩くんだ。そうすれば銃口から弾が再装填されるのが見えて再び撃てる様になるはずだ」

 蒼穹が治し方を伝授するとキロドネアは言われた通りに銃口を覗き込んだまま銃床を石畳の上で二度ほど叩いた。

 だがその直後、ライフル銃は暴発した。

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 痛みに堪え切れずキロドネアが悲鳴を上げた。発砲音と同時に銃口から火が噴き出し、キロドネアの頭、半分を綺麗に吹き飛ばしたのだ。

 それを見た蒼穹が腹を抱えて大笑いした。

「あははははははははははははははは! 案外、お人好しなんだな! 御側衆主席様!」

「貴様! 私を謀ったな!」

 銃の暴発で頭部の右半分が大きく吹き飛ばされたにも関わらずキロドネアは生きたまま吠え掛かった。

「驚いた……生命の神秘だ……」

「殺してやる!」

 キロドネアは銃を投げ捨てると自身の手駒の特戦隊に向かって叫んだ。

「殺せ! こ奴を殺せ! 切り刻んでヴィーマの餌にしてくれるわ!」

 キロドネアは頭を吹き飛ばされて怒り心頭だ。

 それに答えようと特戦隊の隊員達が剣を抜くと蒼穹に襲い掛かろうとする。

 だがそんなキロドネアの報復劇は呆気なく潰えた。

 どこからか投げナイフが飛来し隊員達の手の甲を次々と貫く。

「ぐぁ!」

「そこまでだ、キロドネア!」

 隊員達がうめき声を上げる中、王宮へと続く街道の方から全く別の声が聞こえた。

 二人が声の方を向くと青い似姿の少年ブロームが立っていた。

 品行方正、少年からはその高潔さと知性の高さ、そして意志の強さが伺える。

「ブ・プロテウス……閣下」

 頭を半分吹き飛ばされたキロドネアが少年の名を呼ぶ。少年はこの国の宰相閣下だった。そして彼の周りを特戦隊の十倍以上の兵士達が頑強に囲んでいた。

 そして傍に立つ塀の上ではオレンジ色の少女が低い姿勢で投げナイフを構える。

「ソラ!」

 少女は塀から颯爽と飛び降りると蒼穹とキロドネアの間に立ち塞がり、今度は腰に下げた愛用の短剣を抜いた。少女の正体はユーグレナだった。

「ユーグレナ……無事だったんだね」

「はい、でも独りきりで置いていくのはあんまりです!」

 ユーグレナの語気は強い。無事に再会できて喜ぶどころか置いていかれた事を怒っている様だった。

「ごめん、でもあんまりにも気持ちよく寝ていたから起こすのが悪いと思ってさ……」

 蒼穹は彼女の後ろで頭を掻く。

 形勢は逆転した。プロテウスが連れて来た兵の数は御側衆特戦隊を圧倒する。

 しかしその宰相の前でも御側衆主席は抜け抜けと答える。

「これはこれは宰相閣下、ご無事で居られましたか……。此度の戦、誠に悲憤慷慨。目に余る王都の光景……」

「悲しんでいる割には貴様、なぜ私の邸宅の前に居る? 何か私に用事でもあるのか?」

「いいえ、滅相も無い。私、公用で王宮へと向かおうとしていた最中、ヴィーマの襲来に阻まれまして。すると、どうでしょう。そこに居る異界の生物が偶然、町の中をうろついているの見かけて捕縛しようと。ですが異な事、確かこの者は宰相閣下が管理を……」

「喝!! 見え透いた田舎芝居は沢山だ!」

 プロテウスがキロドネアに向かって大喝を浴びせた。

「ひいいいい……!」

 キロドネアが堪らず悲鳴を上げる。

 その少年から発せられたとは思えない凄まじい気迫を前に御側衆の連中のみならず守られているはずの蒼穹ですら縮み上がった。

 宰相は言った。

「キロドネア! 貴様の悪事、ここに居るユーグレナから全て聞いた。我が領地を軍靴で踏みにじるとはどんな料簡だ!」

 プロテウスはキロドネアを凄まじい剣幕で尋問した。だが寸ででキロドネアは踏ん張ってみせると必死に抵抗する。

「そ、それは……私とて、陛下から頂いた正当な監査権を頂いております。それこそ申し開きは陛下の御前でさせて頂き……」

「残念ながら貴様の言うブ・スピロトリケア国王陛下はもう王ではあらせられない」

「何と? 今、何と仰られた」

「言った通りだ。陛下はこの王都での防衛戦の最中に退位された。国王としての地位を全て放棄されたのだ」

「まさか! そんな……」

「事実だ。城壁内に侵入してきたヴィーマを前に心労極まり、その場で震えながら退位を宣言されたのだ。御労しい限りだがな」

 プロテウスの言い方はどこか不機嫌さが漂う。

 一方で宰相の言葉に御側衆達のみならず蒼穹自身も驚きを禁じ得ない。

「戦争中に退位ってなんて無責任な! みんな一所懸命に戦ってたっていうのに……」

「ソラ、あまり言い難い事をはっきり言わないで下さい」

「それでもさぁ……」

 ユーグレナに注意されても蒼穹は言い足りない。だがあの気の弱い王様ならば判らない話でもない。そしてプロテウスの機嫌が悪い本当の理由も判った様な気がした。

「皮肉だな。国難の際には一番、陛下の御傍に居てお支えしなければならない貴様が何も知らなかったとはな」

「そ、そんな……」

 キロドネアの表情がみるみる険しくなる。スライム達にもし顔色と呼べる物があれば奴の顔は今頃、真っ青のはずだ。

「へ、陛下は今どこに?……」

「シストとなって奥の間に引き込まれた。王家は王室典範に則り新しい王を決められた。キロドネア、王宮に戻ったところで貴様の席はないぞ」

プロテウスの最後の言葉はキロドネアにとって痛恨の極みとなった。

 キロドネアは顔を歪めながら地団駄を踏んだ。

「チクショー! あのクソ野郎め!」

 そして一言、怒りの咆哮を上げると、蒼穹達に背を向け走り出した。

 クソ野郎とは誰あろう忠誠を誓ったはずの前国王陛下の事だ。

 周囲の特戦隊の隊員達も敗北した主人を追って逃げる様にその場から離れていった。

 それを宰相を囲む兵士達が追おうとしたがプロテウスがそれを止めた。

「放って置け。もうあの男は負け犬だ。この国での居場所も無くなった……」

 もう逃げ去った御側衆達に見向きもしない。

 これでキロドネアという男の存在はこの王都から完全に消えるのだ。

 それは御側衆主席という立場で権勢を振るった男の余りにも呆気ない幕切れだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ