第46話
しかしその状況を決死の覚悟で変えようとした者がいた。
「スガイソラ!」
蒼穹の名を呼ぶ声が聞こえた瞬間、目の前のヴィーマが衝撃で吹き飛ばされた。
触手から振り落とされた蒼穹が目撃したのはヴィーマに体ごとぶつかるナベカムリの姿だった。
滑り落ちた蒼穹の体が地面の上で跳ね回る。その甲斐あって蒼穹は急死に一生を得た。
「何をしている、逃げろ!」
ナベカムリから声が今も聞こえる。彼は身を挺して蒼穹を救ったのだ。
一方で獲物を狩り損ねたヴィーマは標的を目の前の巨大な青いスライムへと変更した。
早速、ヴィーマはナベカムリを攻撃を仕掛ける。
両者の対格差は小さい。しかしヴィーマは飽くまで戦闘用のスライムだ。ジイバをただ大きくしただけのナベカムリが敵う術はない。
触手から伸びた槍の穂先の様な爪がナベカムリを襲った。
「うぐあああああぁ!」
ナベカムリの悲痛な叫び声が聞える。今度は青い巨体が地上に伏せる番だ。
情け容赦ない攻撃が繰り返される。その度に、青い不定形の肉壁は切り裂かれ肉片が飛び散っていく。一撃で死なずに済んだのは単にナベカムリの体の質量が大きかったからに過ぎない。
「ナ、ナベカムリ……」
ナベカムリへの攻撃は決して止むことはない。
それは陰湿で凄惨なリンチの現場だ。
蒼穹が這いながら友に近づくと傷ついた友達同士が虫の息で向かい合う。
「不甲斐ない……。やっと見つけて助けようとしたらこの様だ……」
「そんな……俺なんかの為に……」
「何を言う……誰かを救う為にお互いここに来たはずだ……」
「だが俺はもう駄目だ。魔法が途切れたんだ……もう力が出ない」
蒼穹が悔しそうにつぶやく。
「やられていたのはそういう事か……。なら私が斬られている間に逃げろ。私の体格なら切り刻むにも時間が掛かるからな。貴様ぐらいが逃げる時間なら……」
「そんな……、アンタを置いてなんて……」
「いや……二人がここで食われる必要はない」
「しかし……」
そんな中、ヴィーマの攻撃が止まった。動かなくなった二人を見て死んだと勘違いしたのだ。そして標的を再び変えた。今度は埋まった退避壕から脱出中のノーム達を狙い始めた。向こうからノーム達の悲鳴が聞こえる。
早く助けに行かなければ彼等が食われる。だが蒼穹には動く力も残っていない。
「クソッ! 俺にもっと力が……力が残っていれば……」
蒼穹が悔しそうに拳を握りしめる。
だがその直後、蒼穹の拳から砂埃を起こすほどの衝撃波が発生した。
「まだ力が残ってる……」
残ってはいるがこの程度の衝撃波ではヴィーマの殻に傷一つ付ける事は出来ない。
「だけど……残っているなら……もしかしたら……」
蒼穹は動かなくなったナベカムリに語りかける。
「ナベカムリ……生きているか?」
「何とか……しかし体の方々が痛い……」
ナベカムリの震えた声が返ってきた。明らかに先ほどよりも弱弱しい。
「そうか、そりゃ気の毒に……所でアンタ魔法は使えるのか?」
「恐らく共生体があれば……だが今は無理だ」
それを聞いて蒼穹は一瞬黙り込む。だがほんの数秒で覚悟を決め決断した。
「じゃあ、俺を使え。俺の共生体を使って魔法を発動させるんだ。もしかしてだがアンタが使う分なら魔法は既定の能力が発動する……かもしれない」
「だがどうやって貴様の力を?」
「変形体だよ……俺がスライムになってるなら合体も可能だろ? 二人の力であのヴィーマをやっつけるんだ」
蒼穹はかつて環の神殿から逃げた際に見たベクターを牽くノームの車夫達の事を思い出した。互いが合体すれば魔法が発動するかもしれない。
だがそれをナベカムリは否定する。
「いいや……それでは駄目だ。変形体は互いの力と気持ちを同調させねば出来ない。一朝一夕で出来る技でないのだ。それにスライム化しているとはいえ、貴様の体内には異物が多すぎる。多分、群生になるのは不可能だ」
ナベカムリの諦めの声が聞こえる。だが蒼穹はへこたれない。
「じゃあ、仕方ないな……もう一つの手を使うか……」
「もう一つの手? ……まさか!」
ナベカムリは蒼穹の覚悟に一瞬言葉を失う。だが蒼穹は思いのほか冷静に答えた。
「察してくれたのならやってくれ。時間がない」
「しかしそれでは……」
「どうせこのまま何もしなければお互い死ぬだけだ。だったらイチかバチかでも奇跡って奴に賭けてみるしかない……」
ナベカムリは黙り込む。確かに蒼穹の言う通りだ。このまま何もしなくても自分達は死ぬ。そして仮に生き残ったとして王国が滅びれば同じ運命を辿る。結局は死ぬ時が少し違うだけだ。
「判った……貴様の言う通りにしよう。だが恨むなよ」
「いいよ……思いっきりやってくれ」
蒼穹が答えるとナベカムリは残った力を使って蒼穹の体を触手で持ち上げた。
そして饅頭型の体の頭頂部に口を開くと蒼穹を放り込んだ。
蒼穹はナベカムリの体内の中に取り込まれた瞬間、体中の細胞という細胞がナベカムリ
の細胞に吸収される。
蒼穹はその刹那に思う。
「俺はこれからナベカムリに食われる……」
食われて体内に宿る共生体が今度は宿主をナベカムリに変えるはずだ。
一方で自分はナベカムリに共生体を渡した末に彼の栄養源となり吸収される。
自分には何も良い事はない……。そしてここがきっと冒険の終着点だ。
だが自分の選択は間違っていないはずだ。新たな力を得たナベカムリは必ず王都を襲ったヴィーマを駆逐し王国に平和を取り戻してくれるはずなのだ。
「そうだ……きっとそうなる。そうならなきゃいけないんだ……なぜならそれがきっと俺がこの世界に送られた本当の意味なんだ……」
やがて蒼穹の意識は遠のき、目の前が暗黒に包まれる。
「ああ……来た……来やがった……これが死ぬって事なんだ……」




