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第44話

 だがそんな時だった。蒼穹は突然、後ろから羽交い絞めにされた。そしてそのまま廃墟の物陰に引きずり込まれる。

「もががっ!」

 即席の覆面の上から顔を押さえられ助けも呼べない。最も叫べたところで蒼穹の窮地を救える者などここには居ないはずだ。

「なら一発殴って、ぎゃふんと言わせれば……」

「こんな所にぼんやり立っていて何のつもりだ! 敵に見つかったらどうする?」

 背後からブロームの声が聞こえた。それを耳にした瞬間、蒼穹は握った拳を緩た。

 振り向くとそこには三人の饅頭型のブロームが居た。皆、腰巻一枚だったが声からして全員が男だった。どうやら蒼穹を助けようとしてくれた様だった。

「皆さんは?」

「君と同じだ。ヴィーマの襲来に逃げ遅れてここに潜んでいる」

 彼等は蒼穹がヴィーマと戦っているなどと誰ひとり思っていなかった。

「皆さん、城壁の方へ逃げないのですか?」

「城壁へ? 冗談じゃない。今更、城の方に行けるものか。ならここでほとぼりが冷めるまで待つ方がマシさ」

「ほとぼりって?」

「退避壕がある。逃げ切れない時はそこに身を隠すのが決まりだ」

「成程、そういう備えもあるんだ……」

「さあ、一緒に来たまえ。私達の家族や仲間もいる。君もそこに隠れると良い」

「いえ。今、離れ離れになった仲間を探している所で」

「どの辺りに居る?」

「多分、西の方に……」

「今、そっちに行ってはダメだ。あそこにはヴィーマの群れが固まっている。鉢合わせになれば君も食われる」

 群れとは先ほどの三十数匹のヴィーマの事だ。

「それはそうなんですが……」

「良いから君も来たまえ。隠れていれば君も安全だから」

「はぁ……」

 結局、蒼穹は諭されるまま、彼等の後を付いていった。

「あっちは善意で言ってくれてるから、断り辛いよ……」

 退避壕は街道沿いに築かれていた。石畳と同化する形で偽装された扉があり、地下へと伸びる階段と繋がっていた。

 地下へと降りるとそこはもう使われていない古くて大きな下水道跡だった。

 その中にノーム達がぎっしりと詰まっていた。色も形も大きさもばらばらだったがとりわけ小さなスライムが多い。多分、自分の足では早く逃げられない子供達だ。

「あら? スガイソラさん」

 突然、聞き覚えのある声が奥から聞こえた。現れたのはオレンジ色の饅頭型ノームだ。

「お姉さん!」

「やはりあなたでしたのね」

 ユーグレナの姉のアニソネマだった。

「おひさしぶりです……」

「あなたも逃げて来られたのですね?」

「いえ、その……」

「妹は一緒ではないの?」

「彼女は安全な場所に居ます。多分、ここよりもずっと……」

 蒼穹の答えにアニソネマは安堵する。

 彼女の周りには母親にすがるように子供達も居た。皆、怪訝な顔をしながら蒼穹を見詰めている。久しぶりにあった蒼穹の事をまだ怖い物としか認識していない様だ。

 いやそれだけではないだろう。こんな狭い空間に閉じ込められた上にヴィーマの襲撃に脅えるという状況が子供達にも強い緊張を強いているのだ。

「この子達にいつまでもこんな辛い思いをさせてちゃいけない」

 そして今の自分にはその為の力があるはずなのだ。こんな所で隠れている場合じゃない。

「やっぱりここを出ます。仲間の事が心配だ……」

 決意も新たに、蒼穹は隠し扉の前のブロームに言った。

「判った……そこまで言うのなら行きたまえ。そして友達が見つかったならまたここに戻ってくるといい。いいね」

「ありがとうございます。じゃあ、お姉さん。妹さんには退避壕の中で無事だったと伝えておきます」

「お気をつけて……スガイソラさん」

蒼穹ともう一人のブロームが階段上の扉を開けようとした。

 だがその直後、背後で凄まじい振動と共に天井が崩れる音がした。同時に大勢の悲鳴が石の壁に反響する。

「何だ!」

 既に退避壕の中は土煙で見えなくなる。

 蒼穹が扉から慌てて飛び出ると退避壕の真上に当たる石畳の上を刮目した。

 そこには退避壕の天井を踏み抜いたヴィーマが下半身を沈めたままでいた。

「この野郎!」

 蒼穹は石畳を蹴ると目の前のヴィーマに跳び掛かった。

 接触した瞬間、衝撃波を浴びせるつもりでいた。

 それが今の自分には出来るからだ。

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