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第42話

 一夜、明けて一行は王都の港に到着した。

「おお、懐かしきかな我が愛しのミネア・トラウン。まさか生きて再びまみえるとは!」

 もし島流しからの帰還ならばナベカムリは水平線から望む故郷の景色を見てそう皮肉るはずだった。

 だが港に付く前から全員が虚ろな気持ちで早朝の王都を見つめていた。

 原因は一時間ほど前、町から立ち昇る幾つもの黒煙の筋を発見した時からだった。

「何だよあれ……」

 蒼穹の声は震えていた。

 王都ミネアタウンの下町は火事の劫火に晒され、その中から無数の巻貝の様な殻が蠢いていた。

「ヴィーマの強襲か。軍船が襲われたのはこの余波だったのだ」

 燃え盛る王都を前にしてナベカムリは冷静に答える。

 王都はヴィーマの侵攻に晒されている最中だった。下町のひ弱な建物は破壊され敵の侵攻はワイズマーの居住区を囲む城壁にまで及んでいる。

「姉さん……」

 ユーグレナが恐怖で苛まれる。当然だ。あの炎に中に姉達が居るかもしれないのだ。

「皆、大丈夫だよな?」

「恐らくな。敵の攻撃があれば下町のノーム達も場内に避難する取り決めにはなっている。だがそれも敵の進行速度とノームの避難速度の兼ね合いがあっての事だ。しかもノームの居住地は各地から難民も集まっている事を鑑みると……」

「だから、何だって言うんだよ!」

「避難民を収容する前に門が閉められるているかもしれん。逃げ遅れた者はそのまま町に取り残される」

 ナベカムリは言い難い事実をはっきりと言ってしまった。

 それを耳にしたユーグレナは身に詰まされた末に気を失う。

「ユーグレナ!」

 蒼穹が卒倒したユーグレナを抱き抱えて呼びかける。だが彼女が目を覚ます事はない。

「しかし下町で起きている事を思えば、このまま気を失ったままのほうが……」

「もう良い! 沢山だ!」

 もうナベカムリの悲観論など聞いてはいられなかった。

 しかし彼が答えた現実は実際に目の前にあるのだ。

「ナベカムリ、ここでユーグレナと居てくれ」

「何をするつもりだ?」

「泳いで上陸する。プロテウスに会う前にやる事が出来た」

「一人で敵の背後を突く気か? 確かに今の貴様の力は我々すら超越している。だがその挙動や所作はまるで素人だ。生兵法は怪我の元、貴様がユーグレナほどの訓練を積んでいるのなら止めはしない。止めておけ、死にに行くようなものだぞ」

「言いたい事をズケズケと言いやがって……」

「友人としての助言だ。感傷的にではなく論理的に考えろ」

「論理的って、あそこはアンタの故郷だろ?! それが襲われてるんだぞ! それで良いのかよ! それとも何か? 島流しの恨みで燃えちまえって思ってんのか?!」

「私も辛い。貴様の何百倍もな。だが弟もここに居たならば同じ事を言ったはずだ。貴様の為にな!」

 ナベカムリの声には怒りが込もっていた。その声に蒼穹はたじろぐ。

「ごめん……言い過ぎた」

 蒼穹がナベカムリに謝る。彼も故郷の事を思い真剣なのだ。

「でも、俺、行くよ!」

 そう言って蒼穹は小舟から立ち上がった。

「ここまで言って聞かぬのか?」

「もう、隠れているだけってのは性に合わない」

「仕方がないな。ならば私も行こう……」

「ナベカムリ……」

「外からの来訪者がやると言って、地元の者が及び腰では立つ瀬がない。それに王都の中ならば案内が必要だ。だが生憎、ユーグレナはこの有様だ……」

「本当に良いのか? あんた宰相家の御曹司だろ?」

「むしろ食われる立場だった方だ。こんな出来損ない死ねば大勢がせいせいするさ……」

「それは……」

 そんな事はない。プロテウスも兄を愛しているからセル島まで足を運んできたのだ。

「それに私も覚悟を決めた。同じ死ぬなら故郷の土になるのが一番だ。最も私はまだこんな所で死にたくないがな」

「判った。だったら二人で行こう。お互い招かれざる客の意地って奴をみせてやろうぜ」

 蒼穹が海面に浮かぶナベカムリに飛び乗ると小舟が切り離された。

 小舟はユーグレナを乗せたままだ。

「このままここに漂流させておいて大丈夫か?」

「この辺りは潮の流れが緩やかだし戦場から離れている。考えようによっては敵の目にも付き難い。それにこの娘の事だ。目が覚めて自分ひとり置いて行かれたと判れば自力で最善を尽くすだろう」

 結局、二人はユーグレナを置いて王都の港へと侵入した。

「念の為、潜航する。奴等は海を乗り越えてくる化け物だ。何匹かがこの辺りに潜んでいるとも限らん」

「ちぇっ! また、アオコまみれか……」

 ナベカムリと蒼穹は潜水しながら港の岸壁へと到着した。

 幸い、二人が海中でヴィーマと接触する事は無かった。

 蒼穹が音を立てずに桟橋から身を乗り上げると周囲を警戒する。

 港も破壊の限りが尽くされていた。

 桟橋やその周囲では全ての船と港湾設備が焼きつくされていた。

 そしてここで働いていたはずのブローム達の姿はそこらじゅうに肉片の残滓があるのみで、生きた者の姿はどこにも見つからなかった。

「酷い……みんな喰われた後なのか?」

 その事実に蒼穹が顔を曇らせる。

「感傷には浸ってられないぞ。敵の姿は?」

「どこにも見かけないよ。とっくの昔に戦場が移った様だ」

「では、私も上陸しよう」

 ナベカムリも海面から這い上がると故郷の空に青い巨体を晒した。

「ああ懐かしき故郷の土の匂いよ……」

「感傷に浸ってるのはどっちだ?」

「全くだ」

「それでどう攻める」

「その前にこれに穴を開けて被って置け」

そう言いながらナベカムリが道に落ちていた布袋の切れ端を蒼穹に渡した。

「残念ながらここでは私も貴様も部外者だ。見た目は肥え太ったジイバと得体の知れない生き物でしかない。宰相家の威光など何の役にも立たないぞ」

 蒼穹は魔法で目と口のところに穴を開け、それを被った。

「よし、どこから見ても立派な不審者だ。誰も異界からの来訪者とは気付くまい」

「それでどうやる?」

「敵の最後尾から攻撃だ。そこで嫌がらせをしてやれ。本来なら中枢を攻撃したい所だが貴様の戦闘力から鑑みてそれが精いっぱいだろう」

「何だよ、もっと信頼してくれてもいいのに……」

「目的は飽くまで敵の分散だ。背後から奴等の注意を引き付ける事で城壁の守備隊を支援する。事を急いて無理はするな。これは持久戦であり心理戦だ。背後に邪魔者が存在している、そう思わせるのが肝だ」 

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