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第41話

 小舟は海戦の戦域から大きく離れていった。ここまで来れば軍船もヴィーマも追ってくる事はない。

「それでこれからの事だが……」

 ナベカムリが話を切り出すと今度は蒼穹が口を開いた。

「その事で皆に話したい事がある」

 蒼穹は彼女が持ってきてくれた服に袖を通しながら軍船の中でキロドネアが語った事を全て二人に話した。

 それを聞いてユーグレナが嘆く。

「私のせいだわ……私がもっと注意していればこんな事には……」

「ユーグレナは悪くないよ。悪いのは全部キロドネアの野郎だ。だから君が落ち込むことなんてないさ」

 そう言って蒼穹はユーグレナを慰める。

「そんな事よりもこの先の事を考えよう」

「その通りだ。時間は待ってはくれない。だが奴の陰謀の先回りが出来れば反撃のチャンスはある」

 ナベカムリの言葉に蒼穹も励まされる。

「とにかくプロテウスに一刻も早く会ってこの事を伝えよう」

「そうだな。弟なら事情が判れば何とかするはずだ。あれは私より賢い」

「そうさ。何たって俺たち自慢の宰相閣下なんだから」

「なら早速、出航だ。最大船速で頼むぜ」

 海中のナベカムリに曳航されながら小舟は王都の港を目指す。

 そして日が沈み夜が訪れた。ランタンの灯りの中でユーグレナが海図とコンパスで位置を正確に割り出す。その横で蒼穹がナベカムリに尋ねてきた。

「ナベカムリ、さっきアンタが言いかけてた事だけど……」

 それは彼が再開間際に言った言葉だ。

「貴様の体の変化の事か。だがそれは私の憶測に過ぎないぞ」

「良いから言ってくれ。なんだか中途半端ですっきりしない」

「ではまず初めに聞くが……スガイソラ、貴様、あの船上で何があった?」

「何ていうか……自分でも信じられないんだけど、魔法が使えた」

「魔法が?」

 海図から目を離したユーグレナが不思議そうな顔をする。

「ああ、ヴィーマに襲われる直前だったかな? 何ていうか体の中から何か信号みたいな物が伝わってきて……自分でも魔法が使えるって自覚が出来たんだ」

「どんな魔法だ?」

「体が石みたいに硬くなったり凄く高くジャンプ出来たり……あと掌からもの凄い波動が出てヴィーマの殻を簡単に壊した」

「物理防御魔法に体力増強魔法ですね。それと近接魔導衝撃波……全部軍用魔導共生体による戦闘魔法です」

「心当たりは?」

「船の倉庫で見つけた共生体を色々食い漁った。腹が減ってから……不味かったよ」

「それが原因か……」

「お待ち下さい。ソラは異界の住人です。共生体を摂取したからといって魔法が使えるとは思えません」

「だが実際にスガイソラは魔法が使えた。それは事実だ」

「じゃあ、あれって人間にも効くんだって事か」

「効くというより効きすぎでしょうに。私達でもただ摂取しただけでそこまで使える事なんてありません」

「だがこの際、問題なのはそこではないのだろ、スガイソラ?」

「うん……」

「薄々、気づいているのではないか? だから私に聞いてきた。確かめる為に」

 ナベカムリの言い方に蒼穹は口を閉ざす。

「でははっきりと答えよう。スガイソラ、貴様の体内では今、スライム化が進んでいる」

 その言葉にユーグレナが驚愕する。息が詰まり声も出ない。

 一方で当人は逆に落ち着き払っている。気落ちした様子もない。

「やっぱりそうか……」

「原因は前に貴様が指を怪我した時に私がその指を舐めた時だ。私は貴様の血を吸った事で自身の体内の変化を悟った。それと同じ事が貴様にも起こった。多分、私の肉体の一部が傷口を通して貴様の体内に進入したのだ。そして貴様の体を作り替えた……」

「じゃあ、それから三日間ほど高熱が出たのは俺の元の体が異物を排除する為に起こした拒絶反応か……」

「しかし拒絶反応は功を奏せず私の肉体の一部は貴様の体内に定着した。そして今度は逆にスライムと人間との肉体の間で相乗効果が発生した。魔法が使えたのはその為だ。互いが共生関係となったのだ」

「では、ソラの切られた首筋がすぐに治ったのも?」

「おそらくユーグレナが使った治癒魔法の効果の残滓が倍加されたのだ。そして今回の戦いで図抜けた戦闘力を発揮したのもそれが原因だ」

「じゃあ、俺はもう人間じゃないって事か……」

 蒼穹は大きく息を吐く。この世界に来ておおよそ驚くような事はもう無いと思ったがこんな一大イベントが潜んでいたとは夢にも思っていなかった。

 そんな蒼穹の気持ちを察してナベカムリが励ます。

「そう悲観する事もなかろう。逆に考えれば今の貴様は人間でもありブロームでもある。それは両方の特性を体内に宿した超生物という事だ」

「それはいい事なのか?」

「このダイラタントに適応出来た、神祖リーカに受け入れられた。そう考えてみればどうだろう? それに貴様は幸せだぞ。私を見てみろ。貴様の血を吸ったのに言語封印が解放されたのと体が無駄に大きくなった以外、何の変化もない」

「確かに……イシクラゲを余計に食わなきゃならないからな」

 そう言って蒼穹は笑った。

 だがその笑い声が乾いていた事にユーグレナは気付いていた。

 気丈には振舞っているがやはりショックは隠しきれていない。

 そんな悲し気な彼の背中を見てユーグレナは居ても立っても居られなくなる。

 そして思わず後ろから彼の背中を抱きしめた。

「大丈夫ですよ、ソラ。私が居て上げますから、怖い物なんてありません」

 思いも依らぬユーグレナの行動に蒼穹は体を固くする。

 正直、ナベカムリの話より彼女のその行動に困惑した位だ。

 だが彼女の体温と匂いが徐々に伝わって来ると落着きを取り戻す。

「そうだ大丈夫だ。なんせ俺には君が付いていてくれるんだから……」

 ユーグレナのやさしさに蒼穹は彼女の手を握り返す事で答える。

「だから俺は何も怖くない。何にだって立ち向かえる。そうだろ?」

「はい!」

「じゃあ、王都に急ごう。こんなところでグズグズなんてしていられない。自分探しなんてやっていられる場合じゃないんだ。頼むよ、ナベカムリ」

「任せておけ。王都の港まで一足飛びだ!」

 そうナベカムリが答えると小舟は闇夜の海で白波を切って進んだ。

 

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