第38話
そんな中、一隻の小舟が櫂も漕がずに海の上を進んでいた。
小舟の上にはユーグレナが乗っていた。
小舟は先ほどからヴィーマの群れに襲われる軍船の隊列に近づこうとしていた。
しかし殻付きの化け物がひしめき合う海上では、それも思う様に儘ならない。
「ああ、じれったい! ナベカムリ様、もう少し近くに寄れないのですか!」
ユーグレナは海面に向かって大声で叫んだ。すると海面からほどなく返事が返ってくる。
「無茶を言うな。あんな中に飛び込んだらこんな小舟ひとたまりもないぞ。今はここに待機して奴等が去るのをおとなしく待つのだ」
「でもグズグズ待っていたらソラが死んでしまいます」
「そうなれば、それが奴の運命だ。神からの采配なら受け入れるしかあるまい」
海の下からナベカムリの声が冷徹に答える。
だがそう言い返された瞬間、ユーグレナは猛然と宰相家の元御曹司に反論する。
「その言い方はあんまりです! ナベカムリ様はソラの事を友達と仰ったのに! 仰ったのに! ……なのに……ううっ……」
今度は打って変わってユーグレナの嗚咽が聞こえた。
「んああああああああああああ~~……」
そして最後には感極まって泣き出してしまった。
セル島からここに至るまで、ユーグレナは激しい情緒不安定に陥っていた。その様子は普段の彼女からは想像出来ないほどの荒れ様だ。
「ああ、私が悪かった。許せ、ユーグレナ! スガイソラは必ず生きている! 向こうが少し落ち着きさえすれば我等も動く事が出来るのだ。それまでの辛抱だ」
高位の宰相家出身のナベカムリも女の子に泣かれては形無しだ。
だがそんなユーグレナを拾い上げたのは外ならぬナベカムリ本人だった。
軍船の一団がセル島を去った後、ユーグレナは途方に暮れていた。
蒼穹をさらわれ別荘の中の召喚物も多くが壊された。
更に沖に出られる船は残らず破壊され島は孤立した。
幸い島民に負傷者は無かったがユーグレナに蒼穹を追いかける手段はない。
だがそこに事情を知ったナベカムリが救いの手を差し伸べてきた。蒼穹の血によって巨体となった体を使って海に漕ぎ出そうというのだ。
ナベカムリは体内に空気と海水をバランスよく溜め込み浮力を得ると、頭の上に小舟を乗せ海上で浮かんだ。そして蒼穹をさらった軍船を追ってここまで泳いで来たのだ。
触手をヒレに変え悠々と進む姿はまるで鯨か潜水艦の様だ。
だがふたりが軍船に追いついた途端、ヴィーマとの海戦に遭遇した。
今の状態では近寄る事さえ難しい。結局、ナベカムリが言う様に今は待つしかない。
だがそんな事はユーグレナにも判っていた事だ。




