第37話
「あいつら海を泳げるのか?!」
ヴィーマ襲来による船体の破壊は船倉の上の下甲板にまで及んでいた。
同時に蒼穹のいる天井の扉が衝撃で開放される。
「しめた!」
蒼穹は船底から立ち上がると力を振り絞って下甲板へと身を乗り上げた。
だがその瞬間、ヴィーマの長い触手が舟板を打ち、壊れた船体を大きく揺らす。
「あわわわわわわわわわわっ!」
蒼穹は振り回されまいと必死に船の柱にしがみ付いた。
その傍でノームの水夫達が悲鳴を上げながら右往左往している。
だが誰も脱出した蒼穹に構う素振りは見せない。皆が我が身を食われまいと大わらわだ。
その隙に蒼穹は下甲板を這いながら上を目指す。もう下甲板も最下層の船倉も海水が入り込み早々に水没するのは必至だった。
蒼穹は何とか梯子を伝って上甲板に出た。だがそこで見た光景を前に絶望する。
船の上は大混乱の渦中にあった。上甲板が前後左右に大きく揺れる中、水夫達は逃げ惑う。そんな彼等の前に幾つもの巨大なヴィーマの殻が波間に立ち並んでいた。
船はヴィーマの長い触手が絡みつき転覆寸前だった。
敵の前に水兵達が剣を持って立ち向かう。
しかし強大な触手が襲い掛かると、そのまま船から弾き飛ばされ海の藻屑と成り果てるか、捕縛され体内に管を突っ込まれながら吸い上げられるかされていた。
水兵が形無しでは手の打ちようはない。もはや船が沈むのも時間の問題だった。
そんな中、一隻の小舟が船縁から縄と滑車を使って降ろされていく。小舟の上にはキロドネア一行の姿があった。
「早く! 早く降ろさぬか! このままではヴィーマに食われるぞ!」
「あいつら、自分達だけ逃げるつもりか!」
どこまでも自分勝手な御側衆に蒼穹は怒りを覚える。
「待て! お前ら強いんなら戦えよ!」
船縁に身を寄せた蒼穹が小舟に向かって叫ぶ。
「スガイソラ! 貴様、生きておったのか!」
しかし小舟は瞬く間に海面に降ろされ、沈みゆく軍船を離れていく。
「待て! キロドネア!」
「ふんっ! 貴様の事は諦めてやる! ここでヴィーマに食われて果てるがいい!」
そうキロドネアが捨て台詞を残すと御側衆を乗せた小舟は瞬く間に蒼穹の前から離れていった。そしてまだ無傷の軍船に拾われた後、慌てて戦域から離脱した。
「クソ、あいつ本当に置いて逃げやがった! ……うわっ!」
船が再び大きく傾く。海の上は戦場だった。海面から白波が立つと海中のヴィーマが次々と姿を現す。そして海上で動けなくなった軍船に肉薄し水兵や水夫達を惨殺していく。
いくら海の要塞といえどもあそこまで取りつかれては為す術もない。
「これはいよいよ、危なくなってきたかな?」
既にアオコまみれの海の上はヴィーマの集団で埋め尽くされ、残された軍船の命運も尽きかけようとしていた。
だがこんな所で死んでたまるか。今の自分に生き残る為の特別な理由が無いにしても、あのキロドネアの思い通りに死んでやる必要は無いはずだ。
しかし敵の魔の手はすぐそこまで迫っていた。
一匹のヴィーマから振り上げられた触手が蒼穹の頭上へと落ちていく。
蒼穹は既に逃げ場を失っていた。
「うわあああああっ!」
絶叫の直後に触手は直撃し、蒼穹の立っていた上甲板が砕け散った。
その直下まで達していた海水が緑色の水柱となり、その殴打の凄まじさを物語る。
遂に菅生蒼穹の命運はこれで尽きたかに思われた。




