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第35話

四隻の軍船の戦列が海原を進む。潮の流れがどうかは知らないが艦隊が王都の港に到着するのに半日も掛からないはずだ。島に向かう往路の航海がそうだった。

 暗い船倉で目を覚ました蒼穹がそう予測する。

「さてこれからの俺の運命は……」

 その後の予測は簡単に答えが出せた。しかし口にもしたくない。

「だがこのまま生かしておく所からすると国王の前で斬首か……」

 御免被る。遠く故郷を離れて異国で露と消える。そんな殊勝な心掛けを高校生だった自分は持ち合わせてはいない。

「とにかくこの船から脱出しないと……」

 その為に残された時間は約半日、船が王都の港に到着するその時までだ。

 蒼穹は周囲を見渡した。

 逆巻く波に叩かれながら、船底一枚が隔てる。そこは軍船の最下層の船倉の中だった。

 周りには敷き詰められたバラストの床にいくつもの木箱や樽が置かれ、その隙間に縛られたまま押し込められていた。

 出入口は頭の上に鍵の掛かった小さな扉が一枚、低い天井のお陰で立てば頭の天辺で触る事くらいは出来たが頑丈でビクともしない。

「とにかく自由にならなきゃ……」

 縛られてはいるが幸い両腕の指は自由なままだ。

 蒼穹はバラストにされている小石の中から適当なものを拾いあげると指先の届く所の縄を鋭利な部分で擦り始めた。

「これで縄が切れれば……」

 しかし丈夫な縄を鈍らな小石の先で切るのは気が遠くなりそうな作業だった。

 手間取る作業に蒼穹は何度もくじけそうになる。

「クソッ! 船の中ってならセリーヌ・デュオンでも流せっていうんだ……」

 蒼穹は自分を奮い立たせようと軽口を吹いてみる。

 しかし先の見えない作業は行き詰まり指先が止まっていく。

 そしてしばらくぼんやりとした何もしない時間が過ぎる。

「結局、俺は何も果たせぬまま終わるのか……」

 考えてみれば浅く薄い人生だった。当然だ。むこうの世界の菅生蒼穹は平凡な一高校生に過ぎないのだ。波乱万丈の人生経験などあるはずがない。あるのは退屈な日常という規定路線の上の時間と空間だけだ。

 しかしここに来てからの一か月はそれまで生きた時間よりも凝縮され濃厚だった。

「なんせここに来て何回となく死にかけてるんだからな……」

 ならその濃厚な人生がキロドネアという男の出世の為に消えて良いはずはない。

「そうだ! あいつの為なんかに死ねるかよ!」

 そう言って蒼穹は再び奮い立つ。

 そして再び小石を拾い縄を擦る。だがまた挫けて手が止まる。そしてまた小石を拾う。

 それを何度も何度も繰り返している内に最初の一本目が切れた。

「しめた!」

 努力が報われた瞬間、蒼穹の顔に笑顔が戻る。同時に手首が幾らかの自由を得る。

 お陰で縄を切る効率がグンと上がり蒼穹の意気も上がる。

「もう少し、もう少し、もう少し……」

 船倉で蒼穹の孤独な戦いは続く。

 だがそんな時、頭の上の扉の鍵を開ける音が聞こえた。

 蒼穹の心臓が引きつるのと同時に縄を擦る指先が止まる。

 暫くして扉が開いた。

 ランタンの光と共に現れたのは特戦隊に囲まれたキロドネア本人だった。

「こう、落ち着いて顔を合わせるのはこれが初めてだったかな?」

 御側衆主席が厭らしく微笑むと蒼穹は強い眼差しで睨みつける。

「何の用だ、腰巾着!」

 だがその一言をキロドネアは鼻で笑う。

「ふん、愚鈍な負け犬の遠吠えだな」

「何だと?」

「なのに神はなぜ貴様の様な男をこの世界に使わせたのか?」

「それはこっちが聞きたいね!」

「しかし神は黙して語らずだ……もしかして自らの過ちに恥じて教えて下さらぬのかもしれないな……」

「馬鹿にしやがって!」

「おっと、それが理解できる知性は備えているか?」

「こんな事をして宰相が黙っていると思ったら大間違いだぞ!」

「ほほう……結局は大将頼みか?」

「人の事、言えるのか?」

「いいや。ただ貴様ら存外、脇が甘いと思ってな」

そう言いながらキロドネアは特戦隊の隊員の一人から一本の長物を渡された。

 それを見て蒼穹は目を丸くした。

「待て……何でお前がそれを持ってるんだ!」

 同時に焦りも覚える。

「触るな! それはお前の様な奴が触っていい物じゃないぞ!」

 しかしキロドネアは意に介する事もなく今度は分厚い書類の束を部下から渡される。

 そして蒼穹の前で読み上げた。

「フリントロック・マスケットに紙薬きょう。短期間でよくぞここまで調べ上げた事は褒めてやる。しかし船への荷づくりにはもう少し工夫が必要だったな」

 キロドネアは長物を構えると銃口を蒼穹の胸元に向けた。そして引き金を引く。

 狭い船内で雷の様な音が響き、キロドネアの顔が黒い煙で見えなくなる。

 蒼穹は打たれたと思って目を瞑った。しかしどこも痛くない。

「安心しろ、空砲だ。弾は抜いてある。貴様には今死なれてもらっては困るからな」

 そう言ってキロドネアは縮み上がった蒼穹を笑いものにした。

「俺を殺すんじゃないのかよ?」

「そのつもりはあるがすぐには殺さない。まずは貴様には宰相がこの銃を大量生産して内乱を企てようとしているという事実の証言をしてもらおう」

「俺にプロテウスを裏切れっていうのか?」

「その通り」

「馬鹿を言うな! そんな事、殺されたって御免だ!」

 蒼穹は大声で拒否した。

「それにそんなデタラメ誰が信じるものか!」

「だがこの際、事実などどうでも良い。必要なのは足元を掬い上げる為の口実だ」

「この下衆野郎! 性根の芯まで腐ってやがる!」

 蒼穹は御側衆に向かって汚い言葉を吐き捨てた。しかし噛みつけば噛みつくほどキロドネアを愉快にさせる。

「さて……異界の住人をおもちゃにするのにも飽きたな。だが貴様がただの馬鹿である事が判って大収穫だ」

「俺は絶対に貴様を許さないからな、キロドネア!」

「おお~怖い怖い。なら我々はこの薄暗い船底からお暇しよう。神が使わせた召喚者の怒りを買わぬうちにな。ボンボヤージュ。せいぜい短い船旅と楽しんでくれたまえ」

 キロドネアが勝ち誇った様に答えると天井の扉は音を立てて閉じていった。

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