第33話
「いけません、スガイソラ!」
ユーグレナが慌てて止める。しかし彼女の制止も聞かず、蒼穹は騒動の渦中に飛び込んでいった。
「止めろ! この人達が何をしたって言うんだ!」
「スガイソラ、引き返して!」
ユーグレナは尚も蒼穹を止めようとする。
だが暴力の前に血気に沸き立つ少年は聞く耳を持たない。
「ふん! あぶり出す前にノコノコ自分から出てきよったか、異界の化け物め!」
目の前に現れた蒼穹を見てキロドネアが大仰に言い放つ。
「おじさん!」
駆け寄った蒼穹が牧場主を抱き起こした。しかし彼は蒼穹を見た途端眉をひそめる。
「スガイソラさん……あんたが来ちゃ何もならない……」
「いいんだ。もう、いいんだよ……こんなの見てられない!」
蒼穹は牧場の皆を守るようにキロドネアの前に立ち塞がった。
「さあ、俺は隠れもしないぞ、御側衆! 煮るなり焼くなり好きにするがいいさ! だがな、これ以上ここの人達への暴力は俺が許さんからな!」
蒼穹は御側衆の前でも怯むことは無い。キロドネアに対して対決する覚悟も出来ていた。
そんな異界の来訪者を前にキロドネアも負けじと胸を張って威圧する、そして手を伸ばして蒼穹の覆面をはぎ取るとそのまま海に投げ捨てた。
大勢の水夫の前で蒼穹の素顔が露になった。
それを目にした水夫達は初めて見る異界の住人の素顔にどよめく。屈強で鳴らす海の男達でさえもその光景は受け入れ難く、誰もが身構えて蒼穹本人を警戒した。
そんな水夫達の態度を目にしてキロドネアは満足気な笑みを浮かべた。
「我等の前に隠れもせず出てくる勇気は認めてやる! だがその口の聞き方と短慮が祟って後で後悔する事にならなければいいがな」
「何だと?!」
「この化け物を連れていけ! そして船底にでも繋ぎ止めておくがいい!」
キロドネアが命令すると数人の水夫達が警戒しながら蒼穹を取り囲み拘束した。
だが今度はユーグレナがキロドネアの前に割って入る。
「お待ちください、御側衆主席、ブ・キロドネア様! スガイソラが拘束される理由をお聞かせ願います!」
「誰かと思えば宰相家の使い走りか……」
キロドネアは明ら様な言葉で彼女を見下す。
ノーム出身の娘の言葉に聞く耳持たないといった所だ。そうでなくても御側衆主席と宰相家のスカウターでは王国内での地位が天と地ほどの差がある。通常ならば意見すら無視されても文句は言えない立場だった。
それでもユーグレナは食って掛かる。
「スガイソラは宰相閣下預かりの身、それは国王陛下の御認めになった所のはず。にも関わらず彼を連れていくには相応の理由と手続きが無ければ認められないはずです。もし彼に何かしらの罪があるというのなら罪状をお聞かせ下さい」
主人が主人ならその手下まで小生意気な……。ユーグレナの言葉に御側衆は鼻を鳴らす。
だがここでの勝者は自分だ。勝者は余裕を知らしめねばならぬ。
「では貴様にも判るように理由を教えてやろう。まず我ら祖側衆の使命は陛下の身辺の警護と公務の補佐を第一にしている。だが他にも綱紀粛正の為、臣下の内偵調査も行っている。それは知っているな」
それはある程度、事実だった。だが実際は綱紀粛正とは名ばかりで、そこで仕入れた情報を元に国王が臣下へ嫌疑や難癖を付けるのが真の目的だ。
これにより嫌疑を掛けられた臣下は中央政治から遠ざけたり酷い時には逮捕、拘束の末に自害させる事もあった。事実、宰相家も歴史の中で幾人もの同族がその内偵により無実の罪を着せたれ失脚したり自害させられてきている。
それもあって内偵を行う御側衆を誰もが恐れ、そして忌み嫌ってきた。
そんな泣く子も黙る鬼の内偵調査を前にユーグレナは聞き返す。
「では御側衆様、今回の内偵で宰相閣下に不手際が見つかったという事ですか?」
「不手際かどうかは聖断によって決まる。我らはその素材を愚直に集め提出するまでが仕事。しかし私見では閣下の素行は誠に潔白、非の打ちどころがない。だがこの場にて看過出来ない情報が一つだけあった。それは宰相家によるスガイソラの処遇だ」
「それはつまりどういう意味でございましょう?」
「スガイソラがこの離れ小島に幽閉されているという情報が入ったのだ」
その一言にユーグレナは怒りに震えた。確かに今の蒼穹はこの離れ小島に居る。だがそれは閉じ込める為ではない。彼の安全を考えての最善の手段だからだ。
それも元を正せば目の前に居るこの男こそが諸悪の根源ではないか。
しかしキロドネアはそんなユーグレナを怒りを知らぬ振りして持論を展開する。
「宰相閣下の意図は未だ不明ではある。だが哀れな異世界からの来訪者が虐げられているのが現実ならば彼を救い出し、然るべき扱いを執り行うのが道理ではないか? 貴様の言う我らがスガイソラを罪人と扱うというのは全くの笑止。事実はその逆、彼の命の保護の為にこの島に参ったのだ」
「何、言ってやがる……さっき異界の化け物だって言ったくせに!」
蒼穹が平然と毒吐いた。だがそれをキロドネアは無視した。
しかしユーグレナにはキロドネアの言い分は看過できない。




