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第32話

 以降、蒼穹の深刻な偏食は何とか収まり体調も改善していった。

 彼の中の歯車が再び順調に回り始めたことにユーグレナの気持ちも軽くなる。

しかし何もない平穏な日はそう長くは続かない。

 それは白昼、海の向こうからやってきた。

「船だぁー! 港に船が何隻も押し寄せてきたぁ!」

 海の方で遊んでいた子供達が大騒ぎして母屋の方に戻ってきた。

 その騒ぎは昼食後の休憩で牧場でくつろいでいた蒼穹とユーグレナにも伝わる。

「何があったのでしょう?」

「判らない。船が何隻も入港してきたって言ってるみたいだけど……」

「何隻も? あんな小さな港にですか? それに今日は船の入港日ではありません」

「おじさん達は何て?」

「判りません。騒ぎを聞いて港の方に向かわれたみたいです」

「だったら俺たちも行ってみよう」

 二人は牧場の人々と共に港の方へと向かった。

 牧場を出た所の坂道から沖に浮かぶ四隻の物々しい船影が目に映った。

「あれは海軍の軍船です」

「軍船だって?」

 蒼穹がユーグレナに聞き返す。

「しかしこんな牧場しかない島に何の用でしょう。それにここは宰相家の所有地です。海軍もおいそれと入港できないはずですし……」

「じゃあ、プロテウスの身に何かあったて事か?」

 二人は嫌な胸騒ぎを覚える。

 そんな中、ユーグレナは船のマストの天辺に掲げられた旗印を目撃した瞬間、足を止めた。そして蒼穹と共に物陰の茂みに身を潜める。

「なっ、どうしたんだ?」

「マストの天辺の旗、あれは御側衆主席ブ・キロドネアの紋章旗です」

「御側衆の旗だって?」

 御側衆主席ブ・キロドネア。その赤いスライムの名を蒼穹は久しぶりに耳にした。

 だが途端に顔をしかめる。なぜなら蒼穹はその男に命を狙われているのだ。

「なら奴は俺を追ってここまでやって来たって事か?」

「それも海軍を抱き込むなんて……」

「なんてしつこい奴だ!」

 蒼穹は憤慨する。

「とにかく蒼穹はここで私と一緒に隠れて居て下さい。見つかれば面倒な事になります。覆面も忘れないで!」

「う、うん……」

 蒼穹はユーグレナの言葉に従った。しかし心の中では釈然としない。何も悪い事をしていない自分がただそこに居るという理由だけで命を狙われている。本来ならば自分がコソコソ隠れる理由なんてどこにも無いはずなのだ。

「ユーグレナ、もっと港の様子を詳しく知りたい」

「駄目です。あなたは命を狙われているのですよ。もし見つかったらどうするつもりです。ここはおじさん達に任せましょう」

「任せうようだって? 嫌だ! 自分の事をずっと人任せにしてたまるか!」

 そう答えると蒼穹は茂みから飛び出し港に向かって走り出した。

「駄目ですって! スガイソラ!」

 ユーグレナは蒼穹を止めようとする。

 しかし蒼穹は坂道を走って下ると、一旦、港に置いてあった木箱の影に身を隠した。

 桟橋では牧場の皆が停泊してきた軍船の水兵達とにらみ合っている。

「もう、行っては駄目だと言いましたよね!」

 後ろから追い付いてきたユーグレナが同じ木箱に隠れる。

 やがて船からタラップが降ろされると一人の赤いブロームが尊大な態度で下りてきた。

 ブロームは饅頭型の水夫たちとは対照的に似姿を成しワイズマーの衣装を纏っていた。

「キロドネアの野郎だ!」

 忘れもしない。蒼穹は桟橋に降り立ったワイズマーの名前を小さくつぶやく。

「やっぱりこの騒ぎは奴が原因か!」

「でもそれは国王陛下のスガイソラへの猜疑心が未だに晴れていないという証拠です」

「どうせ奴がある事ない事、言い含めてるんだよ。それにこれではっきりしたな。プロテウスが奴を島に入れる事を許可する訳がない。この騒ぎは奴の独断だ!」

 蒼穹は憤りながらキロドネアの動向を伺った。

 そして一番、悪い状況が訪れた。

 暫くにらみ合っていたキロドネアと牧場主のオクロモナスが口論を始めた。その末にキロドネアは手にしていたベクター用の鞭でおじさんの体を打ったのだ。

 それが引き金となり両者の間で一触即発の事態となる。

「駄目だ! 皆を止めないと!」

 蒼穹は隠れていた木箱から飛び出し桟橋に向かって駆け出した。

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