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第30話

事件が落ち着いた後、蒼穹は牧場の皆の前で覆面を脱ぎ改めて自分の正体を明かした。 

 皆が一様に驚きの表情を浮かべたが、何とか受け入れられた事に蒼穹は安堵する。

 ただ小さな子供たちが素直に泣きわめく姿を見てこの子たちに変なトラウマが植え付けられないか、それだけが心配だった。

 しかし蒼穹にとっての生活が落着きを取り戻したという訳ではなかった。

 異変が起きたのは事件の後からだった。

 食事の時、蒼穹は出されたスライムの肉を平然と平らげた。それが似姿になれないブロームの肉である事実を彼は知っている。

 だが問題はその後だった。

 蒼穹は一人になるとトイレや草むらに駆け込みそこで先ほどまで食べていた物を吐いた。

 心がジイバの肉を受け付けないのだ。

「結局、こんなんじゃ、俺もブロームもヴィーマと変わりないじゃないか……」

 否、違う。別種というだけヴィーマの方がマシだ。

 吐き続けながら蒼穹は涙ぐむ。

 だが吐き終わると今度は何事も無かったかの様に元の生活に戻っていった。同時にその事実を皆に悟られるのを恐れて神経をすり減らす。

 そしてナベカムリが畜舎に戻って五日目の午後、遂にユーグレナがそれを発見した。

 修理を終えた別荘から彼が不意に外に出て物陰で吐瀉する現場を偶然、目撃してしまったのだ。

 蒼穹の体調がおかしい事には気付いていた。頬がこけ足元がふらつき普段からまるで元気がない。そうでなくても彼はこの前まで三日間ほど熱にうなされて寝込んでいたのだ。

「スガイソラ!」

 ユーグレナは吐き続ける蒼穹に駆け寄って彼の体を支えた。

「ごめん……最近また調子が悪くて……」

 見られた蒼穹はばつが悪そうに苦笑いを浮かべた。

「どこか痛むのですか?」

 その時、ユーグレナは蒼穹が吐いた本当の理由に気付かなかった。その為、蒼穹が吐いてスッキリしたから大丈夫だという言葉をそのまま信じてしまった。

 だがその日の夕食で食事に一切手を付けなくなってしまった蒼穹は食堂を離れた途端、遂に廊下で卒倒した。

 ユーグレナは慌てて蒼穹を部屋に運び寝かせると彼を問い詰めた。

「どうされたのですか? 最近のあなたは変です!」

「変って……俺はいつだって変な生き物だよ」

 蒼穹は青い顔をしながら話をはぐらかす。

「そう意味ではありません。今日はまるでお食事を摂られてません」

「そんな事ないさ……そんな……」

 やがて言葉が途切れ途切れになる。空腹でしゃべる元気すらなくなってきた証拠だ。

「何か悩み事が……もしかしてナベカムリ様が仰った事が原因で?!」

「それは……」

 蒼穹は答え半ばで口を閉ざす。

 ユーグレナは自分の予想が大方当たっている事に気づいた。

 結局、根負けした蒼穹は自分はスライムの肉が食えない事を初めて告白した。

「ごめん……頭では判ってるんだ。これがこの世界のルールだって事は。でもやっぱり……あの皿の上に盛られたモノが人の言葉をしゃべってんだと思うと……」

 それを聞いてユーグレナも胸が痛む。

 何故なら同種族、いや同じ仲間を食べるという行為はブローム達にとっても心憂い事実だったからだ。

 だがブロームの宗教観や価値観はそれを考える事すら禁忌としていた。

 勿論、理由は先日のナベカムリの言葉通りだ。

 その慢性的な飢餓を避けるためブローム達は共食いという最後の手段を取り、恒常化させてきた。しかしそれを乗り越えねばこのダイラタントは生きる術はない。

 だがやはり仲間を食べるという行為に対して生理的な反発もある。だから彼女も蒼穹を責めたりは出来なかった。

「判りました。ではおかみさんに頼んで明日から食事を変えていただきましょう」

「向こうは気を悪くしないかな……」

「心配ありません。異世界の方なら食事が合わない事に理解を示して下さると思います。でもお辛かったでしょうに……」

「……」

「大丈夫ですよ。そんな事よりあなたが体を悪くする方が私には心配です。それに私、少し怒っています」

「ごめん……迷惑ばかりかけて……」

「そうではありません。水臭いじゃないですか。悩んでいるなら倒れる前に打ち明けてほしかったです」

「でもそれじゃあ……」

「それが水臭いって言ってるんです。私はあなたのお世話を宰相閣下から賜ったのですよ。前にお給料の中に入っているといったはずです。あと、あなたは他人に気を使いすぎです。もっと気楽にして下さい。そんな事よりお腹空きません?」

「あまり食べたくないんだけど……」

「じゃあ、少しだけでも口に入れましょうよ。夕食は食べてないですよね」

「うん……」

「じゃあおかみさんに何か頂いてきますから待っていて下さい」

 ユーグレナは一旦、蒼穹の元から離れると食堂に戻った。

 台所ではおかみさんが気を利かせて粥を作ってくれていた。

「スガイソラさんに持って行って上げて」

「ありがとうございます。おかみさん……」

「ボーイフレンドが早く元気になると良いわね」

 ユーグレナは照れながらおかみさんに礼を言うとすぐに蒼穹の部屋に戻った。

 蒼穹は寝たまま待っていた。

 ユーグレナは匙で粥を掬うと蒼穹に食べさせる。

「どうです?」

「やさしい味だ……」

「食べられそうですか?」

 蒼穹がうなづくとユーグレナは安堵した。しかしいつまでも流動食ばかりとはいかない。異界の住人と言えども固い物や肉っ気は必要なはずなのだ。

「でも本人が嫌がってちゃ意味は無いわ。ここは根気よくがんばらなくちゃ」

 今はそう自分に言い聞かせるしかなかった。

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