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第29話

 蒼穹は外に出ると天を見上げた。蒼穹は晴れ渡り昨日までの嵐が嘘の様だ。

「どこから探します?」

「牧場の方はここの人達が探しているだろうから、俺達は別荘の方を探そう」

「判りました」

 二人は仕事場である召喚物の別荘の方へと向かった。

 別荘に到着した途端、二人は声を上げる。

「ビンゴだよ! ユーグレナ」

「ああ、別荘が……」

 入り口の扉は破壊され何者かが侵入した後があった。決して昨夜の嵐のせいではない。

中に入ると被害は更に増していた。書庫は荒らされ奥の坑道ホールでは幾つもの召喚物が押し倒されていた。

「そんな……酷い。ブロームの共通の財産だというのに」

 目の前の惨状にユーグレナが嘆く。

 その坑道の中央で蒼穹達は目当てのものを見つけた。

 青いジイバはドロドロの不定形状態となり坑道の地面の上で池の様に広がっていた。

「おいっ! 昨日の今日で一体、どういう料簡だ!」

 蒼穹は青いジイバに言い放つ。ジイバは体の一部をゆっくり隆起させるとそれを似姿に変えていく。

 しかし似姿は不完全でまるで子供の作った泥人形の様だ。

「何だ? 何の真似だ?!」

 蒼穹が問い詰めると青い水泥人形から人の声が聞こえた。

「これだ……この有り様だ。宰相家の家に生まれて幾星霜……。弟と身を分けたというのに……ただ似姿になれぬという理由でこの屈辱……」

 聞こえてくる声に蒼穹は思わず息を飲む。

「お止め下さい、ナベカムリ様!」

「言うな、ユーグレナ! たかがスカウターの分際で図が高いぞ!」

 静止しようとしたユーグレナを逆に青い泥人形が叱り飛ばした。

「何だよこいつ……何者なんだよ」

「ナベカムリ様です……」

「だからそのナベカムリって……」

「宰相閣下の双子のお兄様です!」

ユーグレナの答えに蒼穹は茫然とした。そして戸惑いながらも聞き返す。

「お、お兄さん?」

「はい……正真正銘、血を分けたご兄弟様で御座います」

 確かにその声の響きはプロテウスにそっくりだった。

 しかし蒼穹はまだ信じる事が出来ない。

「兄弟って、何でプロテウスの兄さんがこんなところにって……本当に兄貴なのか?」

「そうだ……私の名は……ブ・ナベカムリ。かつてこの国の宰相の椅子の最も近かったワイズマー。そのなれの果てだ……」

 蒼穹の疑問を青いスライムが肯定する

「じゃあ、本当にお兄さんとしてだ。それが何でこんな離れ小島にいるんだ? 何かやったのか?」

「いいや、むしろ出来なかった事でここに流された……」

「どういう意味だ?」

「それを知るとこの世界の禁忌に触れる事になるぞ、異界からの友よ」

 異界からの友よ。確かに先日、蒼穹はこの青いスライムと友達になろうと約束した。

 だから蒼穹が異界からの友と呼ばれても間違いではないのだが……。

「ああ、確かに俺とお前は友達だ。ナイフで切られたって友達は友達だ」

「痛み入る……」

「なら何があったが話してみろよ。でもはぐらかしたら承知しないぞ」

「判った……。では答える前に聞くが、異界の友よ。貴様はブロームが似姿になる意味についてどこまで知っている?」

「ブロームが似姿になるのは神様への信仰の証だ。それと大人になった証だって聞かされてるよ」

 蒼穹は宰相邸に訪れたメロシラ王女の事を思い出す。

「確かに似姿への変形は信仰や成人の証とされる。だがそこには恐るべき真実が隠されている」

「恐るべき真実だって?」

「では再び貴様に問おう。この世の全てのブロームが一つの例外もなく大人になれば似姿になれると思うか?」

「例外なくか? そんな事は無いだろうな。身体の都合で変形したくても出来ない個体なんか幾らでもあるはずだ」

「では似姿になれないブロームはどうなる?」

「何だよ、こっちが聞きたいのに、質問の多い奴だなぁ。どうなるって生きてるんじゃないのか? 現にノームの町で似姿をしてない饅頭型を俺は幾らでも見てきたぞ」

「それは違う。ノームの町に居るそれらの連中は常に似姿を保てという法律や教義に順奉する精神に乏しい堕落した者達だ。似姿になろうと思えばなれる連中ばかりだ」

「じゃあ、なれないブローム達はどこに居るんだ?」

「どこにだと? ここに居る。この牧場に居るブロームの三分の一は子供の頃、似姿になれないという理由だけで社会から弾かれた者達だ。そして残りはここで生まれたブロームの子孫達だ」

「って事は皆はここで余生を送るって事か……」

「愚か者! その頭に付いている二つの視覚は節穴か? 貴様、港で船に積み込まれていく精肉を見た事は無いのか?」

「精肉って、それくらいは……おい、まさか!」

 ナベカムリの言葉の意味を察した瞬間、蒼穹の顔色が瞬く間に真っ青に変わる。

「そのまさかだ! この島に送られたブローム達は社会から間引かれた末にここに流されてきた者達だ。そして殺されて精肉にされた挙句、王都に戻され誰かの腹の中に納まる運命にある!」

「そ、そんなの……そんなの嘘だ!」

 蒼穹は懸命に否定した。

 なら今日まで自分が食べてきたジイバの肉とはブロームの誰かの肉という事になる。

「だが嘘では無い。似姿に成れぬ者はブロームとして扱われない。代わりにジイバとして仲間に食われる。それがブロームの世界の掟だ。そして神の似姿になる事に意味は無い。ただ選別の理由として似姿があるに過ぎないのだ」

 ナベカムリの言葉に蒼穹は翻弄される。蒼穹は人間であり彼等とは異種族だ。しかし今まで共に暮らしてきた仲間である事に違いない。

 そんな彼等を何の疑問も抱く事なく食べ続けてきた事実に蒼穹は吐き気を催す。

「選別だって……」

「有史以来、神から授かったものの、この土地は食料が少なかった。イシクラゲを食むだけでは栄養が足りないのだ。だから誰かが選ばれて犠牲になり食われる事になった。その選別の方法が似姿になれるか否かの二択だった」

 それは冷酷な命の選別だ。

 そしてあまりにもグロテスクな真実だった。

 打ちひしがれた蒼穹は体がふらつき、その場で両膝を着く。

「じゃあ、あんたも食われる運命なのか? ナベカムリ……」

 蒼穹がおもむろに尋ねる。

「そうだ。法によって王族すら食われる対象だ。私もいずれは食われる。そして何時、食われるとも判らない、その絶望と恐怖に苛まれながらなここのジイバ達は今を生きている。この苦しみ、貴様に判るか?」

 ナベカムリの問いに蒼穹は言葉も出ない。

「しかしここは宰相家の牧場だ。弟の手心によって幾らかは生き長らされている。それも事実だ。一方でそれが先に食われる他のジイバから怨嗟を買い、私はここでも孤独なのだ。だが貴様の出現で変化が訪れた」

「俺のせいで変化だって?」

「数日前、私は事故で貴様の血を吸った。それ自身は何の意味も無い戯れのはずだった。だが体内に取り込んだ貴様の血は私の体に変化をもたらした。封印されていた言葉が再び甦り、昨夜には突然、体までもが異常に大きくなったのだ。体質の変化、それは私の中で希望が生まれた瞬間だった。だが貴様との再会でその希望は潰えた」

 再会とはナベカムリが蒼穹を襲撃したあの嵐の夜の事だ。

「私はより多くの血を貴様から取り込もうと賭けに出た。そうすれば体内で更なる変化が起き似姿へと変形できうるかも知れぬと思ったからだ。だが賭けは失敗に終わった。二度目の吸収では何の変化も訪れない。それに貴様の体液の味も変わっていた。もう私には……いや、ほかのブロームが飲んだところで誰の体にも変化は起こさないはずだ」

「……」

「これが私の話せる全てだ。何か他に聞きたい事はないか?」

 蒼穹は何も答えられない。洪水の様に流れ込んできた事実の前でただ翻弄され思考が追い付かないでいる。

 そんな中、外から牧場主の声が聞こえてきた。

「どうも迎えが来たようだ……。ありがとう、スガイソラ。貴様のお陰で久しぶりに夢が見れた。それに他者と会話もできた。それは素直に嬉しかったぞ。知性を持つ者と持たぬ者を隔てる物は言葉ではないか。そう私に思い出させてくれた」

「ちょっと、待って! アンタ、これからどうするんだ?」

「私は畜舎に戻る。また明日から食われる日を待ちながらイシクラゲを食む生活が続く。あと、牧場で騒ぎを起こした事、貴様の体を傷付けた事、別荘を少し壊した事は素直に謝罪する。坑道を隠れ家と選んだ事に他意は無い。ただ身を隠す場所としてここしか思い浮かばなかっただけだ。申し訳ない事をした。ではさらばだ」

 そう答えるとナベカムリは泥人形を解き不定形の形状のままズルズルと別荘の外へと移動を始めた。

 それを蒼穹とユーグレナは黙って見守った。

 何も答えられない。そして真実に置き去りにされたまま頭の整理が追い付かない。

 仕方なく蒼穹はその場に腰を下ろすと、じっと坑道の地面の上を見つけた。

 そんな蒼穹を前にしてユーグレナも掛ける言葉を失っていた。

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