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第22話

 次の日、プロテウスは港の据え付けの船で王都へと帰っていった。

 一方で島に残された蒼穹とユーグレナは召喚物の解析を早速、始めた。

「さてどんな方法で仕事を進めようか」

 蒼穹は一万点以上に及ぶ召喚物を記した目録の前で唸ってみせる。

「まずは目録から武器らしき物を探し出しては如何でしょうか。とりあえず1冊分を調べてそれがどんな用途の武器かを私に教えてください。ブロームでも使えそうならば候補として残し最終的に現物を調べてはどうかと」

「取り合えず一冊づつだね。年号は新しい物から調べよう」

「なぜです?」

「一番古くて三千年前だっけ? そんな武器がどんなに丁寧に保管されていたとしても原型を綺麗に留めているとは思えないからさ」

「そうですね……。判りました」

 算段の末、二人は調査を開始した。しかし目録は一冊分でも数百ページある。それを丹念に調べていくのは骨の折れる作業だった。

「あ~、目が疲れる……」

「無理はしないで下さいね。先は長いですから」

 ユーグレナはお茶を煎れながら蒼穹を労わる。

「どうです? 見つかりました?」

「あった、一つ目が見つかった。しかしこんな物が召喚されてたなんて……」

「どれです?」

 ユーグレナが目録をのぞき込むと蒼穹が指差した。

「これ、この細長いやつ」

 目録のイラストには先端が尖った弓矢の矢の様な武器が描かれていた。だが武器は弓矢よりも遥かに大きく槍に近い。

「何です、これ?」

「空対空ミサイル……確かサイドワインダーって名前の奴だ」

「クウタイクウミサイル?」

「音速で空中を飛んで飛行機を撃墜する誘導兵器だよ」

「はぁ?……」

 しかし蒼穹が説明してもユーグレナは要領を得ない。まるで知らない魔法の呪文を聞かされている様だ。

「それで我々に使えそうですか?」

「その前にユーグレナ、電子機器とかロッケト燃料って言葉、聞いた事ある?」

「いいえ、初耳です」

「なら多分……っていうか絶対無理だろうね。魔法で制御出来るかもって最初は思ったけど、中身の仕組みが判らないとブロームの優秀な魔法使いでも扱う事は不可能だと思う。はっきり言えば俺にだってお手上げだ」

「そうですか……」

「これからは兵器でも明ら様に無理っぽい物は外していくよ」

「お願いします」

 その後も蒼穹は目録を見続けた。だがおおよその目安は付けている。ブローム達の戦いの助けになって彼等でも生産可能な物となれば……。

「あった、これだ……ユーグレナ、これを見てくれ」

「何です、これは? これも槍に見えなくもないですが……」

「ライフル銃って言って火薬の力で鉛の弾を飛ばす兵器だ。俺の居た時代でも使っている兵器だ。槍みたいなのは確か銃剣っていう補助武器だよ」

「強いのですか?」

「戦士が着る鎧に穴が開けられる。多分、それ位の威力が出るはずだ。それも簡単な訓練で離れた所から誰にでも。どうだい?」

「それって凄い事です!」

「それじゃあ、ユーグレナも目録から似た物を探してくれ。それと書棚の中からライフルや銃関係の書籍も探し出そう」

 その後、目録と実物の調査は一週間ほど続いた。その中で目録から見つかった初歩的な銃火器は十七丁。更に実物を調べた結果、保存状態が良く実動にも耐えられる銃火器が六丁ほど発見された。更に火薬や薬きょう、書籍も見つかった。書籍は英語で書かれた専門書が一冊と日本語で書かれた雑誌が一冊だけだった。

「さて、こんな物かな……」

「お疲れ様です。大成果ですね」

「そうとも限らないよ。これが本当に使えるかどうかはこれからだよ。実際、見つかった火薬は古くて全部駄目になってた。それよりも働きっぱなしだから疲れた……」

「では明日はお休みにしましょうか」

「そうしてくれると有難い。ここ一週間、ずっと部屋の中に閉じこもりっぱなしだったからね……」

作業が済むと二人は別荘を出た。周囲はすっかり暗くなっている。

「ところで前から聞こうと思ってたのですが……」

 歩きながらユーグレナが訊ねて来た。

「前に仰ってた閣下がメロシラ様に送られたプレゼントの話です」

「ああ……あれがどうしたの?」

「いいえ、感心しまして。よくあなたの頭の中でそんなやり方が浮かんだんものと」

「俺の頭の中って、何か引っかかる言い方だなぁ」

「すみません……」

「いいよ、別に。訳を聞きたいんだろ?」

「はい」

「別に大した事じゃないよ。俺にもよく似た経験があったんだ」

「経験?」

「昔好きな女の子が居たんだ」

「そうなのですか?」

 会話が思わぬ方向に転がっていく。その事にユーグレナは心の中で驚いてみせる。

「その子はね、利発で勉強も運動も出来てクラスの人気者だった。その分、俺なんかには高嶺の花でね。会話だってまともに出来なかった。でもそんな時、皆でその子の誕生会をする事になったんだ。けどあの時の俺も閣下みたいに何をプレゼントするかで悩んだんだ。女の子に贈り物なんて生まれて初めてだったから。それで悩んだ挙句どうしたと思う?」

「どうされたのですか?」

「直接、本人に聞いてみた。ありったけの勇気を振り絞ってね」

「まあ! それは大胆ですね」

「それで返ってきた答えがそれ」

「成程、それで何を送られたのですか?」

「勉強に使うノート五冊」

「えっ?!」

 蒼穹のプレゼントのセンスにユーグレナは耳を疑う。

「あっ。今、プロテウスが送った首飾りの方が数万倍マシだって顔したな?」

「いえ、その様な事は……」

「だって、しょうがないだろ? あの時はまだ小学三年生だったし小遣いだって限られてたんだ。新品のノート五冊があの頃の俺の精一杯だったよ」

「それで、お相手は喜んで下さいましたか?」

「喜んでくれたよ。性格のいい子だったから何の捻りの無いノートでも嫌な顔せず受け取ってくれた」

「それは良かったですね。それでその女の子とはどうなったのですか?」

「普段からしゃべれる位には仲良くなれたよ。まあ、それ以上の進展も無かったけど」

「でも良かったですね。友達になれて」

「良かったよ……。今でも友達なんだ」

「えっ! ならその後にでも自分の気持ちを打ち明けては良かったのでは?」

「もう彼女には彼氏が居るし、俺の出る幕なんか無いよ」

「あら……」

「でも、今思うと確かに言ってみても良かった気がするよ……昔好きだったってね」

 蒼穹の声が沈んでいく。当然だ。もうどんなに願っても今の蒼穹にはその女の子に自分の過去の気持ちを打ち明ける術はないのだから……。

 そんな彼の気持ちを思うとユーグレナも胸が締め付けられる。

「普段、明るく振舞っていても、やはり、この人は寂しいのね……。でもそれは当たり前の事だわ。彼にとって全く異質な世界に放り込まれたんだもの……」

 しかし今のユーグレナに蒼穹の苦しみを消し去る術はない。

 リーカの環は既に失われ、彼を元の世界み戻す望みは消えたのだ。

 結局、自分に出来る事と言えば彼の境遇に同情し共に眉を曇らせる事だけだ。

 そして自分自身の無力さに落胆するしかなかった。

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