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第21話

 プロテウスが別荘から出ていくと坑道の中は蒼穹とユーグレナだけになった。

「相変わらず忙しい男だな……王都から離れた時くらいのんびり出来ないのか?」

「閣下の多忙は全て国家の為です。あの方の双肩にブロムランドの行く末が掛かっているのです。そんな事は言わないで上げて下さい」

「判ってるよ。でも休ませて上げなくちゃ身が持たないぞ」

「それこそ閣下は重々承知の上です」

「ほんとかい?」

「現にこの後も……」

 だがユーグレナは会話の途中で口を閉ざした。

「この後、何なの? どこかで酒でもかっ食らってるって言うのか?」

「いいえ、その……気分転換をされてるはずです」

「なら良いけど……」

 その後、蒼穹は保管庫となっている坑道の中を探索した。同時にその量に圧倒される。

 召喚物は大小合わせて一万点以上、それらが丁寧に梱包されていた。

「参ったな……こりゃ調べるだけで何年掛かる事か……」

「目録を使いましょう?」

「目録?」

「召喚物は一つ一つに番号が振られデータで纏められています。そこから最初に調べ出して検討を付けては如何でしょう」

「成程ね」

 二人は書棚のある部屋に向かい目録を取り出した。そして敷物の上で広げてみる。

 ユーグレナの言った通り召喚物には一つ一つ番号が振られた上に召喚日と寸法、編者の書簡が添えられていた。だが何よりも有難かったのは写実的で精密なスケッチが添付されていた事だった。

「綺麗な絵だな……誰が描いたんだろう?」

「先々代の宰相閣下です」

「先々代って事はプロテウスのお爺さんが?……」

「宰相家では政界引退後はここで召喚物の整理に当たるのが習わしとなっています。ですが先々代様は6年ほど前、ヴィーマの侵攻前にお亡くなりになっています」

「でも待てよ。だったら今は閣下の親父さんがここに居なきゃおかしいんじゃないか?」

「先代の宰相閣下は3年前に突然の発作に襲われお亡くなりになりました。その後を急遽、プロテウス様がお継になられたのです」

「それはお気の毒に……」

「ですが閣下はそこで泣く事も無ければ挫ける事も無く毅然と立ち政務に励んでおられます。あの方こそ上に立つ者の鑑です」

「確かに、大した男だよ。俺には到底、真似出来ないや……」

「ご心配なく。閣下の志と能力を真似出来る方など、もうこの世界には居られません」

「ご最も……」


 日が少し傾き始めると二人は別荘を後にした。そしてこれから当分お世話になる牧場主の家へと向かう。

「この島にはどれくらいのノームが働いているんだろう?」

「およそ二百人十三家族と聞いております。子供達も含めてですが……」

「じゃあ、その子達を怖がらせない様にしないとな。もうユーグレナの姉さんの時みたいなのはこりごりだ……」

 そんな事を話し合う道すがら蒼穹は張り巡らされた柵の内側でプロテウスを見つけた。

 プロテウスは一匹の青い家畜用ジイバと戯れていた。

「へえ、宰相閣下も動物好きな所があるんだ……冷やかしてやろう」

それを眺めていた蒼穹は背後からプロテウスに近づこうとする。

 しかし蒼穹の動きをユーグレナが慌てて止めた。

「いけません! せっかくの宰相お一人の時間を邪魔しては!」

「ええ、良いじゃん。友達同士なんだしさ」

「駄目です。あればかりは閣下をお一人にさせてあげて下ださい!」

 そう言ってユーグレナは頑なに前を遮る。

 仕方なく蒼穹はプロテウスに背を向けると牧場から離れていった。

 だが戯れている割にはジイバの背を撫でるプロテウスの表情はどこか悲しそうに映った。


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