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第20話

 船が緑色の波を切って進む中、マストの天辺で水夫が叫んだ。

「セル島が見えてきたぞー!」

 皆が船主に立つとその中に蒼穹とユーグレナも居た。

「あれがセル島か……」

 目の前の島は小島などではなかった。およそ淡路島と同じ面積を持つ平らな島だ。

「島の主な産業はジイバ、畜産になります。島全部が宰相家所有の牧場となっています」

「そりゃ凄いや。牧場の若きオーナーって訳か」

 船はセル島の小さな港に接岸された。

 三人が上陸するとそれと入れ違いに島で加工された肉が船に積まれ、代わりに日用品や農機具が降ろされていく。

 そして港に集まっていた島民達による荷物の運搬が始まった。船の周りでは大勢の子供達が跳ね回り、まるでお祭りの様にはしゃいでいた。

その港の中で蒼穹はこれから世話になる牧場主夫婦を紹介された。夫の名前はオクロモナス、妻はスプメラ。二人とも大きな体で頼りがいがあるノームの夫婦だった。

「さて宰相閣下、ベクターが用意しておりますからこちらに……」

 牧場主のオクロモナスが親切に言ってくれたがプロテウスはそれを断った。

「悪いが歩いていく。坂道だがそんなに遠くないからな。近頃、運動不足で体が訛っているんだ。それとその足で坑道の方へと寄っていく。荷物だけ頼む」

「仰せのままに」

 三人は牧場主に荷物を預けるとその足で島を周回する本道を歩き始めた。

 本道と言っても土を押し固めただけの田舎道だ。

 牧場はすぐに目の前で視界に飛び込んで来る。

 しかしそこで見えたのはのんびりと牧草を食む牛の姿ではなく黒いイシクラゲを芝刈り機の様に飲み込んでいく家畜用スライム、ジイバの姿だった。

 蒼穹にとって食べた事はあっても生きたジイバを見るのはこれが初めてだった。だが大きさも形も饅頭型となったブロームと差異は見受けられない。

「のどかな光景ですね……」

 ユーグレナがため息を吐きながらつぶやく。蒼穹には異様な光景でもブロームとっては癒しの空間なのだろう。

 牧場を見学しながら蒼穹は宰相に尋ねた。

「プロテウス、覆面を外していいか?」

「ここでなら良かろう。しかし他の誰かと会うときは気を付けてくれ」

 宰相の許可が下りると蒼穹は覆面を外した。

「ふう……」

 山から海に降りていく風が覆面で蒸れた肌を撫でて心地よい。

「暫く歩く。今のうちにここの環境に馴染んでおくと良い」

「それで今からどこに行くんだ?」

「貴様の仕事場だ、スガイソラ」

「仕事場?」

「良い働き口を紹介してコキ使ってやろうと思ってな……」

 三人が本道から脇道に入り坂道を昇り続けると岩山の前に到着した。平らな地形の中に疣の様に突き出た岩の塊で小高い丘の様な山だった。

 その岩山の麓に石造りの別荘がある。プロテウスが鍵を取り出し扉を開けた。

「さあ、入れ」

 中に入ってまず初めに目に飛び込んできたのは何段にも積み重ねられた巨大な書棚だった。明らかに離れ小島の小さな別荘にしては不釣り合いな蔵書量だ。

「なんだここ、図書館か?」

「説明は後でする。次はこちらだ」

 プロテウスは部屋の奥に進むともう一つの扉を開けた。

 扉の奥は暗く、そこが岩山を掘った坑道だと気づいたのは暗さに目が慣れた時だった。

「何だよここ?」

「言ったはずだ、貴様の仕事場だ」

「仕事場って本当に俺をここに閉じ込めておくつもりか?」

「そんな事はしない。やるんならとっくに殺っている。御側衆共の手を煩わせる前にな」

「怖い事言うなよ……」

「はははは……」

 宰相が笑いながら傍にあったランプに火を灯すとそれを持って坑道の奥へと進んだ。

 岩が切り立つ通路を抜けると広いホールの様な場所に到着した。

 そこには布を掛けられた大小様々な塊が幾つも置かれている。

「何だよこれ?」

「試しにどれでも良い。自分の手で布をはずしてみろ」

 蒼穹は言われるがままその中のひとつの布を外した。たいした大きさではない。

 だがその布の下から見慣れたものが姿をあらわす。

「炊飯器?!」

 蒼穹は我が目を疑った。だが確かにそれは炊飯器だった。それも自分の母親や祖母が使っていた頃の表面に花柄をあしらった電気炊飯器だった。

「貴様にも判るか?」

「ああ、間違いなく電気炊飯器だ」

 プロテウスが尋ねると蒼穹はうなづく。

「でも何でこんな物が?」

「貴様と同じだ。リーカの環から出現した召喚物だ。神からの贈り物と称して聖遺物と言う者も居るがな」

「この坑道にある全部がそうか?」

「そうだ、リーカの環から現れた召喚物は全て宰相家が回収し、この坑道に保管している。それも王国成立から今までな」

「成程……」

「しかしここにある召喚物のほとんどの正体を我々は理解しえない」

「じゃあ、俺の仕事っていうのは……」

「ここにある物が何であるかの解析だ」

 宰相の言葉に蒼穹はうなづく。そして納得がいった。宰相という上位の立場であるプロテウスがなぜ自分という異界の生物の安全を確保したのかを。

「おおよそ俺の正体も判っていたって事か……。でも解読してどうするんだ? もしかして産業革命を起こすとか?」

「将来の展望としてはそうだ。だが当面はこの中から我々でも作れる事が可能な武器や兵器を探し出してほしい」

「判った。この中から凄いのを見つけてヴィーマの奴等をボコるって事だな」

「そういう事だ。それと合わせてだが別荘の入り口にあった蔵書も製本し直してはいるがあれらも召喚物だ。それの翻訳も願いたい」

 そう言うとプロテウスは持ち出した一冊の本を開いて蒼穹にみせた。

「おおよそだが貴様の居た時代というのはこの辺りではないか?」

 中身は新聞の切り抜きだった。

「え~と、なになに? ロッキード事件、田中前首相逮捕……こりゃさっきの炊飯器と同じ時代の新聞だな。昭和って書いてあるし、俺の生まれるずっと前だ」

「出来そうか?」

「まあ日本語相手なら……」

「よし、大まかなプランは決まったな。スガイソラ、ここは今日からお前の城だ。その証としてこれを渡しておく」

 そう言ってプロテウスは蒼穹に別荘の鍵を渡した。

「戸締りだけは気を付けてくれ。召喚物は禁制品扱いだからな。牧場の皆にも見せるな」

「判ったよ。だったら早速、坑道の中を探検してみますか」

「引き続き、貴様にはユーグレナを付ける。私はこれから他の用事があるためここから離れるからな。ユーグレナ、彼を頼むぞ」

「判りました」

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