第19話
それから三日経ち蒼穹は外に連れ出された。三人を乗せたベクターが南に向かうとそこは王都の名を冠した大きな港だった。
「船に乗るのか?」
「ああ、そうだ。これからセル島という島に向かう」
「セル島?」
「宰相家が所有する小島だ。そこに当家が経営する牧場がある」
「成程……とうとう俺もそこに島流しって訳か……」
「口が過ぎますよ、スガイソラ! 閣下はあなたの事を思って……」
「いいんだ、ユーグレナ。半分はその通りなのだから」
「その通りなのかよ!」
「しかしスガイソラ、私は約束する。陛下の猜疑心が晴れれば必ず貴様を王都に呼び戻してやる。それまでの辛抱だ」
港の桟橋には一隻の帆船が停泊していた。幅広い二本マストの堂々とした船影だがデザインは武骨で実用一点張り、貴族の遊覧船という趣は無い。
甲板の上では所狭しと饅頭型ノーム達が作業している。その中から一人だけ似姿をした髭面の厳つい男が現れると宰相を出迎えた。
「お久しぶりです、閣下」
「今日は世話になる、船長」
「ようござんす。きっちり皆様をセル島までお連れ致します。大船に乗った気でいて下さいまし」
船が出航すると三人は船乗り達の邪魔にならない様、甲板の隅に立っていた。
海はどこまでも広く、日の光を浴びて青かった……訳ではなかった。
「凄いな……どこまで行っても緑色の海だ……」
蒼穹はその光景に息を飲む。
「アオコが光合成をしているんだ……」
「これが海の彼方のどこまでも続いている」
しかし波間に魚影は見えない。濁った藍藻の群体ばかりだ。
「こんな海じゃ魚も棲まないか……。ところで宰相閣下はメロシラ様への贈り物は届けたのかい?」
蒼穹が不意に尋ねる。するとプロテウスは最初にため息を吐いた。
「ああ、貴様の言われた通りにして髪飾りを送らせてもらった。夜には姫様の元に届くだろう。あの日数で特注品を作ってくれる職人を見つけるのは一苦労だったぞ」
「閣下は髪飾りを送られたのですか? ですが送り物の品としてはスガイソラに教られるほど難しい物とは思えませんが」
「まあ聞け、ユーグレナ。このスガイソラという男は思っていた以上にその不透明な腹の下に下衆な何かを飼ってる輩だ」
「下衆とは酷い言われようだな。せっかくアドバイスしてやったのに」
「あれがアドバイスだと?! その口で言うか!」
プロテウスがムッとしながら吐き捨てる。
「ではスガイソラは閣下になんと助言したのですか?」
「こいつは私にこう言ったんだ。贈り物が何かなんて大した問題じゃない。大事なのは気持ちだ。プロテウスがメロシラに送るプレゼントの為だけに貴重な時間を割いて一生懸命に悩む。それこそが肝なんだと!」
プロテウスは忌々しく事実を語った。
だが一方でユーグレナは感嘆の声を上げる。
「まあ! では閣下は姫様の為に誠心誠意を尽くされたという事ですね!」
「勿論だ。慣れない事をしたお陰で精魂が尽き果てた」
「でも、とても素晴らしい事ですわ。きっと姫様にも閣下の御気持ちが伝わるはずです」
「ユーグレナ……なぜ、お前がそんなに喜ぶ。私は苦労したと言っているのだぞ」
「へへへ……それは宰相閣下がもう少し大人になればお判りになるて事ですよ」
「スガイソラ、貴様は私を馬鹿にしているのか?」
「まさか、知恵、彼の海よりも深き宰相閣下にその様な事、思いも依りません」
「今の言葉忘れぬぞ! 何時かこの海に叩き落してアオコまみれにしてやるからな」
宰相ブ・プロテウスは優秀な男だ。だがジョークのセンスは年相応らしい。