第16話
久方ぶりの叔母との再会が嬉しいのかそれとも来客が珍しいのか、物陰から子供たちがこちらを見ている。数は五人。全て姉夫婦の子供だとの事だ。
「結構な子沢山だな……」
いや、それが普通なのかもしれない。自分はこの世界に来たばかりで何も知らないのだ。
「何にしても先入観は良くないよな。それに少子化よりはよっぽどいい事だろうし……」
そんな中、ユーグレナの姉からお茶を差し出された。
お茶は宰相宅で飲まされている物と比べて尖った味がした。しかしそれはユーグレナの姉のせいではない。単に宰相宅で出されるお茶が高級品というだけだ。
「姉さん、義兄さんは仕事?」
「ええ、夜まで帰ってこないわ。最近、近くでもヴィーマが出て町を襲ったっていうじゃない。その時に逃げてきた人達が王都に流れてきて役所はその対応で大変らしわ」
「ふ~ん、そうなんだ。来た早々、悪いけどちょっと出てくる。暫く彼をここに居させて上げて」
「大丈夫。気にしなくて良いから、行ってらっしゃい」
姉は妹の行動に何の疑問も持たない。先ほどまで妹が御側衆の特戦隊と戦っていた事なんて思いも寄らないはずだ。
一方でユーグレナは蒼穹の傍で耳打ちする。
「町に居る連絡員に会って来ます。すぐにでもここに迎えに来れるように手配しますから。あと、姉には余計な事は言わないで上げてください」
それだけ言い残すとユーグレナは家を出て行った。
家の中は蒼穹とユーグレナの姉、そして彼女の子供達だけになった。
「あのスガイソラさん?」
姉が話しかけてきた。
「何でしょう?」
それに蒼穹が受け答える。ユーグレナにはあまりしゃべるなと言われたが向こうから話しかけて来られては答える他ない。
「ご挨拶がまだでしたね。私、ユーグレナの双子の姉、アニソネマと申します。妹がいつもお世話になっております」
蒼穹は饅頭型の姉をゆっくりと眺めた。妹とは似ても似つかない。だが姉も似姿になれば妹の様な美人に様変わりするのだろうか?
しかしそれ以上に驚かされたのは双子の姉がすでに母親という事実だ。若いお母さん。だが先入観は良くない。さっきそう言ったばかりではないか。
「スガイソラさんも宰相閣下の下でお勤めされているのですか?」
「ええ、最近、屋敷の方に入りまして……妹さんには色々と教えて頂いています」
「まあ、あの子も人の上に立つようになったのですね」
アニソネマは嬉しそうに声を上げた。しかしその饅頭型の形態では表情まではうかがい知る事は出来ない。
「あの子は姉妹の間でも私と同じ末っ子なんです。ですが一番利発で頭のいい子でしたから、亡くなった父も母もよく目を掛けておりました」
「亡くなられた?」
「はい、五年前。ヴィーマの襲来に巻き込まれて……」
姉の声のトーンが僅かに沈む。しかし次の瞬間にはまた明るさを取り戻す。
「でもあの子、その後、一生懸命勉強して学校を出て宰相閣下の下で働ける様になったんです。亡くなった両親の気持ちに応えるんだ。親代わりに育ててくれた姉さん達を助けるんだって。今では毎月、皆に仕送りを送ってくれてるんですよ」
「それは立派な心掛けですね。失礼ですが、ご姉妹は大勢居られるのですか?」
「いいえ、十人ほどですわ。でも王都に残っているのは私とあの子だけ……」
十人だって! いや、姉の口ぶりではそれが普通に聞こえる。やはりスライムは子沢山なのだ。
「本当に、あの子はよくやってくれてます。宰相様の御側にお仕え出来て、あの子は私達の、いいえこのノームの町の誇りです」
「それはそうでしょうね……」
蒼穹は適当に会話を合わせる。
「ですが心配な事が一つだけ……」
「何でしょうか?」
「聞いてくださいます? あの子、もういい人を見つけて結婚してもいい年ごろなのに。そちらの話がまるで出て来なくて……」
「そうなんですか?」
「奥手なんです、あの子。勉強ばかりしていたせいでボーイフレンドの作り方も知らずに過ごしてしまったものだから。スガイソラさん?」
「はい?」
「あの子の周囲で浮いたお話は御座いません?」
「いいえ、私も存じ上げては……」
「そうですか……」
アニソネマは残念そうにつぶやく。やはり彼女はいいお姉さんだ。妹の幸せを心から願っている。
「ところでスガイソラさん、お生まれは?」
「えっ?」
姉からの思いもよらぬ質問に蒼穹は焦りを覚える。
「いえ、お名前の響きが不思議だったもので、異国の方だったのかと……」
「ええっと……日本という国から来ました」
「二ホン? 申し訳ございません。存じ上げてないお国の名で……」
「ひ、東にある小さな小さな島国です。ですがヴィーマに滅ぼされて私もここに流れ着いたまでです」
「それはお気の毒に。御苦労されて来られたのですね……」
アニソネマは同情してくれた。しかし蒼穹は騙している様に思えて悪い気がした。
「それはそうと、ユーグレナさんは遅いですね」
蒼穹は誤魔化す様に別の話題を振った。これ以上、自分の事に触れられたくないし、お姉さんに嘘も吐きたくない。
「そうですね。お客様を待たせておいてどこに行っているのかしら?」
アニソネマも話を合わせる。
しかしその時、事件が起こった。
アニソネマの子供の一人が後ろから蒼穹に飛び掛かると丸い体で覆面を掴んだのだ。
そしてそのままの勢いで覆面を引きはがす。
それはやんちゃ盛りの子供の他愛のない悪戯だった。
だがその直後、部屋の中で絶叫がこだまする。
「キャアアアアアアアアアアアア!!」
悲鳴を上げたのは姉の子供達だった。初めて目にする異界からの生物。その異様な面貌を目の当たりにしたのだ。子供なら怖くない訳がない。
悲鳴を耳にして蒼穹も慌てて素顔を両手で隠す。
「マズイ! こんな事にならない様に用心してたってのに……」
だが手遅れだ。母親は脅える子供達を連れながら外に助けを呼ぶはずだ。
そうなれば町は大混乱だ。ノーム達が周章狼狽する中、蒼穹は彼等に吊るし上げられる。
そして御側衆の手を煩わせる前に事は奴等の思惑通りに進み、王様の悩みの種は消えるのだ。
蒼穹は絶望に捕らわれる。自分は何をすれば良いのか。
だが事態は最悪の結果をあっさりと回避した。
蒼穹の覆面が外された瞬間、アニソネマは覆面を持ったまま茫然と立ち尽くす我が子の前に近寄り、一度引っ叩いてその覆面を取り上げた。
「ペラネマ! お客様に謝りなさい!」
「ご、ごめんなさい……」
覆面を取ったスライムの子供は母に叱られた途端、反射的に自分の悪戯を謝罪した。
「申し訳ございません。後できつく叱っておきますから」
母親は平謝りで取られた覆面を差し出した。
だが蒼穹には彼女が思っていた以上に平静を保っていた事の方が印象に残る。