第12話
声は海藻モドキの植え込みの向こうから聞こえる。
蒼穹は植え込みを掻き分け足を踏み入れると一体のブロームがそこに居た。
「あんた誰?」
蒼穹がブロームに聞いた。
「はい、このお屋敷の使用人で御座います。ここでお庭の手入れをしておりました」
「ああ、この立派な庭はアンタが管理してるのか。それは御苦労様だね」
「勿体のう御座います」
「その使用人さんがどうしたの?」
「先ほどから失礼と思いつつ、お二人のお声が聞こえていたものでつい……」
「別に気にしなくていいよ。それで?」
蒼穹は盗み聞きされていた事に別段、腹を立てる気もなかった。それよりも目の前にブロームの姿に興味を抱く。
彼は見事なまでに饅頭型のスライムだった。色は灰色で体の一部に穴を開けそこから声を発している。
「スライムって普通はこんな形だよな……。それかドロドロのおもちゃみたいか……」
逆に安心感を覚える。それは蒼穹自身が知っている形だったからだ。
「普通は人の形って方が変じゃないんだろうか?」
一方で使用人スライムは蒼穹を呼んだ後にこう言った。
「さっきのお話の中で旦那さん外に出たいとお聞きしましたが」
「うん、まあ……」
蒼穹は言葉を濁しながらも肯定した。
「ですが宰相閣下にお止めになられて自由になれないと……」
「そういう事だね……だけど仕方ないよ」
「そんな事ありませんよ」
使用人のノームは蒼穹の言葉を否定する。
「それってどういう事よ?」
「あっしがここからお連れするって事で御座います」
使用人の言葉に蒼穹の心が弾む。
とうとう自分はこの高い塀の外を飛び越えられる。
「それって本当か?!」
「ええ、あっしに任せていただけたら訳もない事です。ですがほんのわずかばかり心づけを弾んで下されば……。いいえ、お代なんて後回しでも構いません」
「でも後でユーグレナにばれたらアンタだって只じゃ済まないぞ」
「大丈夫です。そんなヘマは御座いません……」
「それなら……受けさせて貰おうかな」
蒼穹は一抹の不安を感じながらも承諾した。
「だったらこちらに来てくださいまし」
「そっちにかい?」
蒼穹は言われた通りに庭園の奥へ奥へと踏み込んでいく。
「もう少し、もう少し近くに……」
使用人の声が蒼穹を誘う。それに従って蒼穹は外の塀の壁際の前にまで近寄ってみせた。
「これでいいかい?」
「はい、良う御座います」
だがその直後、ドスンという音と共に何かが背中の上に落ちてきた。それが隠れていた別のスライムだと気づいたのは蒼穹が既に馬乗りにされた後だった。
更に目の前の壁にも異変が生じる。何もなかったはずの黒い壁の一部が突然、半透明の灰色に変わるとその部分だけが急激に盛り上がる。
もう一体、別のスライムが体を透明にさせ姿を隠していたのだ。
壁から現れたスライムまでもが覆い被さり、蒼穹は身動きする術を完全に失う。
「なっ何を!」
事態を飲み込めない蒼穹が思わず叫ぶ。だがその問いに答える者はない。代わりに使用人が口調を変え小声で叫ぶ。
「急げ! あのスカウターの娘に見つかれば厄介だぞ!」
その直後、蒼穹を拘束した二匹のスライムが塀の天端に向けて触手を伸ばし、そのまま一気によじ登った。
拘束されたまま蒼穹は為す術もなく使用人達によって塀の上へと運ばれると、無理やり境界の向こう側へと連れ去られた。