1+1=無限
昼間まで、まだ、時間があるな。お父さんって、どんな人なんだろう。組長さんか。順子の悲劇。結婚宣言。俺は、ギターケースのポケットをおもむろに開けた。小さな便箋がそこには、あった。便箋には、『美紀より。圭吾へ』と記されている。美紀。美紀って誰だ。俺は、便箋を開けた。そこには、キレイな文字が並んでる。読んでみる。
『圭吾へ。私、圭吾の事、正直に愛してる。圭吾に素直に伝えるね。私のこと、圭吾は友達として、接してくれた。私、圭吾がお兄ちゃんとレースの話するたびに、なんていうのかな、微笑ましい愛っていえば大袈裟だね。そういう想いを感じてた。圭吾は夢を捨てた。私、大阪に住むことになったの。夢だった、映像専門の学校。そこで、よくしてくれる先生がいてね。12月から、私の面倒見てくれるって。私、どうしても、映画を撮りたいの。圭吾。嘘吐いてて、本当にごめん。圭吾をバイクに乗せる度、ドキドキしてた。誰よりも何よりも愛してた。こんな、中途半端な手紙、ごめんなさい。今まで、楽しかったよ。ありがとう。黒田美紀』
美紀。俺、愛されてたのか。黒田美紀。そうだな。素直になる。ごめんな。美紀の記憶、全くない。俺、順子と幸せになるよ。映画か。俺も何か始めなきゃな。順子が部屋へと帰って来た。
「ねえ、これ、アンパン。圭吾君、何か食べなよ」
「う、うん」
アンパンを食らう。美味いな、このアンパン。順子はクローゼットから、青いコートを取り出しては着込む。
「そうだ。お父さんね、『俺、ヤクザですねん』って偉そうにする人じゃないから。それに、組を合法化して、堅気になりたいんだって最近、よく言ってるよ。緊張しないで、圭吾君。アンパンって甘いね」
「順子よ、セックスしよう」
順子が恋しくなった。どうなろうと俺は順子と人生を共にするんだ。美紀。すまない。俺は順子を抱いている。雨音だ。雨か。順子の香り。長い髪。キレイな顔、キレイな裸体。
「圭吾君。雨の日のセックスって気持ちいいね」
「そうだな」
「ちょっと待って。これ、古着屋で買ってきた、ジャケット。それにパンツに靴下に、Tシャツに、ズボン。それと、お泊りセット。いいでしょ。圭吾君、着替えてね。それからお風呂。疲れが取れるよ」
「わ、わかった」
寂しいのはお互いさま。俺は服を着替えて、順子に案内された風呂に浸かって、身体を洗い、髪を洗い。ヤクザ。堅気。合法化。俺は歯を磨く。
順子の時計は12時丁度。雨は激しくなる。そして、俺はリビングに通され、順子を横にテーブルに座った。すると、背の低い、髭面で、お腹がぽっこりとした人が。
「おう、順子。だいたい、話はわかってる。例の事だろう。兄ちゃん、俺が順子の親だ。よろしくな」
「はい」
「お父さん、この人と結婚させて」
「おう、そうか。兄ちゃん、名前は」
「藤原圭吾と申します。お嬢さんを僕にください。一生幸せにします」
「兄ちゃん、わかった。娘を頼む。俺の商売、ヤクザだ。金の面倒はみてやる。式は挙げろよ。それから、鳥取へ行け。新婚旅行に。順子。この兄ちゃんなら大丈夫だ。結婚の証人にはうちの若いの二人に頼むから、役所へ行けよ」
「ありがとう、お父さん」
「ありがとうございます」
「圭吾とやら。まあ、硬くならずにな」
「は、はい」
「お父さん。でも、なんで、新婚旅行が鳥取なの」
「順子、お前、忘れたのか。十年前、行ったろ。母さんと俺とお前と、鳥取へ」
「ああ、思い出した。私、そうだ。父さんと母さんと行った。もしかして、ラーメンやかましの、あのメガネのおばちゃんに私、言ったんだ。『結婚したら報告するよ』って」
順子と鳥取。お父さんは順子の会話は楽しく、続くが、俺、ずっと、黙りこくってるよ。でも、こんな優しそうな、カワイイお父さんがヤクザなのか。世の中には、どうなるものか。そして、お父さんは。
「兄ちゃん、俺、仕事だ。順子を頼む。お前、良い奴そうだな。じゃ、役所と式と鳥取、頼むわ」
「かしこまりました」
お父さんは、そう言って、笑い、席を立った。そうだな、硬くならずにな。順子は笑い飛ばし、
「圭吾君。うちのお父さん、ヤクザに見えないでしょ」
「そ、そうだな」
「ねえ、これから、役所へ行こう。結婚。結婚。私にウェディングドレス、着せてね」
「うん。約束する。本当に俺でいいのか。こんな記憶喪失男で」
「圭吾君しか私にはいないの。お父さんも良い奴そうだって認めてくれたでしょ。硬くならずにな」
「わかった。必ず、幸せにする」
俺と順子が部屋へ戻る。嗚呼、緊張した。正と異ってなんだ。すると、部屋のドアをノックする音がした。
「お嬢さん、失礼します」
順子がドアを開けると、如何にもって感じのジャージを着た強面の男が二人、いた。ヤクザか。
「あ、田口さん。堤さん、お久しぶり」
「組長がおっしゃる通り、婚姻届に私の実印と堤の実印、押させていただきました。この度はご結婚、おめでとうございます」
「ありがとう。田口さん。堤さんも」
「お嬢さん、それでは、失礼します。旦那様、これから、お嬢様をよろしくお願い申し上げます」
「は、はい」
順子は俺を抱きしめて、ベッドに横になる。もう、迷わない。順子のためなら、何でもする。抱き合う、男と女に嘘はない。そして、俺は順子の涙を知った。俺も涙が出てきた。俺、決めた。順子を一生、愛すよ。