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ALLALL 1995 city T 小雪H  作者: ムラカワアオイ
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この世の果て。

 世に天も地もなく、世の全てが嘘であるならば、俺には最初で最後の難題がある。俺と順子は夢を見ていたのであろうか。所詮、この世の全てが夢と幻で作り上げられているのは承知している。しかし、俺と順子にはあの日々の現実という難題が心の奥に。


「だから、何度も言ってるでしょ。俺はもう、走りませんよ。全然、遅いんですから」

「じゃ、監督やってくれよ。な。RUから何人かひっぱってきてくれよ」

 俺は十八歳の冬を黒田さんの家で過ごすことが多くなった。この夏、俺はレースという夢を捨てた。黒田さんはレースの話しばかりである。酒を飲むとしつこいほどになる。俺はRUレーシングという小さなチームでレーシングカートを走らせた。高校は定時制を選び、昼間は酒の卸問屋で働き、その後はボクシングジムで身体をいじめるだけいじめた。初給料で買った、カート。水曜日と日曜日はレース。しかし、結果は出ない、監督とも上手くやれない、そんな日々の繰り返しだった。こんな俺がチームで唯一、腹を割って話せる相手が東日本チャンプで同い年の村瀬だった。村瀬はチームを辞めたいと言う。RUは格好だけのチーム。このままでは全日本を狙うどころか皆が監督の商業主義に操られて馬鹿馬鹿しいだけ。村瀬は俺によく愚痴をこぼす。

「藤原君よ、実際に乗ったら、速いんじゃないの。村瀬君とチーム結成なんて格好いいじゃん」

「俺、トイレ、行ってきます」

「ただいま。あれ、また、来てんの」

「美紀よ、お兄ちゃん、また、レースの話しだよ。俺、今日帰るからさ、送ってくれるか」

「たまには、バスをご利用ください。でも、結局、私が最終的には送ることになるんでしょ」

「はい」

「へなちょこレーサー藤原圭吾君よ、免許ぐらい取りなさい」

「それ、口癖になってるよ」

「藤原君よ、あんた、レーサーなの。それともナルシストギタリストなの」

「はい、はい。元レーサーのナルシストギタリストですよ」

 明後日ライブか。この世には必然に手に入れたものよりも偶然に拾ったものが多い。村瀬がたまたまナンパしてきたのが美紀。二人には性的関係しか存在しない。俺もそうだ。村瀬とカラオケに行った時、知り合ったのが俺のバンドのボーカル、菊川である。俺はギターを小学生の頃から遊びがてらに弾いていた。そして、菊川が家によく遊びに来るようになり、菊川に口説かれ、俺は菊川が率いるバンド、ポラロイドクラッカーズの二代目ギタリストになった。美紀は十六歳。中学を卒業してから職を転々とし、劇団に入った。今はスーパーのレジ打ち。彼女の夢は映画監督になること。来年、映像関係の専門学校を受験する。

「行くよ」

「それにしても、お前、乳、でかいよな。一回ぐらいは触らせろよ」

「あんた、相変わらず、馬鹿だね。いいよ。減るもんじゃないし」

「冗談だよ。冗談。今日、駅まででいいわ」

「お、目覚めたね。たまには電車に乗るんだよ。坊や」

 時計の針は九時四十七分。エンジンが掛かる。また、美紀に嘘を吐いた。本当は今から村瀬に会うのに。ここから、鎌倉駅まで歩いて五分も掛からない。市川橋を渡ると、ぽつぽつと雨が降り始めた。

「お客様、お疲れ様です。鎌倉駅前、鎌倉駅前でございます」

「雨、強くなってきたな。ちょっと、雨宿りするか」

「いいよ。いいよ。私、雨の中、走るの好きだからさ。誰かさんと違って」

「余計なこと言うなよ。ああ、そうだ。ライブ、観に来いよ」

「そうそう。私さ、8ミリ、買ったんだ。ライブ、ビデオに撮ってもいいかな。カメラの勉強したいしさ」

「それは勘弁してくれ。何がなんでも、恥ずかしいよ」

「つまんねえの。ま、いいか。撮るもの、他にいっぱいあるしさ。それじゃ、私、帰るね」

「美紀よ、やっぱり、乳、触らせろ」

「いいよ」

「やっぱ、でかいよな」

「そうでしょ。よっしゃ。じゃ、帰るね」

「また、乳、触らせろよ」

「はい、はい。それじゃ、明後日ね」

 美紀が欠伸を一つ、残して、帰っていった。俺は自販機で缶コーヒーを買って、ぶらぶらと村瀬の家へと歩く。一度、大きなクラッシュをしてからだ。同じ夢をよく見る。夕暮れ時に俺はバスに揺られている。バスは老若男女で満席。黒猫が一匹、車内をうろつき回る。俺は外の景色を見ている。バスは市川橋を通過。すると青い地球がきらきらと光っている。そして、青い地球は沈み消える。ここで夢から覚める。げっ、雨が強くなってきた。

仕方ない、電話ボックスで雨宿り。ついでに村瀬に電話、入れとくか。

「悪い、ちょっと遅くなるわ」

「お前、今日はやっぱりいいわ」

「は、どういう意味」

「俺の勝手だろうが」

「呼び出したのはそっちだろ。馬鹿野郎が」

「お前、今、なんて言った」

「馬鹿野郎って言ったんだよ」

「あっそう。帰れ」

「家で待っとけ」

 電話を切り、走りに走った。村瀬の野郎。なに、考えてんだ。俺はお前の操り人形じゃないんだよ。村瀬のアパートに着き、チャイムを鳴らす。

「おい、来てやったよ」

 扉が開き、村瀬の頬を殴った。腹を蹴り上げる。胸倉を掴み、鼻と口を殴り続けた。

「え、こら、チャンピオンよ。お前、勘違いしてんじゃねぇのか。なあ、こら」

「お前、なに、やらせても俺には勝てないんだよ。遅い奴はなにやらかしても遅いな」

 村瀬は笑い始めた。部屋の奥には裸の女が二人。煙草とシンナーの臭いが部屋中に漂うことに俺は気付く。女、二人は俺を見ている。睨むように俺を見ている。

「ごめんなさいね、チャンピオン。もうすぐ、帰るから。ね。もう少し、遊びましょう。お前さ、レースが出来ないようになりたいの。それとも、また、チャンピオンになりたいだなんだって、ぐちぐち愚痴るの。どっちなんだよ。こら」

「どっちでもいいよ。欲求不満男さんよ。女の裸でもじっくり見ていったら。なあ、こいつ、ギターだけはそこそこ弾けるの。そこそこしか弾けないけどね」

「カッコいい。私、今日からファンになります」

「サインしてください。なんなら私と青春していく」

 俺は完全に気が狂っていた。どっちでもいい。村瀬がまさかこんなことを言うとは夢にも思わなかった。

「はい。村瀬君。今、どっちでもいいって言ったよね。お前、もうレーサーじゃないんだね。お姉ちゃん達もちゃんと聞いたよね」

ビニール傘で村瀬の右目を突いた。顔中血まみれの村瀬はまだ、狂ったように大声を出して笑っている。

「ライブ、頑張ってね。圭吾君」

「ねえ、お姉ちゃん、こいつ、何者」

「ただのくだらないガキンチョ」

「正解です。おい、村瀬君よ。今日は引退パーティー、楽しんでね。それじゃ、さよなら、村瀬君。お姉ちゃん達はまた、会いましょうね」

「おい、圭吾よ。いつから、そんなに偉くなったの」

「今日からだよ。もう、顔、見せんな」

 俺は土砂降りの雨の中、一つのパズルのピースを失った。電話ボックスにテレフォンカードを入れて、親父に迎えに来てほしいと電話した。


「親父、煙草あるか」

「また、村瀬か」

「くだらねえことだよ」

 煙草に火を点けて、ギアを変える親父の左手に目をやって思い知る。人間なんて皆、馬鹿げたものだ。皆、エゴイストでありナルシストである。煙草をもみ消して、一度、深く目を閉じた。


「圭吾よ。ジーコンって店、知ってる」

「知らない」

「なんかよ、最近、出来たらしいんだけどよ。確か、二階がライブハウスで下がカラオケ屋で古着屋もあるらしくてよ」

「はあ。なんだそれ。菊川よ。そんなとこには変な連中しかいないの」

「それもそうだよな。でもよ」

「お前、相変わらず優柔不断だな。それにライブ直前って時にする話じゃねえだろうよ」

弱るよ。本当。菊川の性格には。作る曲には暑苦しいぐらい情熱入れるのにライブの前になると、曲順、やっぱり変えたいとか毎度、ほざきやがる。ここ、ウッドペックで初めてライブした時も俺以上に緊張してた。あいつら、また遅刻かよ。

「なあ、菊川よ。ちょっとお前に相談したいことがあるんだけどよ。ちょっくら、出るか」

「どうせ、あれだろ」

「そう、あれ」

駐車場には菊川のワゴン車。ああ、分からん。俺には分からん。

「だから、クラッチをじわーっと踏んでだな。アクセルを同時にまたじわーっと踏んで、ギアを入れるんだよ」

「お前の説明、分かりにくいんだよ。ちょっと待てよ。あ、また止まったよ。もういいよ。車はオートマでいいんだよ。でも、もう一回やらせろ。じわーっと踏んで、ああめんどくさい。今、F1もオートマなんだぜ。なんで、こんなにめんどくさいの。え、エジソンは卑怯者だよ。まったく」

「お前、それもう口癖だな」

 菊川のこの笑顔がなんだか好きで、俺もやっていけてんだよな。村瀬との事も車の中で言えた。俺にしてみりゃ菊川は壊れやすいけど優しい兄貴みたいなもんだよ。よく、考えたら俺のこと本気で心配してくれるのはこいつかもな。

「良しと。そろそろ、行くか。あいつらもう来る頃だろ」

「一郎良いよな。銀行に就職内定だろ。顔も良いしよ。いつも美人連れてるしよ」

「まあ、そうくよくよするなって。あいつは重いベース担いでお前に尽くしてるんだよ」

「周ちゃん良いよな。麻雀負けたことないし、来年にはパパだよ。奥さん、凄く良い人だし」

「ドラムはドラマを生むんだよ。俺達、頑張ってるじゃないか」

「今日のMCどうしよう」

「お前、ちゃんと眠れてる。それよりもう行こうぜ」

 満員御礼。一郎も周二も間に合った。お、美紀もちゃんと来てくれたよ。舞台裏。さて、チューニング、チューニング。深呼吸してみる。あ、そうか。一回、試したかったんだよな。

「あ、今日、俺、曲順、決めていい」

「そうだな、一回、圭吾に決めてもらうか。菊川さん、それでやってみましょうよ。俺も一郎も、その話してたんですよ」

 周二が煙草をくわえて背伸びした。菊川がペットボトルのコーラを飲み干す。毎度の如く凄い汗だ。

「あ、いいよ。圭吾、頼むわ」

「お、それじゃ、ばっと書くわ。1曲目にそうだな、『0のうた』だろ。それから、と」

 30分なんてあっという間だな。でも、すらすら書けたな。さてと、今日は良い一日にしますか。

「今日もあれかギブラブの連中、すべってるな。やりやすいな今日も」

「圭吾、煙草あるか」

「はいはい。菊川さん」

 4人の前には青い灰皿。出番5分前を知らせる店員さん。吸殻、もみ消して、俺は手で顔を拭う。

「よっしゃ、行こうぜ」

 ステージへと歩く4人。やっぱり美紀の乳はでかい。よく見える。周二がドラムをいじりながら言った。

「今日、MCなしにしましょう」

 菊川、頷く。そのほうがいいよ。今日からそうしよう。周二がスティック鳴らして、さあ、ライブだ。菊川も楽しんでる。今日はお客さんのってくれてるな。人間万事なんとかっていうけど、順調に進んでるよ。『0のうた』終了。おう、盛り上がってるね。今日は男が多いな。そのほうがやりやすかったりするんだよな。今日、学校さぼろうかな。仕事で瓶ビール、一箱、割っちゃって、給料引きだもんな。気分転換にやっぱり行くか。美紀が笑ってるよ。まあ、毎度のことだけど。良し。ラスト2曲だ。村瀬のことが頭に過ぎった。あいつはずる賢い馬鹿だ。もう、関係ない奴だけど美紀もおそらくこの前のこと、知ってるだろうな。良し、ラスト一曲。今日はライブ日和だよ。そうだな。余計なMCないほうがやりやすい。『夢中の空』。俺が初めて作った曲だ。恥ずかしさにも、もう慣れた。菊川も一郎も周二も今日はいい感じ。良い汗をかいた。盛り上がりましたね。菊川が一度、お辞儀。お客さんから良い答えを貰った。俺はアンプの電源を切って、ギターを肩から降ろした。


「お疲れ、俺、学校行くわ」

「圭吾も大変だな。ジム辞めたんだって」

 周二がタオルを頭に巻きながら俺に聞く。

「さすがにな。俺もレース辞めたことだしな。体、もたないよ」

「あのさ、美紀ちゃんって毎回、来てくれるけどさ、彼女とかじゃないの」

「あ、美紀。全然そんな気ないよ。あいつもそうだしさ。じゃ、お疲れさん。俺、行くわ」

 自転車に跨ってゆるゆると学校へと行く。もうすぐ、クリスマスか。イヴにライブだし年越しライブも控えてる。本当、免許ぐらい持っとかないとな。あれ、こんなところに美容院出来たんだ。『学生さん。髪型自由1800円也です』と記された小さな黒板に黄色いチョークが看板になっている。パーマでもあてようかな。

 校門をくぐって、自転車置き場へアウトインアウト。よっこらしょ。それにしてもこのギター、重いな。もう買い時かな。

「おう、圭吾。悪いな、ライブ見に行けずに」

「いやいや、いいよ、いいよ」

「聞いたか。村瀬、学校辞めたらしいわ」

「ふうん。竜太郎さ。そんなことより煙草、わけてくれ」

「こら、夜間の汚れがどこで煙草吸ってんだ」

「あんた、誰」

「東高の教師だ」

「ふうん。それでさ、圭吾よ。女ってなんだ」

「俺も知らないよ。好きな人いるわけじゃないしさ」

「あの、お前等、先生の話し聞いてんの」

「ま、適当に」

「担任、誰だ」

「あんたさ、北高には関係ないだろ。消えてくれない。さっき夜間の汚れって言ったよな」

「おい、竜太郎、馬鹿につける薬は無いんだよ」

「汚れって言ったよな」

 あちゃ、このいかくさい先生。竜太郎、怒らせちゃったみたい。さて、人の不幸を見物するか。柔道初段だよ。竜君は。あっという間に一本背負い。懲りない奴だな竜太郎も。ライターで先生の髪の毛に火を点ける。

「お前、車か」

「はい。そうです」

「車のキー貸してくれない」

「え、あの」

「出せ、こら」

「は、はい」

 とほほ。竜太郎スクラップ劇場、はじまりはじまり。と思ったら、この先生、逃げ足が速い。

「これで勘弁してください」

 財布出して土下座した。こんな先生は初めてだよ。竜太郎、嬉しそうに笑ってる。俺は苦笑い。あとでなんかおごってもらおう。

「六万と七千円。小銭が、えっと、二百円。これからもよろしく、先生」

「あ、はい。すみませんでした」

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