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恋愛免許証 ~無免許恋愛は法律違反~  作者: 朝比奈 架音
第1章 恋のはじまり編
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第2話 『PAIN-ペイン-』

「えっ!? マキと付き合った!?」


 驚く僕の声が、教室内に響き渡った。


「ちょ、お前! 声がデカいって!」

「あ……ごめん」

「ったく……まぁ、いいけどさ」


 そう言って、目の前のレイジは笑う。


「レイジが、16歳になると同時に恋免を取ったのは知ってたけど……マキは?」

「ああ、この前取ったんだ」

「そっか……良く取れたな~」

「あんなの簡単だよ。ガクも早く取ってこいよ。それで、ガクも彼女作ってダブルデートしようぜ」

「え……?

 あ……あははは、考えとく」


 頬をかきながら、僕は笑った。


「ん~……ガク、お前さ……」


 そんな僕の顔を、レイジはまじまじと見つめる。


「な、なに……?」

「前もそう言って、結局受けなかったよな」

「そ、そうだっけ?」

「そーだっけじゃねーよ……何で免許取らないんだ?」

「何でって言われても……」


 僕は目線を反らす。


 恋免を取ったからといって、別に彼女が出来るわけじゃない。

 ただ、合法的に告白したり付き合ったり出来るようになるだけだ。


 だから……

 フラれてしまう可能性もあるワケで……


 そりゃ、学校内には可愛いなと思う子はいないこともないけど……

 でも、やっぱりそれは恋には発展しない。


 だからまだ、わざわざ取りに行くこともないかなって……


 はぁ……

 ったく、世の中はなぁ、レイジみたいな強気の人間ばかりじゃないんだぞ!


 ちょっと腹が立ってきたので、少し恨みのこもった視線を目の前の友人に投げてやった。


「ん? なんだよガク、人の顔を見つめて」


 僕の視線に気付いたレイジが、眉をひそめる。


「ま、まさか……彼女作ろうとしない理由って……ソッチか!? お、男が好きなのか!?」

「ち、違うよ! 俺は至ってノーマルだっての!」


 いきなり、何を言い出すんだコイツは!

 話が飛びすぎだろ!!


「だって……なぁ」

「違うっての!」


 声を荒げる僕。


 そのとき――


「ガクは、臆病なだけなんでしょ」


 背後から不意に響く声。


「マキ!」


 レイジが嬉しそうな声を出す。

 僕は、ゆっくりと振り返った。


「ったく……マキは、いきなり会話に入って来るなよ~」


 ため息をつく僕に、マキはベーッと舌を出した。


 新島(にいじま) 真希(まき)、通称『マキ』。

 彼女もレイジと同じ、中学からの同級生だ。


 何をするのも僕らは一緒。

 高校1年のときは、残念ながらマキとは違うクラスになってしまった。

 けど、それでも休み時間になれば、ほとんど3人で会っていた気がする。

 だから、2年のクラス替えで同じクラスになれたときは、心から嬉しかったことを覚えている。


 でも、それは友達としてであり、恋愛感情は全くなかった。

 そして、レイジも僕と同じ気持ちでいるものだと……

 勝手に思い込んでいた。


 それだけに、今回の『付き合った』発言には、驚きを隠せなかった。


「……なによ?」


 思わず、ジッと顔を見つめてしまった僕に、マキはいぶかしげな視線を向けてきた。


 危ない危ない。

 どうやら僕は、考え事をすると何かを見つめてしまうクセがあるらしい。


「べ、別に~」


 内心は慌ながらも、少しおどけたフリをして誤魔化した。


「そうやって誤魔化すとこが、臆病だって言ってるのよ」


 しかし、マキの攻撃の手は緩まない。


「どうせ、フラれるのが怖いとか、傷付きたくないとか、面倒くさいとか、そういう理由なんでしょ」


 うっ……

 なかなか鋭いとこを突く。


「そうなのか? それじゃ、いつまでも彼女なんて出来ないぜ?」


 レイジは、困ったように溜め息をついた。


「そんなこと言われても……」


 僕は、頬をかいた。


「まだ、そこまで思える人と出会えてないというか……」

「うそ! ガクは、ちゃんと人と向き合ってないだけなのよ!」

「そ、そんなことないよ! な、なぁ、ハカセ!」


 僕は立ち上がると、隣りの席で予習に励む同級生の背中を叩いた。

 ハカセと呼ばれた彼は、鋭い視線を僕に向けると、溜め息をついて再び参考書に目を落とす。


「なぁ、ハカセ! ちょっと2人に何か言ってやってよ~」


 なおも背中を叩く僕。


「あーっ、もうっ!」


 その手を払いのけると、ハカセは頭をかきむしりながら勢い良く立ち上がった。


「なぜ僕に助けを求めるんだ!」


 ズレた眼鏡を直しながら、ハカセは僕をにらむ。


「え……? いやぁ……」


 僕が、ハカセに助けを求めた理由、それは――


 単に近くにいたから……


 なんてことを言えるはずもなく、僕はただ愛想笑いを作った。

 そんな心内を見透かしたかのように、ハカセはフンと鼻を鳴らす。


「僕の邪魔をしないでくれ!」

「……相変わらずつれないな、ハカセは」


 レイジが笑う。


「……僕からしてみたら、学校で遊んでる君らの方がおかしい!」

「相変わらずのハカセっぷりだね」


 僕も苦笑いを浮かべた。


「それと!」


 そんな僕に、ハカセはビシッと指を突き付けた。


「僕の名前はハカセじゃない!」


 ハカセは叫ぶ。


「僕の名前は光石(みついし) 博士(ひろし)だ!」

「う、うん……それはわかってるけど、“博士(ひろし)”って名前が“ハカセ”って読めるから……さ」

「安直すぎるとは思わないのか……」


 僕の言葉に、ハカセは大きなため息をつく。


「まぁ、いいじゃない」


 マキの、一際明るい声が響いた。


「だって、ハカセは将来、偉い学者になるんでしょ?」

「む? そのつもりだが……」

「そのときは、みんなから“博士(はかせ)”って呼ばれるわけでしょ?」

「ん……まぁ、そうなるな」

「じゃあ、今からその先取りをしたって考えればいいじゃない」


 軽くそう言うと、マキは2つ隣りの自分の席に向かって歩きだした。


「先取り、だと?」

「そうよ、ピッタリでしょ?」


 椅子に腰を下ろしながら、マキは微笑む。


「ふむ……」


 少し考える素振りを見せるハカセ。


「なるほど……悪くない」


 そして、納得したようにうなずいた。


「お、おい……」

「あ、あのハカセが納得だって……」

「「マキ……凄いな……」」


 思わず、レイジと顔を見合わせた。

 マキは得意げな笑みを浮かべて、小さくVサインを作る。


「先取り……まさに僕に相応しい」


 ハカセは何度もうなずきながら、満足げに腰を下ろした。


 ふぅ、助かった。

 ハカセは、しつこいからなぁ……


 見ればレイジも同じことを考えていたらしく、安堵のため息をついている。

 僕は、もう一度、大きく息を吐いた。


 と、その瞬間――


「あ、そうだ!」


 ハカセが、不意にこちらを振り向いた。

 心を読まれたのかと思い、息が詰まる。


「ま、ま、まだ何か!?」

「いや読み方のことだが、本来“博士”は“はくし”と読むのが正しいのであって、そもそも博士は……」

「ご……ごめんハカセ! それは後で聞くから」

「お、俺たち、ちょっとトイレ行ってくるわ!」


 長くなりそうな話を遮って、僕とレイジは立ち上がった。

 もちろん、これは逃げるための口実だ。


「ふぅ……」


 廊下に向かって歩きながら、僕は小さく息を吐く。

 そっと後ろを振り返ると、ハカセは再び参考書に目を落としていた。

 だが、その体からは、まだまだ言い足りないオーラが滲み出ているようにも見える。


「ったく……ああいう話をハカセに振るなよな」


 レイジは、やれやれといった表情を見せた。


「だ、だってさ~」

「だってじゃねーよ」


 苦笑いを見せつつ、廊下へと続く扉に向かう僕たち。


「でもさ、ガク」

「ん?」

「本当に付き合いたいヤツとかいないの?」


 うーん?

 うーん……

 ……うん。


 クラスメートの顔を浮かべても、恋愛に発展しそうな人は思い当たらない。


「今はいないかな~」


 そう受け答えながら、僕は教室の扉に手をかけた。


「そっか……じゃあ、さっきの転校生なんてどうだ?」

「え……!?」


 レイジの言葉に、僕の胸は大きく脈打った。


「な、な、な、何言ってんだよ」


 僕は、思わずレイジに振り返る。


「さ、さっきも言ったけど、まだ俺は……」


 動揺を隠しつつ、反論しようとした、そのとき――

 不意に扉が開かれた。


「えっ?」


 振り返った僕の瞳に飛び込んでくる人影。


「うわっ!?」


 影は、そのままの勢いで僕と激突した。


「うわーっ!!」


 ぶつかり合い、激しく転倒する2人。


 うぐぅ!

 床に腰を強打したぞ!


「うう……いてて……」


 思わず、うめくような声が出た。


「今日は、ぶつかってばっか……」


 そうつぶやきながら、顔を上げる。

 しかし、その言葉は最後まで発せられることはなかった。


 尻餅を付く形で、目の前に倒れている相手、それは……


新発田(しばた) 一磨(かずま)……」


 鋭い瞳で、カズマは僕をにらむ。


「ご、ごめん!」


 僕は、慌てて起き上がった。


 カズマは、普段から乱暴で素行が悪い。

 いわゆる不良というやつ。

 僕が苦手とするタイプの人間だ。


 そんな人とぶつかってしまったら、先の展開は読めている。


 刺激しないようにしなくちゃ……


「だ、大丈夫?」


 僕は、助け起こそうと恐る恐る手を伸ばした。


 次の瞬間――


 バシッ!!


 不意に手の甲に痛みが走る。

 カズマは、差し出した手を無言で払いのけたのだ。


「あ、あの……」


 狼狽(ろうばい)する僕に苛立つようなカズマ。

 カズマの手が、僕の襟をつかむ。

 そのままねじり上げるように、手首を返してきた。


「カ……ハッ……」


 首が締まって、息が上手く吸えない。


 にわかにざわめきだつ教室。

 しかしカズマは、そんなことを全く気にする素振りもない。

 怒りをあらわにし、僕に顔を近付けてきた。


「テメェ……あんなとこにボケッと突っ立ってんじゃねぇよ!!」

「ご、ごめん……」


 なんとか声を絞り出して謝罪する。

 しかしそれは、カズマの苛立ちを更に高めたようだった。


「俺は、テメェみたいな中途半端なヤツが、一番ムカつくんだよ!!」


 そ、そんなこと言ったって……

 僕に、どうしろって言うんだ!?


 頭の中を恐怖と疑問符が駆け巡る。


 そんな中、カズマの右拳がゆっくりと振り上げられた。


 うわ……

 痛そうなゲンコツ……


 恐怖した体は思うように動かない。

 僕は自分の運命を呪いながら、強く目をつぶった。


 こんなとき、物語の主人公ならどうするだろう?


 夕べ、テレビで見た映画の主人公。

 彼は、格闘技に精通していた。


 こういうときは、きっとカズマのパンチをかいくぐって……

 そして、逆に自分の拳を叩き込むんだろうな。


 だけど、僕にそんな真似が出来るわけない。

 人には、得手不得手というものがあるんだ。


 あ……

 でも、死ぬほど練習すれば、もしかしたら出来るようになるのかな?


 よし、じゃあ今日から頑張って練習して!

 ……って、それじゃ今は間に合わないじゃん!


 僕には、物心ついてから人を殴った記憶はない。


 よく、殴られた方はもちろん、殴った方も痛いんだって話を聞く。

 その痛みは拳だったり、心だったり……


 じゃあ、何で殴り合いなんてするんだろう?

 カズマも、やっぱり痛むのかな?


 あ~あ、痛いの嫌だな……




 ……って、あれ?


 これだけ物思いにふけっていたのに、カズマの拳はいまだに飛んで来ない。


 どうしたんだろう……?


 僕は、恐る恐るだけど、勇気を出して目を開けた。

 暗闇の世界に光が差す――




「やめろよ、カズマ!」


 そこには、振り上げたカズマの右手首を握り締めるレイジの姿があった。


「いきなり飛び込んできたお前も悪いんだぜ!」


 レイジは、強い口調で言う。


「市井……レイジ……」


 カズマは僕から手を放すと、レイジをにらんだ。

 普通なら、その迫力に思わず気圧されてしまうだろう。

 だが、レイジは全く意に介した様子もない。


「これ以上やるってんなら、俺が相手になってやるぜ?」


 その言葉に、カズマはギリッと奥歯を噛み締めた。


「市井レイジ……

 お前も、気に入らねぇヤツの1人だ……」

「……そりゃどーも」


 うめくように言うカズマに、レイジはポリポリと頭をかいた。


「ところで……何で俺をフルネームで呼ぶわけ? そういうの、止めてくんないかな」

「どっちが上か、ここでわからせてやるぞ、市井レイジ!!」

「は、話聞けよっ!!」


 にらみ合う2人。

 辺りに一触即発の空気が漂う。


 そのとき――


「何をしてるの、君たちは!?」


 不意に響く女性の声。

 振り向けば、教室の入り口には担任の先生が立っていた。


「まさか……あなたたち、喧嘩してるの?」


 カズマの手首を握り締めたままの状況に、先生の顔が険しくなる。


「あ、あはは、喧嘩なんてしてませんよ~」


 明るく振る舞うレイジは、笑いながらカズマの手首を放した。


「……チッ!」


 吐き捨てるように舌打ちをすると、カズマは僕たちに背を向ける。

 そして、赤くなった手首をさすりながら、一番奥の自分の席へと歩いていった。


「ありがとう、レイジ……」

「気にすんなよ」


 お礼を言う僕に、レイジは笑う。


「まったく……ほら、あなたたちも席について」


 軽くため息をつき、先生は僕たちを促した。

 素直に従うレイジ。

 僕も、その後に続こうとする。


 ――と、そのとき。


 先生の後ろに人影が見えた気がして、僕は何気なく振り返った。


 そして――


「あっ!」


 僕は言葉を失った。


 長い髪、色白の肌、(うれ)いを帯びたその瞳。


 そう……

 そこには、あの転校生が立っていたんだ……


 僕の視線に気付いた彼女は、そっと微笑んでくれた。

 痛いほどの高鳴りが、僕の胸を襲う。


 それは……

 風に舞う羽のように、とても優しい微笑みだったんだ……

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