表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/49

『転入日の朝』

 穏やかに晴れた朝の空。

 そこに、ぽかっと浮かんだ白い雲。

 優しい風は、それをそっと吹き流していく。


 新緑の候。

 若葉が深まっていくこの季節は、まだ少し肌寒さも感じさせる。


「それでは、この子のこと、どうかよろしくお願い致します」


 校長室の来客用の椅子から立ち上がり、深々と頭を下げるお母さん。

 私も、それに習って頭を下げる。


「早く慣れるといいですね」


 校長先生は、そう言って微笑んでくれた。






「大丈夫だよ、お母さん」


 心配そうに見送るお母さんに手を振って、私は女の担任の先生の後について行った。


 長い廊下。

 大きな昇降口。

 ガラス窓の向こうに見える校庭。


 ここが、今日から通う高校……


『大丈夫だよ』


 さっきは、お母さんにそう笑ったけど……

 でも……

 本当はすごく心配……


 友達は出来るのかとか。

 新しい環境で、ちゃんとやっていけるのかとか。


 そして、みんなは私を受け入れてくれるのかとか。


 だって、私は……


 ドクン!!


「うっ!?」


 不意に胸を襲う、激しい痛みと息苦しさ。

 思わず、口から小さなうめき声が漏れた。

 前を歩く先生の後ろ姿が、周りの景色が涙でにじむ。


 待って!!

 今日は、大切な日なのっ!!


 私は、広げた両手を強く胸に押し当てた。


 お願いっ!!

 今は、まだ待って!!


 私は、瞳を強く閉じて心の中で叫ぶ。


 お願い――


 その願いが通じたのか、痛みは徐々に収まっていった。


「はぁ……はぁ……」


 肩で大きく息をする私。

 額には、たくさんの汗がにじみ出ていた。


「ちょ、ちょっと、どうしたの?」


 そんな私の異変に気付いた先生が、慌てて声を掛けてきた。


「だ、大丈夫? とりあえず、保健室の方に……」

「い、いえ――」


 私は額の汗と頬の涙を拭うと、無理矢理に笑顔を作る。


「もう、大丈夫です」

「え……でも……」

「本当に大丈夫です。心配かけて、すみません」

「そう……それならいいんだけど……」


 まだ心配そうな先生。

 それも当然だと思う。

 だから私は、努めて明るい笑顔を見せた。


「大丈夫ならいいけど、無理はしないでね」

「はいっ!」


 私の元気な返事に安堵の笑みを見せると、先生は再び歩き出した。

 でも、その歩みは、先程より明らかにゆっくり。


 風に乗って、教室の喧騒が聞こえてくる。

 期待と不安が脈を打つ。

 それでも私は、この一歩を踏み出していく。


 小さな一歩。


 でも、私にとっては大きな一歩。




 前を行く先生の背中を追いながら、手の平をそっと左胸に押し当てた。

 鼓動は、まだ少しだけ早く感じる。


 大丈夫……

 きっと大丈夫。


 まだ、もってくれるよね。

 私の胸……

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
[良い点] 情景描写が巧みで話の流れもスムーズで良いと思います。持ってほしいのが、胸、というボカシも想像が掻き立てられて良いですね。 [一言] 主人公の抱えている問題が何なのか、先が楽しみです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ