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二話



 ――以上、回想終了。

 感想を述べるならば、私はあんな鉄面皮の嫁にならなきゃあかんのか、といった具合だろうか。いくら美形とはいえ(そも、エリザの好みでは全然ないけれど)、あんな面白味のなさそうな男、御免被りたい所だ。

 とは言え、そんなエリザの要望がまかり通るとは思えない。もし口にでもしようものなら、きっとエリザは今すぐにでもあの竜王の太腕によって醜い肉塊と変わり果てる事だろう。そこまで酷い仕打ちはなくとも、家畜かそれ以下の待遇がなされるのは想像に難くない。今の幽閉生活だけでも不満が多いのに(主に我儘が言えない所とか)これ以下の扱いなんて死んでも嫌だ。

 だったらどうするか。この先の明るい未来を勝ち取る為に必要な、絶対条件。それは――――



「竜王の息子を、私に惚れさせるしかねぇ……!」



 エリザによるドラシェ籠絡作戦が、今始まる。




・作戦その一【笑顔が素敵な聞き上手であれ】

 男という生き物は、御多分に漏れず黙って淑やかに話を聞いてくれる女性を好くものだ。それが絶世の美女ともなれば言うに及ばず。これで笑みの一つでも浮かべておけば、大抵の男はイチコロ。これで落ちない男などいようか。いや、絶対いまい(反語法)。

 そして今日はドラシェと会う数少ない機会。幽閉されてから三日ほど経ってから、扉の前にいる見張りに伝聞された事ではあるのだが、どうやらドラシェと二人っきり(勿論そばに監視役が付いてくるのだが)で食事をしなければならないらしい。今後夫婦となる二人なのだから、もっと互いの事を知るべきだと竜王自ら取り計らったらしいのだが、その竜王はと言うと、別件で忙しい云々で食事会には参加しないのだとか。粗野っぽく見えて、なかなか粋な計らいをしてくれる。だからと言って、無理やりこんな所へ連れて来た件を許すつもりにはなれないが。

 兎に角、これはまたの無い好機だ。監視という邪魔者はいるが、実質二人っきりのようなもの。この大チャンスを逃す手はない。

 そういった経緯で、こうして互いに顔を合わせながら――具体的にはエリザがいた部屋よりも数倍は広く眺めも良い一室で、長テーブルに置かれた豪華な食事に舌鼓を打っているわけなのだが……。

「まあっ。なんて芳醇な香り。とても上質なワインだというのが飲まずして分かりますわ。それにこのステーキ! フォークを刺しただけで肉汁が滲むばかりか、ナイフすら必要としない嘘のような柔らさがとても素晴らしいです。わたくしのいた国でも、ここまで質の高い食事を出された事なんてありませんわ。本当に驚きを隠せません。竜人という方々は、いつもこんなグルメを口にされているのですか?」

「……………………」

「ド、ドラシェ様はどのような食事がお好きなのですか? オススメの一品があれば、是非とも教えていただきたいのですが……」

「……………………」

「ほ、ほほほ。ドラシェ様はとても物静かな方なんですのね」

「……………………」



 か、会話がねぇぇぇぇぇぇ!!



 思わず心中で絶叫するエリザ。表面上こそ笑みを作っているが、裏では青筋をビキビキに浮かべて犬歯すら剥いていると考えてもらっていい。それほどまでに、一言すら話そうとしないドラシェに憤っていた。

 だいたい、何なんだこの朴念仁は。こんなに超絶美少女な姫様がニコニコ顔で話しているのに、殆ど空気扱いとは何事か。本当に男かコイツ。

 いやそもそも、こんな無口な男と談笑しようというのが、土台無茶な話だったのだ。初対面の時から薄々と勘付いてはいたが、この作戦は始めた時から既に失敗が決まっていたのだ。

 まさに迂闊。この作戦ではどうしたって先は見えない。あるのは惨めな己の姿のみ。

 ドラシェからは見えない位置かつ聞こえない音で舌打ちを鳴らしつつ、エリザは次の作戦を練り始めた。



・作戦その二【セクシーアピールで意中の彼を悩殺】

 男なんて生き物は、その大半が性欲の塊みたいなものだ。それさえ利用してしまえば、こちらの意のまま。エリザの未来も保証されたも同然だ。

 そんなわけで食事会の後日。あの時は顔合わせという意味合いが強かったが、今度は一層両者の仲を深める為にお茶会が開かれるらしい。そこでは前回みたいに監視役はそばにおらず、メイドは数人控えてはいるが、なるべく二人っきりにさせてくれるのだとか。

 しかもよくよく話を聞いてみれば、この案を上げたのが竜王なのだと言うのだから驚きだ。あの強面からお茶会などという少女趣味的な言葉が出るだなんて、案外ロマンチストだったりするのだろうか。似合わな過ぎる。

 何にせよ、そう日を待たずしてドラシェと会えるのは実にありがたい。向こうにしてみれば一刻も早く竜人達に隷属してもらいたいのだろうが、意図はどうあれ、こちらにしたら好都合。逆手に使わせてもらうまでだ。

 と、最初こそ心中でほくそ笑んでいたのだが……。



「…………」

「…………」

「……………………」

「……………………」

 気まずい沈黙。ティーカップを上げ下げする音のみが、この静寂に満ちた空気に響き、より気まずさを誘う。

 つまり、率直に言うと。



 ――やっぱり会話がねぇぇぇぇぇ!!



 という事だった。

 今になって気が付いていたが、セクシーポーズで悩殺するまではいいが、どうやってそんな雰囲気に持ち込めばいいのだ。この状況でいきなりドレスをはだけたりしたら変に思われるし、最悪痴女だと誤解されかねない。人から怠惰姫だとか穀潰しだとか散々揶揄されてきたエリザではあるが、さすがに変態視されるのは我慢ならない。

 とは言え、このままだと前回の二の舞だ。何とかしないと現状は何も変わらない。

 何か良い手はないか。何か――



 ――そうだ。適当な理由をでっち上げてアイツの隣りに座ろう。そんで胸の谷間でも見せりゃいいんだ!



 現在、ドラシェとエリザはテーブルを間にして対面に座っている。そこからドラシェの横に移動して、胸や太腿をチラ見させてやれば、さすがのあの朴念仁も動揺を露わにするはず。その隙を突けば、もう勝ったも同然だ。

 にやりと腹の中で黒い笑みを浮かべつつ、エリザはティーカップを手に取って楚々と席を立つ。

「ドラシェ様、お隣に座ってもよろしいですか?」

 言うが早いか、ドラシェが返答するより前にさっとティーカップの位置を変え、これまたささっと椅子を寄せるエリザ。普段の怠け者然としたエリザを知っている者が見たらさぞや驚くであろう俊敏さだった。

 が、そんなレアな光景にすら目もくれず――どころか最初からエリザなどいなかったかの如く、ドラシェはハーブティーにだけ集中を注いでいた。

 思わず舌打ちしたくなる気持ちをぎりぎりで抑えつつ、エリザは持ち前の外面を発揮してドラシェへと身を寄せる。

「突然こんな妙な真似をして申し訳ありません。ただ少しでもドラシェ様の近くにいたいと――気になる方のおそばにいたいと思ったものですから」

 頬を赤らめつつ、上目遣いで話すエリザ。真実なんて微塵もない嘘八百の言葉だが、大抵の男ならば心を鷲掴みされる事間違いなしの高等テクニックだ。

「………………」

 が、当のドラシェはいつも通りの無反応。いっそ周りの景色なぞ見えていないのではないかと言わんばかりの不動っぷりだった。

 まあ、それはいい。かなり腹立たしくはあるが、大方予想通りだ。なに、焦る事はない。勝負はここからだ。

「それにしても、温かい物を口にしたせいか、何だか体が熱くなってまいりましたわ……」

 言いつつ、ドレスの胸元を掴んで風を送るエリザ。

 ちなみに、エリザはそこそこ胸が大きい。巨乳とまではいかないが、谷間がしっかりできるくらいの大きさはある。そんな彼女が男のそばで――それも自分よりずっと背の高い者で胸元を開こうものなら、ばっちりと谷間が視認できるはずだ。

 これでドキッとしない男なんていないはず。その隙を突いて叩き込めば、ドラシェを籠絡させるのもわけない。

 さあどうだ! と期待を込めてドラシェの方を見てみると――

 窓から見える景色を眺めていた。

 というか、はなから眼中に無い感じだった。

 つまり、



 外の景色>エリザの胸チラ(笑)



 というわけだ。

 ――って、私の胸チラは外の景色以下かよぉぉぉぉぉ!!

 形容しがたい敗北感に苛まれつつ、その日のエリザは無気力さながら黙ってハーブティーを飲む事しかできなかった。





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