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永遠  作者: よだななえ
9/12

8 昆虫人

                                        挿絵(By みてみん)


 それからは毎日中央神殿に通った。

 真珠(しんじゅ)雷奈(らいな)の申し出を快く受け、浪雷(ろうらい)と共に剣を習うことになった。

 そして――。


「ぼくにも剣を教えてください」

 それは璧玉(へきぎょく)だった。

 あまりにも突然の申し出に、皆びっくりした。

「あの……、どうしたんですか?」

「ぼくも近衛兵の入隊試験を受けたいんです」

 雷奈の問いにそう答えられ、一同はさらに困惑した。

「だが真珠も浪雷も、基礎はできている。おまえはその基礎から、学ぶことになるぞ」

「わかってます」

 良桜(らおう)に言われてうなずく。

 それは一つの決意だった。

 良桜に助けられて共に旅を始め、魔法を習った村で和泉(いずみ)との別れがあり、ここで浪雷や真珠と出会った。

 そのことが璧玉の心に、何らかの変化をもたらしていた。

 それが何なのか、今は璧玉自身にもわからない。

 入隊試験に受かるとも思っていなかった。

 それでも今ここで、何かを決意しなければならないと思ったのだ。

 治癒魔法を会得したことで、みんなの役に立てるようにはなった。

 しかしそれは何かが違うのだと、心が叫ぶのだ。

「わかった」

 良桜は言った。

「雷奈、どうせあの二人も、基礎から入るのだろう?」

「え? ええ、そうですわね。準備運動にいいかと」

「その準備運動に入れてもらえ。その後は」

 くるりと振り向く。

宮麗(みやあきら)宮良(みやら)に、見てもらうといい」

「丸投げかよ!」

 思わず宮麗はつっこむ。良桜自身で面倒を見るつもりは、はなからないのだろうか。

「いや、でも基礎体力向上からが目的だろう? 良桜じゃやりすぎるんじゃあ……」

「うっ」

 宮良の言葉に思わず納得しかける。確かに良桜と璧玉では、その力は雲泥の差だ。

 特に良桜の力は上が見えない。基礎がどこに設定されているのか、想像するだにおそろしい。

「それなら王子様の方がいいかもな。オレは魔法使いとしての修行しかしたことがないし、基礎体力は(オウガァ)の特性頼りだからさ」

「うーん、まあ、それなら……。基本は走りこみ……走……? えっと璧玉、走れる?」

「走れますよ」

「想像がつかない」

「その辺りは真珠の動きを見ればわかるだろう」

 良桜に諭され、こうして結局、玉梓(たまずさ)も含めて全員が、中央神殿に通うことになった。


 一応狼牙(ろうが)石貴(しき)の許可を得て、親衛隊と近衛兵の中間にある場所を借り、浪雷と真珠、璧玉は、雷奈の指導のもと、それぞれの入隊試験に向けて訓練を始めた。璧玉がついていけなくなると、そこからは宮良が面倒を見る。宮良はまた、ナイフづかいとして、浪雷の基礎も見ていた。

 雷奈も宮良も、さすがに人から学んだ身のことだけあって、教える姿も堂に入っている。

 宮麗はそれを冷やかしながら、たまに璧玉と一緒に訓練に参加している。

 良桜は特に何をするでもなく、それらの様子をのんびりと眺めていた。

 側には玉梓が付ききりで話をしているが、一件以来、良桜にべったりくっつくことはなくなった。

 宮良はたまに姉たちの所へも顔を出しているようであるし、宮麗は璧玉の応援に力を入れている。そして雷奈は一生懸命三人の指導に当たっていた。

 入隊試験までは日もある。玉梓だけが、良桜を一日独占できるのだ。

 だからあわてて良桜の不興を買うよりも、長期戦でじっくりと、とにかく好意を持ってもらうことに努めた。良桜も、一頃よりは態度が軟化したように思う。

 まだ会話を成立させることは難しかったけれども、話を聞いていないわけではないのだとわかると、遠慮なく、色々と、あいづちはなくとも話していた。

 そんなある日。


「おう、玉梓、今日も来てたか」

 訓練が終わる頃合いに、石貴が顔を出した。

「兄さん」

 玉梓は顔を上げ、良桜との話は中断したが、その場から動こうとはしない。

 石貴は苦笑して、良桜のところまでやって来た。

「妹がすまないな」

「いや」

「兄さん、何なのよ」

「明日は休みだからな、今日は家に帰るんだよ」

 目線は雷奈たちの方へ向ける。

「そう。でも兄さんの部屋、あの人たちに使ってもらっているのよ」

「かまわんさ。荷物の入れ替えに帰るぐらいだからな」

 話を聞いていたのか、訓練を終えていた浪雷が声を上げる。

「それなら今日はウチに泊まらないか?」

 途端、玉梓に睨まれ、浪雷はわけもわからずびくっとなる。

 浪雷の家にはたまに夕食をごちそうになることがあり、浪嵐(ろうらん)ともすっかり顔なじみである。特に雷奈とはうちとけた様子で、仲良く話をしている。

 浪雷としては、別に雷奈だけ来てもらってもかまわないのだ。

 自分ももうすっかりと雷奈を尊敬していたし、姉も喜ぶ。

 しかし、雷奈は絶対に良桜と一緒でなければならないというのだ。

 ならばと良桜も誘うと、何故か玉梓が怒る。

 直接何かを言われたわけではないのだが、まとう空気が怖すぎる。

「俺のことなら遠慮はいらん」

 石貴は妹の様子で大概のことは察したらしい。おおらかに笑う。

「ではあたしたちも明日はお休みにしましょうか」

 ぽんと手を叩き、雷奈が言った。

「毎日やればいいというものでもありませんもの。たまには心身共に休めないと」

「僕も賛成だな」

 宮良は璧玉を見る。

「あ、はい」

「わかりました」

 真珠もうなずいた。

「それなら明日は遊びに行きませんか? おれ、街を案内しますし、姉貴も喜びますし」

「まあ素敵ですわ。ねえ、良桜さま」

「じゃあ僕は、今日は神殿に泊まって明日一日のんびりしているよ。そうすれば部屋が一人分あくし」

「すみませんね、宮良様」

「いや、本当は宮麗がどいた方が、一番場所があくんだがな」

「王子様って、本当になにげに酷いよな」

 そうして宮良が見送る中、一同は中央神殿を後にした。


 翌日。

 困った顔をした浪雷が、雷奈たちを訪ねてやって来た。

「あの、そこで石貴さんに用があるという人と一緒になったんですが……」

 呼ばれて顔を出した石貴は、相手を見た途端に叫んだ。

(くれない)!? おまえ何してんだよ!」


 紅と呼ばれた女性は、全体的に変わっているという印象を受けた。

 服装は体にぴったりとした、露出の多いものだが、作り自体はシンプルで、特に変わったところはない。

 昆虫人(ワーマンテイス)族である。見てそうとわかる程に、特徴のある種族だった。

 まず全体的に小柄である。思いがけず視線を下に引っぱられるので、少女かと勘違いしそうになるが、そうではない。

 闇色の髪は短いがサラサラと流れ、長い前髪は顔の左側に落ちてくる。

 その頭からは、触覚。

 赤い目は複眼。鼻や耳にあたる器官は見当たらず、唇のない口は、まるでただの穴のようでもある。

 背には二対の薄翅。黒褐色の肌。

 そして何よりも特徴的なのは、脇腹からはえている二本の足のようなものである。

 退化してしまったそれを手と見るか足と見るか、非常に難しくはあったが、指のないそれ(・・)を何かにたとえるなら、やはり足なのだろうと思う。

 そのために、彼女は背と腹の開いた服を選ばねばならず、自然と露出も多くなるのだ。

 紋は額と両頬、左胸、左の太腿に見える。

「どちらさまですか?」

 雷奈が顔を出した。

近衛兵(うち)の副長だよ。隊長(おれ)が休みなのに、私服ってことはおまえも休みか? 副長もいないってどういうことだよ!」

 石貴はその大きな手で顔を覆う。

「一日ぐらい大丈夫だ。(あき)に任せてきた」

 一方の紅は、泰然としたものだ。

「だいたいおまえが(わたし)の話を聞かないのが悪い」

 小柄な紅は、下から大柄な石貴を睨み上げる。

「早く私を引退させろ」


 浪雷がやってきた玄関口のことである。

 全員が紅の言葉を聞いた。

 雷奈が驚いて口を開く。

「え、え!? 引退したいっておっしゃりに来られたのですか?」

「仕事中だと何だかんだ逃げられるのだ」

 自分より大きな人たちに囲まれることには慣れているのだろう、堂々たる態度である。

「いや、だが普通に考えて、俺が引退しておまえが隊長になり、それから引退だろう?」

 石貴は困りきった声を出す。

「だったら早く引退しろ」

 紅は容赦ない。

「なぜ引退を?」

 雷奈が訊く。

「寿命なんだ」

 紅は憮然と答える。

「だいたい石人形(ゴーレム)昆虫人(ワーマンテイス)じゃ、寿命が違いすぎるんだ。私を選んだ時点でわかっていただろう。私もそう言ったぞ?」

「え、でも、そんなにお年を召しているようには見えませんが」

 紅は反応のある雷奈を、相手にすることに決めたらしい。体ごと向き直る。

昆虫人(ワーマンテイス)族は老いない。子どもを産むと同時に死ぬのだ。私は子どもがほしい。年齢的にはぎりぎりだ。だから引退したいのだ」

「まあ」

 雷奈は石貴を見上げる。

「それなら引退させてあげるべきですわ。子どもを産みたい女性を引き止めるものではありませんわ。副長だけ交替というわけにはいきませんの?」

「私はそれでいいと、何度も石貴に言っているのだ。種族が違えば寿命も違う。慣例にとらわれるのはバカだ」

 玄関で騒いでいたものだから、玉兔(ぎょくと)も顔を出した。

「兄さん、副長さんの言う通りですよ。(わたし)たちのことなら心配いりませんから、もう引退したらいいじゃないですか。兄さんも長いでしょう?」

「おまえなあ……」

「引退したくない理由でもあるのか」

 後ろから、良桜の声がした。

 静かなその声に、何故か石貴の背中は伸びる。

 石貴は振り返り、良桜の瞳を見つめ、力なく首を振った。

「あったけどなくなった」

蛍夏(けいか)か?」

「何故……」

 良桜の問いに、石貴は目を見開いた。


 とにかく玄関先で騒ぐのはやめてくれという、この家の主婦であるところの玉兔に従って、一同は居間へと移動した。

 紅は石貴から言質を取りたい。石貴は良桜と話したい。雷奈は良桜の側にいたい。当然玉梓も席を外す気はない。

 困ったのは浪雷である。

 明らかに場違いな自分がここにいるのは変だと思うのだが、雷奈を誘いに来て一人でとぼとぼ帰るのは違う気がする。こちらは約束があるのだ。雷奈が退いてくれれば丸く収まるのだが、雷奈は雷奈で、すでに紅の話に興味津々である。

 そこへ宮麗が助け船を出した。

「璧玉、とりあえずオレたちだけ先に行ってようぜ。せっかくだから王子様も誘ってさ。浪雷、頼む」

「あ、はい」

「お、おう」

 こうして三人が出ていき、玉兔はお茶を出して言う。

「それじゃ、私は買い物に行ってきますから。あとよろしく」

 そうして玉兔も出ていった。


挿絵(By みてみん)

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