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それはチェーレに向けられた言葉だった。
彼女の右側にいたルリ-フリルラとは反対の方から、1人の少年が彼女を覗き込んでいたのだ。
ツンツンと跳ねた栗色の髪の上に水色のキャップをツバを後ろにしてかぶっていて、黄色いパーカーにジーンズ、スニーカー、そしてショッキングピンクの四角いフレームの眼鏡といった格好をしていた。
しかし、パッと見の派手な印象とは異なり、眼鏡の奥の目鼻立ちはどちらかというと地味な作りだった。
オレンジ色の一重の瞳は細く、目尻は少々つり上がっている。
そして、彼の言葉には訛りが入っているようだ。
「まさかこっちのやつが彼氏? 女の子こんな顔させるなんてありえへんて! 俺的に大問題やで?」
「は?」
「えっあっ、違いますっ! お友達です!」
少年の言っていることがよく分からず怪訝な表情を見せたルリ-フリルラに対し、チェーレは慌てた様子で関係性を否定した。
「あっそう? まあええねんけど、お友達やとしても女の子にさっきみたいな顔させたらあかんで?」
「そんなに変な顔してたかなぁ……」
不安げに頬に手をやるチェーレに、少年は人の良さそうな笑顔を見せる。
「そんなことあらへんて! ああ、でもそんな風に悩む顔もええなあ。うんうん」
1人で勝手に納得したように頷いている彼に、ルリ-フリルラは不機嫌そうな声をぶつける。
「ていうかお前は誰なんだよ」
「わあ、そんな怖い目向けんといてや。俺はYOU。ほんまは山田国生って言うんやけど、俺最近死んでしもてな。この体は借りもんやねん」
「えっ、死ん……?」
さらりとそう言った少年に対し、ルリ-フリルラとチェーレは思わず目を丸くした。
ルリ-フリルラは人間の死というものをよく分かってはいなかったが、このYOUと名乗る少年が奇妙な言葉を発していることは充分に理解できていた。
「この話はちゃんとしよ思うと長くなってまうからなあ……。せや、こっから近いし家に来ーへん? そこでお茶でも飲みながらゆっくり話そうや。なんか自分らおもろそうやしな!」
ルリ-フリルラとチェーレはお互いに顔を見合わせたが、特に街での予定も断る理由も無かったため、彼の家にお邪魔することにした。
「まあ、その家も借りもんなんやけどな」
YOUが少しと言ったわりに15分ほど歩き、3人はとある住宅地にある一軒家の前に辿り着いた。
そこは広くも狭くも新しくも古くもない、茶色い三角屋根に白い壁という出で立ちだった。
YOUはジーンズのポケットから鍵をとり出し、慣れた手つきで鍵を開けて2人をリビングに招き入れた。
「あー、お茶っ葉切らしとるがな。ええっと……安もんの麦茶でもええか?」
「そんな気を遣ってくれなくてもいいよぉ」
どうやら客の2人にお茶を淹れてくれようとしていたYOUだったが、空の缶の蓋をそっと閉めて困ったようにははっと笑った。
気遣いはいらないと軽く手を振るチェーレとルリ-フリルラは、彼に促されたリビングのソファに腰かけていた。
「お家も借り物だって言ってたけど、ここはYOUくんのお家じゃないの?」
お盆に3つのコップを乗せて向かってきたYOUに、部屋を見渡しながらのチェーレの質問。
「せやで。まあ死んでから会った人なんやけどな、どっかの大学の博士やて言うてて、ここはその人の家やねん。俺のこと知って、おもろいからって居候させてくれたようなもんや。……多分そのうち俺で実験とかする気なんやろけど」
最初は愛想のよさそうな笑顔で答えていたYOUだったが、最後の一言の時は明らかに声も表情も怯えた様子だった。
一方、ルリ-フリルラとチェーレは真面目な表情で彼の話に耳を傾けていた。
YOUは並んで腰かけている2人の前のテーブルにお盆を置き、対面するような位置に置かれたソファに腰かけた。
「そんな真剣に聞かんでもええって。そうやなあ、俺が死んだのはちょうど一月くらい前やったかな」
ルリ-フリルラは完全に理解していなかったが、一月前というのはルリ-フリルラがアリスに召喚されて少し経った時のことであった。