2
その言葉を聞いたルリ-フリルラは、訝しげに眉をひそめた。
風が?
教える?
ただ吹いていただけではないのか。
人間界の風というものは、吹くだけでそこに何かがあるのだと人間に分からせる力があるというのか。
少女はそんな彼の様子を見てすぐに察したようで、何故か少し困ったような笑顔を見せてから話し出した。
「私ね、声が聞こえるの。さっきの風も、ここにある全部の草花も、あそこの大きな木も、みんなみんな聞こえるの。人と同じように、この子たちも話をしているの」
「そうだったのか……」
納得したように呟いたルリ-フリルラに対し、少女は再び不思議そうな目で彼を見つめる。
「あなたは、おかしいって思わない? この羽も……“普通”じゃない私を、おかしいって思わない?」
「別に」
ルリ-フリルラは、彼女がそんなことを言う意味が分からなかった。
確かにこれまで見てきた人間の誰にも羽は生えていなかったし、風などの自然の声が聞こえるといったことは耳にしたことがなかったし、そんなそぶりを見せる人間の姿も見たことがなかった。
しかし、彼が特別彼女をおかしいと思うことはなかったし、おかしいといえば自分自身がまさしくそうだったからだ。
彼こそ、ルリ-フリルラという生物の中で、唯一あるはずのないモノを持つおかしな存在なのだ。
少女ははにかんでから、立ち上がってルリ-フリルラと向かい合った。
ちょうどルリ-フリルラの頭1つ分低いくらいの背丈だった。
「変なこと聞いてごめんね。私、小さい頃に変だって……気持ち悪いって言われて捨てられちゃったから」
日が傾き始め、辺りがオレンジ色に染まっていった。
ルリ-フリルラは、これが夜の始まりだということはもう分かっていた。
「お前は家に帰らないのか?」
単純に疑問を口にした彼に、少女は静かに首を横に振った。
「ここが私の居場所なの。今はここが帰るところ。あの木さんの上で、いつも夜を過ごすの。あなたは?」
少女に聞き返されて、ルリ-フリルラは少々面食らった。
何と答えればいいのかすぐに思いつかなかったからだ。
もともと魔界の生物として生きてきて、最近ここに無理矢理呼ばれたばかりの自分に、居場所なんてものがあるはずなかったからだ。
それに、家を持たない人間がいるということが初耳で、こんなこともあるのかと感心している部分もあった。
彼はまだ、先程の彼女の“捨てられた”という言葉を全く理解してはいなかったが。
くりくりとした瞳をこちらに向けて返事を待っている少女に、ルリ-フリルラは歯切れの悪い言葉を紡いでいく。
「俺も、その、家とか、そういうのは、無いっていうか……」
「そうなの?」
大きくて丸い瞳をより一層丸くして、少女がルリ-フリルラに問いかける。
そして、少しの間をおいてからふふっと小さく笑った。
「えへへ、同じだったんだ。それならあなたの居場所もここにしようよ。ここは公園だけど人はほとんど来ないし、自然のみんなもきっとあなたのことを歓迎してくれるよ」
「あ、うん……」
ここにいることを確約できないと思ったルリ-フリルラは、曖昧な返事返すことしかできなかった。
しかし、少女はその返事に満足したようで、嬉しそうに目を細めていた。
「私はチェーレ。あなたはなんていうの?」
「俺はルリ――」
ルリ-フリルラはそこまで言って、はっと口をつぐんだ。
つい何も考えず、自分はルリ-フリルラだと伝えてしまうところだった。
チェーレと名乗った彼女にそれを言ったところで理解はされないだろうが、召喚者であるアリスとの約束が彼の頭の中をよぎっていた。
案の定、チェーレは小首を傾げてルリ-フリルラを見つめた。
「ルリ? ルリって名前なの?」
「ああ、そう、うん、そう……」
どうやら都合よく解釈してくれるようだったので、ルリ-フリルラはぎこちなく何度も肯定した。
チェーレは疑り深い性格ではないようで、彼の言葉にうんうんと頷いてくれた。
「そっかぁ、よろしくね、ルリちゃん!」
「る、るりちゃん?」
「だっ駄目かなぁ……」
「別にいいけど……」
ただでさえ名前なんてものを持ったことがないのに、突然呼ばれ慣れない呼び名で呼ばれ、ルリ-フリルラは戸惑ってしまった。
しかし、特に断る理由も無ければ、彼女の大きな瞳が揺れたことに動揺したということもあり、咄嗟に尻つぼみの返事を返していた。
こうして、イレギュラーなルリ-フリルラは、同じくイレギュラーな人間であるチェーレとしばらくの時を過ごすこととなる。