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アリスと名乗る声の主に召喚されたルリ-フリルラが人間界で最初に目にした景色は、大きな島と小さな島が1つずつ存在する惑星の、大きな島であるシンスン島の中のものであった。
シンスン島はシンの国とスンの森に分かれている。
昔は島の大半が森で覆われていたが、シンの国の発展と共に森はどんどん小さくなり、今では南西部分に少し残っている程度だ。
しかし、面積が狭くなったとはいえ、スンの森は鬱蒼としていてとても深く、一度入ったら出てこられないと噂されている。
シンの国は経済的に豊かな先進国であり、国の中心からやや東の位置に政治中心区域が存在する。
しかし、国の中に細かい区分けは存在しない。
200年ほど前までは日本の江戸時代のような幕府的政権をおこなっていたが、ある時革命派の勢力が高まり、戦いの末に旧政権は滅んでいった。
小さな島にはトト島という名があるが、シンスン島とトト島の関わりは無く、シンスン島の人々の大半は海の向こうにもう1つの島が存在しているということを知らない。
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あれからどれくらい経ったのだろうか。
日付の感覚の分からないルリ-フリルラに、召喚されてからの時の流れが理解できるはずがなかった。
しかし、常に薄暗いだけで雨も風も無かった魔界ではあり得ない現象が、自然のことだけでも人間界では多く存在するということはすぐに理解できた。
人間は大抵空が明るくなると活動を始め、暗くなると眠りにつくのだということも、ルリ-フリルラはその時初めて知ったのだった。
そして、彼が未知の現象に遭遇するたびに、体の中から響くアリスの声がご丁寧に、しかし簡潔に説明を加えていった。どうやらアリスはルリ-フリルラの傍にいなくても、彼がどこで何をしているのか把握でき、いつでも彼に声を届けることができるようだった。
いくら召喚者とはいえ、自分の行動すべてを知っているように話すアリスの気味悪さに、ルリ-フリルラはどんどん不快感を募らせていった。
それに、これまで特にアリスからの命令は届いておらず、その静けさが余計にルリ-フリルラの気を悪くしていた。
人間は家と呼ばれる建物を住処として活動しているとアリスから教わっても、ルリ-フリルラの住む家が支給されることはなかったし、彼自身そんなものは必要ないと思っていた。
しかし、昼も夜もふらふらと歩きまわっているだけではとても退屈だったし、アリスは人間自体のことについては何も教えてくれなかった。
ぼんやりと、ルリ-フリルラは自分が人間の誰かしらに怪しまれたりするのも時間の問題のように感じていた。
ある程度人気のあるところにいた方が紛れられると考えていたルリ-フリルラだったが、気疲れもあってか、ある時ふと人間を避けるように足を向けて歩みを進めていった。
そうしてしばらく歩いていると、急に視界が開けたところに辿り着いた。
そこには草花が生い茂り、その中心に一本の大木がずっしりと構えていた。
隅っこに申し訳程度に遊具やベンチが置いてあるが、最早そこはほぼ草原と言っても過言ではなかった。
今までの景色と違って建物1つない広々とした光景に、ルリ-フリルラは少しの間見惚れていた。
ふと彼が前方に目をやると、そこには草花ではない何かがあった。
それはどうやら人影のようで、こちらに背を向けて草花の上に腰をおろしている。
背中の感じからして、10代半ばの少女といったところか。
鮮やかなピンク色の髪を高い位置で2つに結っており、そこから垂れる髪は地面に届きそうな長さだった。
肩や腕や足腰は大きく露出されているが、どの部位もとてもほっそりとしている。
この草原によく似合う色合いの、少し変わった形の服を身につけていて、左肩には白くて小さな羽が生えていた。
ルリ-フリルラが不思議そうにその少女を眺めていると、突然後方から強い風が吹いた。
草花はサラサラと音を立て、大木もざわざわと枝葉を揺らし、それはルリ-フリルラの髪や服もなびかせて通っていった。
風はすぐに止み、再び静かさを取り戻したその時、
「誰かいるの?」
その声の主である片翼の少女が、そう言ってルリ-フリルラの方へと振り返った。
高い鈴の音のような透き通った声をしていたが、口調は少し舌足らずで、外見よりも幼い印象を与えた。
少女は大きな水色の瞳を瞬かせ、不思議そうにルリ-フリルラを見つめている。
ルリ-フリルラが何も答えないでいると、
「風さんがね、誰か来たって教えてくれたの」