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柳健太は走っていた。
時刻は昼過ぎ頃。
普段はまだ学校の時間だが、今はテスト期間の為もう解散している。
高校の制服である黒い学ランを規定通りきっちりと身につけている健太は、短く切りそろえた限りなく黒に近いこげ茶色の髪の下から流れる額の汗を手の甲で無造作に拭った。
やや前屈みになって呼吸を整え、再び走り出そうと思った刹那、今まで吹いていなかった風がふわっと彼の背中を撫でた。
健太は少しだけ爽快感を覚え、顔を上げる。
すると、上空に見知った姿が映った。
「……胡桃! 見つけたっ!」
背中に届くほどの長さの黒髪と、紺色のセーラー服。
間違いなくそれは彼の双子の姉、胡桃のものだった。
「俺も飛んでけばすぐだけど……クソっ」
健太がもどかしそうにそう漏らした直後、上空の胡桃がくるりと方向転換して移動を始めた。
「ちょっ……、待てよ胡桃!!」
彼の声は届いたのか届かなかったのか定かではないが、ふと胡桃は周囲を見渡し、そして地に足をつけている健太と目が合った。
「さぶ?」
「胡桃! 降りてこい! 帰るぞ!!」
「…………」
「おーい、聞こえてるか!?」
両手を口元に添えて大声を出す健太。
一方の胡桃は健太の周囲へと視線を泳がせ、
「ねえ、壱斗はどこにいるの?」
「……壱斗はここにはいないよ」
「壱斗、どこにいるの……?」
胡桃はそう言うと、再び方向転換して健太に背を向けるようにしてふわふわと飛んでいってしまった。
「胡桃!!」
健太は叫び、瞬間苦虫を噛み潰したような表情を見せてから、決意したようにぐっと表情を引き締めて一気に胡桃の傍まで体を移動させた。
そして彼女の左腕を強く掴む。
「ほら、帰るぞ!」
「……っ、離して……!」
「離したらお前またどっか行くだろ!?」
「まだ壱斗が……っ」
胡桃の表情があまりにも悲痛で、健太は思わず掴んだ力を弱めてしまった。
その瞬間、胡桃はぱっと逃げるようにその場から姿を消した。
地上に戻ってきた健太は、とぼとぼと歩みを進めてとある場所に辿り着いた。
そこは赤い薔薇が多く供えられたT字路。
誰かが定期的に片付けているのか、常に枯れた花の姿は無い。
健太は花の前でしゃがみ込む。
顔を腕の上に預け、ここにはいない親友へと語りかける。
「……壱斗、お前は本当にどこにいるんだよ……」
声は弱々しく、少しだけ震えている。
しばらく黙って、再びぽつりとつぶやく。
「悲しいのも、受け止めきれないのもお前だけじゃねえんだぞ……」
彼の言葉は目の前の薔薇たちにしか届かず、はらりと花弁が数枚散った。




