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「そうそう」
何かつけ足そうと言わんばかりの声。
「人間界では黒魔術は禁忌とされているから、キミの破壊魔術っていうの? それ、使うなら気をつけた方がいいよ」
「何でそれを――」
ルリ-フリルラがそう言いかけた途端、彼は首元の右側面に急激な熱を感じ、顔をしかめつつそこに右手を当てた。
その直後、パン! と乾いた破裂音と共に、首に当てた右手の指の隙間から少量の何かが飛び散った。
「ってえ……」
それはこのルリ-フリルラにとって初めてのことだったが、すぐに何が起こったのか理解していた。
ルリ-フリルラのルリという言葉は、瑠璃色の瑠璃からきている。
ルリ-フリルラは、召喚時に命の支配権を持つこととなる召喚者以外の手で殺めることや、病気や外傷などによって命を落とすことはあり得ない。
しかし、何をせずとも死のタイムリミットが近づいてくる症状が存在する。
ルリ-フリルラの体には、不定期的に瑠璃色のアスタリスクが1片ずつ刻まれていく。
その場所や大きさは決まっていないが、それが6片揃うとその部位が爆発するという仕組みになっている。
そのアスタリスクによって体のすべての部位が爆発した時、ルリ-フリルラは死亡する。
逆に言えば、どんなに体がバラバラになっても、指一本でも残っていればルリ-フリルラは生きているということになる。
今回アリスに召喚されたルリ-フリルラの首元のアスタリスクは小さいものであった。
彼の体には無数の未完成のアスタリスクが存在しており、彼もそれは認知していた。
しかし、自分では見ることのできない首元にもそれが存在して、しかも最初に揃ってしまうなんてことは考えてもいなかった。
実は右目を囲むように刻まれたアスタリスクが5片揃っているが、彼はまだそのことには気づいていない。
「ふうん、そんな風になるんだね」
興味深げなアリスの声。
飛び散ったのはアスタリスクが揃った部位の皮膚で、そこから覗ける中身は真っ暗な闇だった。
「自分は隠れてるくせに見てんじゃねえよ」
舌打ちと同時にルリ-フリルラが悪態をついた直後、彼の首元に何かが絡みついた。
戸惑いを隠せないというように目を白黒とさせる彼に対し、体に響く声はどこか楽しそうだった。
「さすがにそのままじゃあ“人間”として不自然だからね、傷を隠してあげたんだ。本当は幻覚の魔術で傷を隠すこともできるんだけど、さすがにボクだってずっと力を使っていたら疲れちゃうからさあ」
「…………」
ルリ-フリルラは何も答えなかった。
今自分の目で治ることのない傷を確かめることは不可能だったし、これから“人間”として生きていかなければならない状況でその傷が違和感をもたらすというのなら、それが最善策ではないにしろ、施してもらうことには特別断る理由が無かったからだ。
それに彼は、姿は見せようとしないし“心”を持つイレギュラーな存在である自分を楽しむかのような言動を続ける召喚者に対して気が立っており、もうあまり話す気にもなれないでいた。
「さてと。こんなところで長話しててもなんだし、ボクはそろそろお暇するよ。ボクの声はキミにしか聞こえないようにしているから、キミは傍から見たら独り言を話している変な“人間”になってしまうしね」
「俺は人間じゃないし、人間らしくしようだなんて思わない。それに、たとえお前が俺に他の命令をしたとしても、俺はそれに従う気は無いからな」
突っ掛かるような口調で言い放ったルリ-フリルラに対し、召喚者のアリスは笑い交じりの声で答える。
「生き方は好きにすればいいさ。でも、キミがルリ-フリルラである限り、命令を無視することは難しいんじゃないかな?」
「どういうことだよ」
ルリ-フリルラの問いに、声は何も答えなかった。
彼がこの問いの答えを身を持って知るのは、もう少し先の話。
しばらく経っても声が響いてこないため、彼は召喚者はもうここにはいないのだと判断した。
それに、周りの人間たちは何かに追われるように速足で歩いていて、ぼけっとしているとぶつかってしまいそうだった。
ルリ‐フリルラとぶつかったところで、そこに彼がいたことに気づかなければ人間側は何も感じないのだが。
ルリ-フリルラはこれからどこで何をして過ごせばいいのか全く分からなかったが、とにかくこの速足の人間たちから離れたいと思い、人々の流れを用心深く横切って建物の間を抜けた。