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博士の部屋の中は、扉から向かって左手側の壁に長机が1つあり、そこには大量の本や書類が並んでいたり積み重なったりしていた。
右手側の壁には天井ギリギリの高さまである本棚とロッカーがあり、ロッカーの中は見えずとも中身がみっちり詰まっているだろうことは容易に想像できる姿をしている。
博士は扉側の壁に立てかけられていた折り畳み式の椅子を三脚手にとり、座り心地は悪いけどこれでかんべんな、と言って3人に手渡した。
そして、自らは長机に向かうように収められていたやたら大柄な黒い回転椅子の背を引き、180度向きを変えてどかっと腰掛けた。
YOUはその様を見て少し不満げな表情を見せたが、テキパキと渡された椅子を開いて博士と向き合う形で腰掛ける。
しかし、残りの2人は先程の地図の時と同じように、折り畳まれた椅子を凝視して固まっていた。
「……えっと、2人とも折り畳み式の椅子使うの初めてなん?」
若干戸惑いのある口調でそう言ったYOUに対し、ルリ-フリルラは眉一つ動かさなかったが、チェーレは申し訳なさそうに小さく頷いた。
「まあええよ。貸してみ?」
YOUはそう言って立ち上がってチェーレの椅子を受け取り、慣れた手つきで椅子を開いて自分の椅子の右手側に並べた。
そして、
「お前もやろ」
「あ、ああ」
ルリ-フリルラが持っている椅子も受け取り、同じようにしてチェーレの右手側に並べた。
その様を大きな瞳でしっかりと捉えていたチェーレは、
「あんなにぺったんこだった椅子がこうして座れるような形に変わるなんて、なんだか魔術みたい」
「ははは、まあ技術も魔術も同じ“術”だからな。どっちも仕組みが分からなきゃ不思議に思うもんさ」
と、博士。
そして、まあ座れよ、と付け加える。
博士は3人が椅子に腰掛けたのを確認してから、魔術師の話だったよな、と言って話を始めた。
「嬢ちゃんはさっき、魔術師はどういう人がなるかって聞いたな。嬢ちゃんはそう聞くくらいだから魔術とは無縁な生活を送ってきたんだろうが――黒の少年はどうだ?」
博士の視線の動きから、ルリ-フリルラはそれが自分のことであると理解した。
ルリ-フリルラは魔術と無関係とはとても言えない。
ルリ-フリルラは“破壊魔術”という“黒魔術”を操る力を持っている。
しかし、召喚者のアリスはその黒魔術には気をつけた方がいいと言っていた。
ルリ-フリルラはそれが何故だかまだ知らないが、きっと“人間”として人間界で生きていくうえで不利になってしまう情報なのだろうということはなんとなく感じていた。
別にわざわざアリスの言いつけを守る気はないが、変に事を荒立てて後々面倒なことになるのも嫌だなと考え、ルリ-フリルラは軽くさあ、と答えた。
博士はやや訝しげにルリ-フリルラを見つめたが、そうか、とつぶやいてルリ-フリルラから視線を外した。
今のところ、ルリ-フリルラの体に異変も無ければアリスからの声も聞こえてきていない。
では数日前のあれはなんだったのか。
異変とアリスが結びついているにしてもいないにしても、あの時自分の体は博士を殺そうと勝手に黒魔術を発動し始めていたし、アリスの去り際の言葉も少し引っ掛かる部分がある。
本来“心”の無いはずのルリ-フリルラは、なんとも言い難い不安感にじりじりと侵食されていた。




