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フェバル保管庫  作者: レスト
剣と魔法の街『サークリス』 後編(旧)
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61「空中都市エデル 市街区」

 バリアを突破した私たちはそのまま空を進もうとしたが、市街区上空に入ろうとしたところで突如私の身体に恐ろしいほどの重さがかかった。押し潰されそうなこの苦しい感覚は、前にアーガスとの魔闘技で味わったことがある。


「これは……!」


 重力魔法だ!


 見渡すと、どうやら私だけじゃない。みんなも同じように加重に苦しんでいた。


 かけられているのはこの空間一帯か!


「アルーン! しっかりして!」


 アリスが叫ぶ。


 はっと見たとき、アルーンを始めとした大鳥が苦しそうな鳴き声を上げた。そしてへし折れるように落下し始める。


 まずい! このままじゃ墜落だ!


「ちっ! 『グランセルリビット』!」


 アーガスの反重力魔法が六羽全てにかかる。身体から重さが消え、アルーンたちはどうにか体勢を立て直した。


「ずっとかけっ放しじゃ保たねえ。近くに下りるぞ!」

「あそこが良いでしょう」


 ミリアが指差したのは近くの比較的大きな通りだった。アリスが指示をすると、そこへ向かってアルーンは進んで行く。後ろから他の大鳥もついてきて、なんとか全員が無事に下りることが出来た。






 もはや空を行くことが叶わなくなった私たちは、アルーンたち大鳥を安全そうな場所に待機させる。


「お疲れ様。アルーン。あとはあたしたちがやるからゆっくり休んでてね」


 アリスがそう言ってアルーンを頭を撫でる。私も隣で一緒に頭を撫でた。


 本当にお疲れ様だ。アルーンの力がなければここまでは来られなかった。アルーンが敵の攻撃を上手く避けてくれなければ、私たち四人は死んでいたかもしれない。


 アルーンはキュルルと心配そうに小さく鳴いた。アリスたちがこれからさらなる死地に向かうことがわかっているのだろう。


 合流したカルラ先輩が、腕を組んだまま果ての見えない通りの向こう側をうんざりした顔で見つめつつ言った。


「ここからは地道に歩いていくしかないってことかしらね」

「困ったわね。上から見た限りじゃ、この町は相当入り組んだ構造をしてるわよ」


 ケティ先輩の言う通りだった。見た限り、エデルは車が一台ずつ通れそうなほどの大きさの通りがほとんどで、あとは小道が網の目のように入り組んだ構造をしていた。車が通れそうと言ったが、そもそも今立っているこの通りも道ではあるがラインが引かれていないし標識らしきものも一切ない。どうも車道ではなさそうだ。もしかすると車で移動する必要のない文化だったのかもしれない。だからこそあまり綺麗に道に沿った街作りをする必要がなかったのだろうか。


 また、すっかり未来都市なのかと思えばそうではないことにも気付く。よく見れば、一部にはサークリス以前の文化レベルを思わせる旧態染みた建物の姿も散見された。それが丸い形をした見たこともない素材で出来た民家や立ち並ぶ高層ビルと全く馴染んでいない。あまりにもちぐはぐなのだ。まるでスパゲッティのようにぐちゃぐちゃした都市。それがエデルを間近で見た正直な感想だった。


 その統一的美観のなさはよくごちゃごちゃしてると言われる東京よりもずっと酷いかもしれない。一見壮麗ではあるが、実のところ相当にいびつな発展をした都市のように思われた。何か不自然な歪みのようなものを感じるのだ。


「あそこにあるのはもしかして交通機関か何かではないでしょうか」


 ミリアが指した方を見ると、エデルが浮上するときにも目撃した、宙に浮かぶ透明なチューブ状の何かがあった。チューブは電車が通れそうなくらいには大きい。ミリアは何となく鉄道に近いものを感じ取ったのだろう。私もそんな気がした。


 どうも見たことがあると思ったら、結構前に誰かと一緒に観たことがあるSFアニメに出てきたスカイチューブに見た目がそっくりなんだよね。乗り場に行くと宙に浮かぶ車がすぐにやってきて好きなところまで乗せて行ってくれるってやつ。


 ――そう言えば、あのとき横にいたあいつ、誰だったかな。


 まあ今はそんなこと気にしてる場合じゃない。


「そうかもしれんの。だが、もしそうだとしてもあれを利用するのはやめた方がいい。敵に狙われるのがオチだ」


 ディリートさんが長い顎鬚をさすりながら冷静に諭すと、ミリアは肩を落とした。


「それもそうですよね」

「まあ仕方ねえよ。作戦通り行こうぜ」


 アーガスの言葉に全員が頷く。エデルに入った際の行動については予め話し合っていたのだ。


 エデル突入班の目的は二つ。エデルを地上へ落とすこと、そしてトールとクラムを倒すことだ。


 後者については言うまでもない。前者についてはある仮説による。どうやらエデルは稼動し続けるのに大気中の魔素を常に集めて使用しており、利用出来なかった余剰分が活性魔素として月に流れているようだ。特に大都市を浮かせ続けることに大量の魔素を使っていると考えられ、その余剰分は特に大きい。よってエデルを地に落とせばその分だけ魔素の集積と使用は大幅に減り、月への魔素の供給も大きく減るだろうと予想された。もしかしたら月の落下が止まってくれるかもしれないという期待もある。もし止まらなかったとしても、地上の仲間たちと協力することが出来るようになる。それだけでも意義は非常に大きい。とにかく、最終的にどうにかしてエデルの機能を停止させれば魔素の供給も止まるはずだ。


 そこでどうやってエデルを落とすかなのだが、カルラ先輩が重要な情報を教えてくれた。彼女によると、トールは何に使うのかは教えてくれなかったがとにかく反重力オーブなるものが必要だと語り、部下に集めるように命じていたそうだ。仮面の集団が集めたオーブは全部で八つ。各地の遺跡などにまるで奇跡のように綺麗な状態で残っていたという。おそらくエデルはこの強力な反重力オーブの力で浮いている。これらを破壊すればエデルはもはや浮いていることが出来なくなるはずだ。


 そういうわけで、私たちの目的の一つはエデルのどこかに設置されたオーブを探し出して破壊することだ。八つもあるけれど全てを壊す必要はない。一つ一つ壊していけばそのうちあるところで浮き上がる力が重力に負けてエデルはゆっくりと地に落ち始めるだろう。そこまでで十分であり、それ以上の数を壊して急速に落下させればこちらの身も危ない。


 サークリスよりも広大なこの町の中で八つしかないものをたった二十四人で探すというのは至難の業だ。しかものんびり探している時間はない。早くしなければサークリスが危ないし、世界も終わってしまう。本当ならまとまって行動したいところだが、人数を分けなければならなかった。


 二人一組で十二組に分かれる。手分けしてこの町の重要そうな場所を探し尽くす作戦だ。何かあったときには連絡を取って協力する。連絡はカルラ先輩が用意してくれた仮面の集団手下用の通信装置を使って行う。この通信装置はカルラ先輩の持ってる幹部用のエデル製通信機の模倣品らしい。使い始めからほんの数時間で機能を失ってしまうかなりの劣化版だが、数キロくらいまでの距離なら声が届くように出来ているそうだ。


 いくら目一杯手を広げなければならないとはいえ、さすがに二人一組では危険かもしれない。それでもここまで強気な配分にしたのは理由がある。


 一つは、この町はさっきも言ったようにかなり入り組んでおり、隠れられそうな場所が多々あるということ。私たちは防衛班と違ってトールとクラム以外の敵を倒す必要はない。そもそも二十四人ではまともに戦っていては絶対に勝ち目がない。基本的に敵は避ける必要がある。少人数で動いた方が隠れながら進むのには効率が良い。


 もう一つ。これは予想なのだが、エデルは外からの攻撃には滅法強いがゆえに、万が一入り込まれた際のことをあまり想定していなかったのではないかと思われる部分があるのだ。少なくともこの状況はおそらく奴にとって想定外だろう。何しろ敵である黒龍の炎まで利用しなければ進入することは出来なかったのだから、本来はどうあがいたって入り込めるはずもなかったのだ。


 実際、本当ならとっくに敵が襲い掛かって来ても良い頃なのに辺りは未だに静かなままだった。じきに騒がしくなるとしても、敵の対応が遅れているらしい今がチャンスだと思う。


 私はアーガスと組んだ。アリスとミリア、カルラ先輩とケティ先輩がそれぞれ組む。ディリートさんは信頼の置ける彼の元部下の一人と組んでいた。


 アーガスの合図で全員が一斉に散る。みんなから十分離れたところで私は男に変身した。


「おっ。やっと男になったか」

「こっちの方が身のこなしは軽いからね」


 俺は気力強化をかけた。


「飛ばすけど遅れるなよ」

「お前こそな」


 彼自身がさらに改良したらしい『ファルスピード』で、彼は遅れることなくついてくる。


 敵に見つからないように注意しながら二人で慎重かつ迅速に通りを駆け抜けていく。時折魔導兵らしき奴やもっと強そうな奴も見かけたが、どうにかやり過ごした。所詮操り人形の目を欺くのはそんなに難しくはなかった。


 ここに来て、奴が何を思ったのかクラムを除く仲間を全て切り捨てたことが奴にとって裏目に出ていた。奴が約束通りここに部下を多く引き連れていたならば、もっと苦戦を強いられていたかもしれない。奴はきっとエデルの力が何よりそこに住む人間の力によって成り立っていたことを軽視していたんだと思う。いくら武力を揃えようと、それをきちんと活用する者がいなければ真の力は発揮出来ない。奴が人の力をとことん甘く見ていることがこうして俺たちに付け入る隙を見出した。


 ある程度進んだところで俺は言った。


「今のうちに『アールカンバー』をかけてくれないか」


 その言葉の意味をすぐに理解したアーガスは、表情を引き締めると了承してくれた。


「いいぜ」


 俺の周りに光のベールがかかる。その後で、アーガスは自分にもそれをかけた。これで時の止まった世界を認識することが出来る。


 そう。俺たちが今から目指すのはクラム・セレンバーグのところだ。俺は奴の気を辿っていた。まだ時間はかかるだろうが、いずれは中枢部に近いところに着くだろう。奴のすぐ近くにトールがいるのもぼんやりと感じる。


 オーブならきっとみんなの力で破壊出来る。だが奴だけは一筋縄ではいかない。厳しい戦いになるだろうけど、何としても俺たちの手で倒さなければならない。


 俺たちは最初から二人でクラムに挑む気だった。奴と戦うのは俺やアーガスでなければ厳しいと感じていたからだ。別に他のみんなが足手まといだと考えているわけではない。ただ、あの時間操作魔法を肌で感じたことがあるかどうか。その経験の有無が容易に生死を分け得る最上級に危険な相手なのは間違いないと判断したからだ。


 だからこそ二人ずつに分けた。四人にすれば絶対にアリスとミリアはついてくる。止まった時の中で、何も出来ずに二人が殺されてしまうかもしれない。そんな光景をもしであっても絶対に見たくなかった。


 俺とアーガスはよく話し合って作戦を練った。俺たちは覚悟を決めていた。この戦いに命を懸ける覚悟を。たとえ俺たちが死んだとしても、クラムさえ倒せたならトールにはもう何も後ろ盾がない。きっとエデルはどうにかなる。たとえ俺がいなくなっても、この世界の人たちがなんとかしてくれる。もし死んだらもうみんなには会えないけど、みんなが無事ならそれでいい。


 ただ一人アーガスだけは最後まで付き合わせることになるけれど、俺は彼の決意も性格もよく知っている。だから一緒に付き合ってくれることに感謝はするけど止めはしなかった。


 そして死は覚悟したけれども、生を諦めるつもりはない。


「絶対に勝とう。勝って一緒にみんなのところへ帰ろう」

「ああ」


 少し前を走っていたアーガスは振り返ることなく、しかし力強く頷いた。


 広大な空中都市の内部をクラムの気という指針のみを頼りに手探りで進む。時に道に迷ったり、敵が道を塞いでいてルート変更を余儀なくされたりしながらも着実にその場所へ近づいていった。


 途中、ディリートさんたちとカルラ先輩・ケティ先輩のペアからオーブを一つずつ破壊したとの連絡が入った。


 いつしか日は落ちかけていた。最後の夜を迎えようとしている。


 ついに王宮の前に辿り着く。夕日を背に白と赤のコントラストが映えるそのきらびやかな建物へと続く長い階段の前に、偽りの英雄は立ちはだかっていた。


「待っていたぞ。まさか生きてここまで来るとは思わなかったがな」

「お前を倒しに来た」

「仇は取らせてもらうぜ」

「ほう。では――」


 クラムが剣を構える。全身を刺すような威圧感が襲う。


「この私に手も足も出なかった貴様たちに一体何が出来るというのか。見せてもらおうか」

「言われなくても見せてやるさ」


 俺は女に変身すると『ファルスピード』をかけた。


 この戦いは「見せるまで」が勝負になる。


 私が奴に『アールリバイン』を当てられるかどうか。全てはその一点にかかっている。


 ――さあ行こう。己の持てる全てを賭けて。

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