56「エデル突入作戦 1」
登り始めた朝日を背に、人々は少数精鋭のエデル突入班と大多数のサークリス防衛班に分かれて整然と並ぶ。私はエデル突入班の中に加わった。
元々ゲートからしか進入出来る可能性がないのでそもそも大人数で攻めることは出来ないのだが、必然的にエデル突入班が少数精鋭にならざるを得ない事情はこちら側にもあった。空戦という概念が発達していないこの世界では、連絡や移動用にしか人が乗れるような大鳥は使われていない。それもあって、魔法隊と剣士隊を足しても八羽しかいなかった。そもそもこのような立派な鳥は誇り高くかなり人に懐きにくく、飼われているのは非常に珍しい。全てかき集めたところで、その数はアルーンも含めて十五羽しかいなかったのだ。乗れるのは一羽につき四人ずつ、計六十人が限度だった。残りの大部分、約千二百人の人たちはサークリスの防衛や地上からの援護に当たることになる。
私、アリス、ミリア、アーガスはアルーンに乗って向かうことになった。カルラ先輩とケティ先輩は別の同じ鳥に乗り、ディリートさんがまた別の鳥に乗る。地上ではイネア先生が剣士部隊の、バルトン先生が魔法部隊の指揮を取る。
「アルーン。今回はとても危険なの。それでも行ってくれる?」
アリスがアルーンの頭を撫でながら問いかける。賢いアルーンは、今回のただならぬ空気を敏感に感じ取っているようだ。危険を承知で、それでもアルーンは主のために力強く任せろと鳴いてくれた。
アリスを先頭に、ミリア、私、最後尾にアーガスの順に乗る。
「こうして近くで見ると結構綺麗な髪してんのな」
後ろにいたアーガスが私の後ろ髪に触れてそっと手ですいてきた。私は振り返ってこいつに言ってやった。
「そのナチュラルな口説きやめろ。だから勘違いする奴が出てくるの。わかる?」
「そうなのか?」
とぼけたように言うこいつはどこまでも無自覚なイケメンだ。罪深い。
「そうだ。お前の女だって学校で言われて困ってるんだよ。ファンクラブの人には目の敵にされるし」
後ろでくすくすと笑い声が聞こえた。絶対アリスだ。
「ハッ。誰がお前みたいな男だか女だかわかんない奴と付き合うんだよ」
彼が笑いながら言ったその何気ない言葉がちくりと心に突き刺さった。
「ちょっと傷付いた。気にしてるのに」
私はどうせ中途半端だよ。もう。
少し機嫌を悪くして顔をぷいっとすると、ミリアが私を後ろからぎゅっと抱きしめて彼を非難するような口調で味方してくれた。
「アーガス。ユウに謝って下さい」
アーガスが頭をぽりぽりと掻きながらばつの悪そうな顔で謝ってきた。
「……ああ。悪かったよ」
「いいよ。べつに。事実だし」
すると彼が私の顔をじっと見て惚けたような顔をしたので、何かと思って尋ねる。
「なに?」
「いや、ユウも結構女らしいしぐさをするようになったなって」
「なんだよ急に」
私は普段通りなんだけどな。でも、彼が感心したように言った。
「おとこ女みたいだったのに変わるもんだな」
そこに私に抱きついたままのミリアが少しずれて、さらにアリスまで私に後ろから抱きついてきて二人でにやにやしながら彼に言った。
「あたしたちが半年かけてじっくり仕込んだもの。ね~!」
「はい。結構やりがいがありましたよ」
「へえ。色々教えてやったわけだ」
「面白いわよ。男のときは全然変わらないのに、こっちは染めれば染めるだけしっかり女の子らしくなっていくんだもん」
私の頬を人差し指でつんつんしながら、アリスは実に楽しそうな顔をしている。
「色々調べたんですけど、やはり自称だけではなくて心の性別も切り替わるみたいなんですよね。だからこっちのユウは正真正銘立派な女の子なんですよ」
どうやって何を調べたんだよと思わずにはいられないが、お風呂のあれとか寮でのそれとか、確かに色んなことされたような気はする。つくづく私の扱いって……
「あのさ。人をおもちゃみたいに言うのは……」
「だって弄ると可愛いんだからしょうがないじゃない」
「ふふ。大人しく可愛がられて下さい。悪いようにはしませんから」
二人の表情は純粋に楽しさに彩られていたが、瞳の奥にはいたずら好きな妖しい光が宿っていた。
「はは……」
「おう……ついてけねえわそのノリ」
アーガスは私たち三人を見て呆れていた。大丈夫。私もついていけないよ。
「いいの? こんなに緊張感なくて」
ふとそんな言葉が口をついて出る。相手があのエデルだってこと忘れてないか。頭ではそう思うけれど、私もすっかり先程までの絶望感を削がれていた。
「いいのいいの。もうすぐ始まるんだから。今だけはね」
表情をちょっぴり引き締めたアリスは、やる気に燃えていた。
アリスが元の位置に戻ったところで、アーガスが聞いてきた。
「ところでお前、男にならないのか?」
「どうして?」
「いや、また女ばっかりだなと思ってさ」
彼はちょっと居心地の悪そうな顔をした。そっか。空にいる間、彼はアルーンの上という逃げ場のない狭い場所でずっと女子たちに密着するわけだ(一番近いのは男だか女だかわかんない私ですけどね)彼はモテモテのイケメン野郎だけど、別に女好きというわけではないから人並みに気まずさは感じるらしい。
「空で何か対処するならこっちの方がいいでしょ?」
魔法を使える女なら空でも容易に攻撃出来るからという単純な理由を挙げると、彼はすぐに納得したようだ。
「なるほど。そういう理由なら仕方ないな」
魔法と言えば。これだけは言っておかないといけなかった。
「昨日も言ったけど、『アールリバイン』はかなりの魔力を消費するから出来れば魔力は温存しておきたいんだ。空での敵への対処はなるべくみんなに任せてもいいかな」
「オッケー」
「わかりました」
「まあいいだろう」
三者三様の返事を貰ったところで、全員が大鳥に乗り込んで出撃準備が出来たようだ。アーガスが声を張り上げて突入班全員に呼びかける。
「よし! 目指すはあの空中都市だ! オレたちで必ずエデルを落とすぞ!」
「「おーーー!」」
次々と大鳥たちが空へと舞い上がる。アルーンもその大きな翼を羽ばたかせて、風を切るように空を駆け上がっていく。
間もなく、眼下に敵の兵士と思われる銀色の鎧を着た者たち、ライノス、そしてリケルガーが忽然と大量に姿を現した。その数はぱっと見ただけでもサークリス防衛班の倍以上はある。
正直、情勢はかなり厳しいように思われた。それでも先生たちならきっと何とかしてくれる。そう信じて私たちは空を進むしかない。それぞれがそれぞれの役割を果たさなければ、町は、そして世界は決して守れないのだから。
直後、地上からも勇猛なる雄叫びが上がる。魔法部隊の人たちが一斉に火の魔法を放ち先制攻撃をかけた。だが敵軍の魔法耐性が総じて高いのか、偶然魔法が集中して当たった奴を除けばあまり効いているようには見えなかった。続いて剣士部隊の人たちが弓を放つ。ごく一部のライノス及びリケルガーが動きを鈍らせたが、大部分は止まることはない。
日がその姿を澄み渡る大空に完全に晒した頃、両軍の激突から壮絶な戦いは始まった。